第5話 五人目のお客様・固まった耳垢のお客様

 耳の中にカメラを入れれば、見えるのは耳穴だ。

 自分はそう思っていた。

 だから画面に映し出された自分の耳穴を見てビックリした。


「これ、ほとんど耳穴……ないですよね?」


 映し出された耳の中は、大きな耳垢が9割、その周りの空間が1割という状態だった……。


                 ◇


 話は昨夜に遡る。

 入浴後に違和感を感じて、耳に綿棒を入れてみると、なんだか固いものに当たった。


「あれ……」


 一瞬、虫か何か入ったのかとゾッとした。

 でも、その感覚はむしろ虫というよりビー玉とかそんなものに近い感覚だった。


「そんなもの耳の中に入れたりしないしな……」


 なんだろうと思いながら、いつも通り配送の仕事をしていると、その途中で変わった看板を見かけた。


「『椎名耳かき店』……?」


 その看板は仕事の間ずっと頭に残り、仕事後、その店に行ってみることにしたのだ。


                 ◇


 耳かきとイヤースコープというのをお願いし、今、こうやって耳の中を見せてもらっているのだが……。


「これ、取れるんですかね?」


 表現するならば、耳の中に何やらゴロッとした円形のものが入っているという状態だ。


「はい。少しお時間がかかるかもしれませんが、取れますよ」


 店長さんが穏やかな声で答えてくれた。


「あ、それでしたら……お願いします」


 なんとなくお任せできそうな気がして、俺は店長さんに耳を委ねた。


「それでは始めますね」


 店長さんがそっと耳に触れ、耳かきを差し入れる。

 先程、耳を蒸しタオルで拭いてもらい、耳も柔らかくなっていて、こちらの緊張も解けているので、準備は万端だ。


 耳かきが画面の中に入り、ゴロッとした耳垢に横から触れた。


 ゴソッ……!


 すごい音が耳の中に響いて、思わず肩をそびやかす。


「痛くありませんか?」

「あ、はい、大丈夫です」


 動きはしたものの痛かったわけではないので、すぐに肩を下ろす。

 耳かきが再び動き、耳垢の側面から押すようにかかれ、ぐぐっと耳垢が移動した。


「取れそうですか?」

「はい。強く張り付いてはいないので、大丈夫だと思います」


 店長さんが一度、耳かきを抜き、俺に質問した。


「ピンセットは使っても大丈夫ですか?」

「あっ……すいません、俺、金属系の物は苦手で……」


 金属のヒヤッとした感覚が怖くて断ると、店長さんは再び、耳かきを手にした。


「かしこまりました。それでは耳かきで取っていきますね」


 心なしか、店長さんの声が優しい。


(気を使ってくれたのかも……)


 そう思っている間に、また耳かきが耳の中に入る。


 次に耳かきが触れたのは、耳垢の上側だった。

 耳垢の上に触れた耳かきがちょこちょこと動いて、大きな耳垢が少し前に傾く。


「んっ……」


 ガサゴソッと音がして、背筋が痒くなるような感覚を覚える。


「少し中に入れますね」


 耳かきが耳垢の上部から奥に入り、耳垢の裏に匙が触れる。

 耳垢の張り付いているらしい部分をカリカリ、カリカリっとかかれて、体がむずむずしてきた。


 そうしている間に少し剥がれたのか、耳かきが耳垢の裏の奥に入り、耳垢をぐっ、ぐっ、と後ろから押して、前にちょっと出て来た。


(大きいな……)


