第10話 椎名耳かき店3巻の1話 耳の詰まったお客様
『椎名耳かき店3巻』のサンプルになります。
『椎名耳かき店』
ここには優しい店長さんがいる。
二十代半ばくらいの穏やかな笑顔と柔らかい物腰の店長さんだ。
「耳かきが入らないほど、左耳が詰まって困っているんです」
俺の相談も店長さんは笑わずに聞いてくれた。
「かしこまりました。それでは見てみましょうか」
「あ、俺も見てみたいです」
耳かき以外にもメニューからイヤースコープと耳のマッサージを頼んで、椅子に座る。
イヤースコープはその名の通り、耳の中を見られるスコープで、椎名耳かき店には画面を映す小さなモニターも供えられていて、自分の耳の中を見ながら、耳をかいてもらえるのだ。
最近では安く手に入るようになり、自分で自分の耳の中を見ながら耳かきする器用な人もいるけれど、俺はそれが出来ないので、この店でかいてもらっている。
「耳のマッサージは耳をかいてもらった後でもいいですか?」
本当ならマッサージのほうが先なのだと思うけれど、店長さんは穏やかな笑顔で頷いてくれた。
「それではマッサージは後半にいたしますね」
店長さんがイヤースコープを接続して、椅子の前にあるモニターをつけ、耳かきや綿棒、温かいタオルを用意する。
「先に耳を拭くだけ拭いてしまいますね」
「はい」
温かいタオルが耳に当たり、耳のふち、耳の中、耳の外側も拭かれていく。
右耳が終わると、左耳も拭かれて、両耳がスッキリとして温かくなった。
「それでは始めます」
店長さんがイヤースコープを手に持ち、耳に近づけて、ピントを合わせる。
「どうでしょうか、店長さん」
つい気になって、ピントが合う前に尋ねると、店長さんは優しい声で少し困ったように答えた。
「ん~、そうですね。詰まってますね」
穏やかな口調で店長さんが答えた後、イヤースコープのピントが合った。
「うわぁ……」
つい自分の口からそんな声が出る。
耳の中はもう耳垢がついているというレベルではなく、耳垢しかなかった。
「耳垢で耳が閉塞してしまってますね」
「へ、閉塞って言うんですね、こういう状態」
耳にまつわる言葉であまり閉塞と言うのは聞いたことが無いけれど、目の前の画像を見ると納得してしまう。
確かに耳の穴が耳垢で閉じて塞がっていた。
「こんなに耳垢が詰まっていても、聞こえるものなんですね……」
「ほんの少しでも隙間があれば聞こえるんですよ」
店長さんがゆっくりとイヤースコープを動かしてくれる。
ぐるっと動かしてみても、耳の隙間が見えないくらい、耳垢が詰まっていた。
「どのあたりに隙間があるのですかね」
「ええと、触れてみてもいいですか?」
「はい」
イヤースコープをスタンドに立てて、耳の中が映るように調整し、店長さんが耳かきを手に取る。
「急に耳かきが怖ければ、細い綿棒もありますが……」
「いえ、耳かきで大丈夫です」
耳かきのほうがむしろ好みなので、そうお願いする。
かしこまりましたと頷いて、店長さんが耳のふちをほんの少しだけ引っ張り、細い耳かきを耳の中に入れた。
すると、隙間が無いように見えた耳垢にすうっと入る部分があった。
同時にバリバリバリバリっとすごい音がする。
「ものすごい音がしましたが……」
「耳垢が何層にもなってるみたいです。それで音がより多くしたんだと思います」
中に耳かきを入れた状態で、店長さんが手を動かし始める。
耳かきが動くと、またバリバリとすごい音がした。
「耳垢を取り始めてしまっても、大丈夫ですか?」
「はい」
画面と耳に意識を集中して、耳垢が取られるのを待つ。
ガサガサゴソ、バリバリガサ。
店長さんが耳かきを動かすたびに音がする。
画面の中の耳垢も震えるように動いている。
耳の中で耳垢が動いて、すごくかゆい。
カリ、カリ、グッ、グッ……。
くっついてる部分をカリカリと剥がして、耳垢を集めるようにグッグッと外から中に耳垢を押していく。
耳垢が押されると、またガサガサと音がして、その感覚にぞくぞくして、肩をすぼめたくなった。
でも、動くと危なそうなので、体を動かさないようにしていると、上から優しい声が聞こえた。
「少しくらいでしたら動いても平気ですので、緊張なさらなくて大丈夫ですよ」
「ありがとうございます……」
ここの店長さんは声と手が柔らかく優しいのがいい。
体を動かさないよう入ってた力を緩めて、耳をかいてもらう。
すると、今までより耳をかく感覚が伝わってきた。
ゴソゴソと耳垢が動く中、かゆい部分が出てくる。
※こちら3巻1話のサンプルになります。続きは本誌で!
『椎名耳かき店3巻』
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今年11月くらいになってやっとカクヨムに居つくようになったのですが、レビュー、フォロー、応援、本当にありがとうございます!!
どのジャンルでもない毛色の変わったものにも関わらず、お読みいただけて、本当にうれしいです。来年も歴史と耳かきを書いていくことになると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。
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