 カメラ越しにもよくわかる。


 耳垢は薄いものでなく、厚みがあった。

 後ろから押し出すだけでは外に出ないのか、今度は横から耳かきが入る。


 横の部分もどこかくっついているらしく、そこの部分を店長さんが細かい動きでシャリカリっとかいてくれる。


 そのかく動作が段々と強くなり、ガサッ! と大きな音がして、横の耳壁についていた部分が剥がされた。


 背中に甘い感覚が走り、また肩をそびやかしそうになるのを耐えながら、耳垢が出て来るのを見つめる。


 再び、耳垢の上部に耳かきが行き、少しずつ、少しずつ、耳垢の裏を押して、耳垢を外に出していく。


 そして、耳垢が大きく画面に移ったところで、耳垢が落ちないように上から抑えられた。


 そのまま、ずずっ……ずずっと……耳垢が外に出されていくのが見えた。


「取れました」


 大きな耳垢が無くなった耳穴は、やっと中が見えた。

 中にも他の耳垢がいくつか付いていたものの、ちゃんと耳穴の見える耳になっていた。


「さっきの耳垢はどんな……」


 視線を横に向けると、そこにあったのは濃い茶色の丸まった耳垢だった。

 何やら少し毛のようなものも混じっていて、その濃さから長い間、耳の中にあったんだと感じさせられた。


「こんなのが詰まっていたんですね」

「はい。でも、あまり奥に押し込んだものではなかったので、耳の中も大丈夫だと思います」


 店長さんがゆっくりとイヤースコープを回してくれた。

 耳の奥はちゃんと見えるし、傷などもない。

 後は耳壁にいくつか耳垢が付いているだけだった。


「こちらも取っていきますね」


 再び耳かきが入り、店長さんが耳の後ろ側のほうの耳垢に取り掛かった。


「ほんの少しだけ耳を引っ張ってもよろしいでしょうか?」

「あ、はい」


 返事をすると、耳を柔らかな指でつままれて、少しだけ後ろに引かれた。

 すると、耳垢がちょっと動いたように見えた。


「耳を動かすと、耳垢って中で動いたりするんですね」

「はい。ベッタリと全部が耳壁についているのではない耳垢は、耳を動かすと少し動いたりするときもあるんです」


 店長さんが答えながら、耳かきを動かす。

 その耳垢は平たい耳垢で、端に耳かきの匙が触れると、小さくパリッという音がした。


 耳かきでちょんちょんと細かくかかれ、耳垢が浮かされて、剥がされていく。

 そのちょんちょんと、ちょっとずつかかれる感触が気持ちいい。


 耳垢が耳壁から剥がされ、取れた耳垢が画面に大きく移った時、ピッと最後に張り付いた部分が外れた。


 白い薄皮のような耳垢が耳かきの匙に乗せられて、外に出て来る。

 もう1つ付いた耳垢は濃い黄色でベッタリと張り付いていた。


「ちょっと強めにかきますので、痛かったら言ってくださいね」


 店長さんがカリカリっとその黄色の耳垢の端をかく。

 かゆい部分を的確にかいてもらっているものの、少し物足りない。


「あの、もう少し強くても大丈夫です」


 思わず自分からそうお願いする。


「そうですか? それではお言葉に甘えて……」


 むしろ、お願いできるのに甘えて、やってもらいたいのは自分のほうだと思いながら、耳かきが動くのを待つ。


 耳かきが耳垢に触れ、ガリッと強めにかかれ、その感触に思わず足をよじった。

 ガリ、ガリッと強くかゆい部分がかかれていく。


(ああっ……いい、すごくいい)


 自分でほとんどかいたことのない部分なのだろう。

 未知の場所をかかれて、その気持ち良さに口が自然と開いてしまう。


 カリカリ、ガリッ……。

 その音がするたびに気持ち良くて、もっと、出来ればもう少し強く、と願ってしまう。


 耳垢は強めにかいてもらっているのに、なかなか剥がれなかった。

 でも、かかれるのが気持ち良かったので、むしろもう少し取れないで欲しいとさえ思ってしまう。


 店長さんが少し耳を後ろに引く。

 その指の感触が優しくて、それも心地良かった。


 自分の耳の中に店長さんの視線が注がれるのを感じていると、再び耳かきが動いた。


「このあたり……みたいです」


 店長さんが耳かきの匙で、ある部分に触れると、体がビクッと動きそうなほどの快感に襲われた。


「あっ……大丈夫ですか?」


 体が実際に動いてしまっていたらしく、店長さんに心配された。


「は、はい、大丈夫です」


 恥ずかしくなって小さな声で答え、話を逸らした。


「その部分が、原因なんですか?」

「そうですね。この部分が剥がれれば全部剥がれると思います」

「わかりました。お願いします」


 体が動かないように注意しながら、画面を見る。


 耳かきが他の部分より濃い色になっている部分に触れる。

 そして、そのまま強めにカリ、カリッとかいてくれた。


 今までかかれたことのない本当にかゆい部分がかかれて、その度に伝わる感触に耐え切れず、自分の手をギュッと握った。


(ああっ……いいっ……)


 ロクな言葉が出てこないくらい、耳垢が剥がされていく感触が気持ち良かった。


 かかれている感触に酔いしれていると、ガリッと強い快感がして、耳垢の根元部分が剥がされた。


 いつの間にか閉じていた目を開いて、画面を見ると、耳壁の黄色い部分が動いて、外に出てきた。


「意外に大きかったんですね」


 出てきた耳垢は張り付いていたので形こそ薄かったものの、直径は大きかった。

 最初に丸まった大きな耳垢が取れたので、またこんな薄いながらも大きな耳垢が取れると思わなかったので、ビックリした。


「大きなのが詰まっていて、気づかなかったんだと思います」


 店長さんはそう解説してくれた。

 耳の中はどの壁もキレイになっていたけれど、少し細かい耳垢が飛んでいた。


「梵天は大丈夫ですか?」

「あ、はい」


 店長さんが普通に見るのより小さな梵天を持ってきて、それを耳の中に入れた。


「ゆっくり動かしますね」


 耳の中で梵天が優しくゆっくり動く。

 それは想像していたよりずっとゆっくりとした動きで、粉のようになった耳垢を集めながら、耳に甘い刺激を与えていった。


「それではこちらの耳は終了です。逆のお耳を見て行きますね」


 言われるままに体を逆に横たえる。


(次も同じくらいの快感が来たら耐えられるかな)


 そんな不安と期待を抱きながら、もう片方の耳を店長さんに委ねた。

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