バザーで一攫千金!「恋と悪魔はお断り!」短編小説

チサトアキラ

第一話

「神父様! 私、バザーを開きたいです!」


 礼拝が終わって一息ついた午後、自室で読書をしていたライオットは、突然やってきたセルリナからの提案に面食らったようにこちらを見た。


「バザーだと? 一体どういう風の吹き回しだ」

「大聖堂に居た頃は、定期的に信者さんから不用品を集めたバザーをしていて、私もよく手伝っていたんです。ベルンではやっていないんですか?」

「俺にそんな暇はない」


 本業と裏稼業を両立しているライオットが多忙であることは、セルリナにも想定済みだ。

 鼻息荒く、「なら尚更、私にやらせて下さい!」と主張すると、ライオットが怪訝そうな顔をした。


「そもそも、何を売るつもりだ。町中を集めて回るつもりか?」

「それについては大丈夫です! 倉庫に、前任の修道女達が残していった日用品が溢れかえってましたから」


 昨日セルリナが掃除をしている時に、不用品が無造作に突っ込まれた倉庫を見つけたのだ。

 かつて、「修道女の流刑地」ならではのこの教会に耐え切れずに辞めていった修道女達が残していった物だろう。


「どうせ処分するなら、お金にしちゃえばいいと思いまして。神父様への報酬を払うための小銭稼ぎになりますし、あわよくば小説を買う資金にもできて、一石二鳥です! 女性物ばかりですけど、この教会は神父様目当ての女性信者も多いですし、ちょうどいいと思うんです」


 するとライオットは、興味なさげな様子ながらも頷いてくれた。


「報酬を払わねばならない状況下で、ちゃっかり本を買う小遣いを得ようとするお前の能天気さには呆れるが……不用品処分という意味では、悪くはない。俺は手伝わないが、好きにしろ」

「任せて下さい! ちょっと忙しくなるかもしれませんが、一人で何とか切り盛りして見せます!」


 そう意気込み、なんとかライオットの許可を勝ち取った。



 ――かくして、セルリナが修道院時代に得たノウハウを利用して開催したバザーだが、熱心な信者が有志で準備を手伝ってくれたり、人伝に開催を広めてくれたりと、順調な滑り出しだ。

 来てくれた客たちも、ベルンではあまり売られていない雑貨品などを、興味深く品定めしている。


(この調子だと、売り上げもいい感じになりそうね! どの新作小説を買おうかなあ……)


 楽しく思い描いていたその時、視界の端に、小さく黒い物体が通り過ぎたのが見えた。


(……んん?)


 視界に映った黒い物を目で追うとそれはぴたりと立ち止まり、ぴょんっと展示していたシーツにぶら下がった。


(ほこり? ……違う。小さくて黒くて、丸い……もふもふ?)


 目を凝らしてみると、その物体から小さな角や特徴的な尻尾が飛び出ている。

 その正体は――


「な、な、なあああああ⁉ あっ、あく……」


 真っ青になりながらも、セルリナは怪訝な顔をしてこちらを見つめてきた客を前に、慌てて口をふさいだ。


(ま、まさか……悪魔⁉ なんでこんなところに悪魔が!)


 慌てふためいている間にも、小さな悪魔はぴょんぴょんとこちらへ移動してくる。

 そして小悪魔はついに、目の前の客の肩に飛び乗り――


(だ、だめ!)


 セルリナは反射的に、ポケットに忍ばせていた聖水の小瓶の中身を、小悪魔めがけてぶちまけた。

 すると、聖水をかけられた小悪魔はじゅっという音とともに消え去った。

 安堵の息を漏らしたいところだが、肩口をびっしょりと濡らした客はそうはいかない。


「ちょっと! いきなり何をするんですか!」

「あっ……!」


 憤怒の形相で睨み付けられ、セルリナの顔は再び青ざめた。


(し、しまった! つい衝動的に聖水をかけちゃったけど……ど、どうしよう!?)


 どう説明して謝罪すればよいかと慌てふためいているとそこへ、涼やかな声が割り込んだ。


「シスターセルリナ。皆さんには楽しんでいただけていますか?」


 目の前の客を含めた来客の女性たちが一斉に色めき立った。

 柔和な笑みを浮かべたライオットが歩み寄り、ふと、肩口を濡らした女性を見て目を丸くした。


「おや、その肩はどうなさったのですか?」

「そ、それが……さっき、突然、こちらの修道女さんに水をかけられて」


 涙をにじませる女性に、セルリナはびくりとして首をすくめた。


「それは失礼いたしました。もし、こちらの教会にあるものでよろしければ新しいものを進呈させていただこうかと思うのですが」


 にこりと微笑むライオットに、女性はやや頬を染めながら、何度もこくこくと頷いた。


「では、少し準備して参りますね。シスターセルリナ、こちらへ来て手伝ってください」


 ライオットに促され、セルリナもまた後を追いかけるように司祭館へと向かった。



 気のせいか、ライオットのこめかみにうっすらと青筋が浮かんでいるように見える。

 嫌な予感しかしないが、とりあえずついて行くしかない。

 無言のライオットに連れていかれたのは、セルリナが商品を引っ張り出してきた倉庫だった。


「開けてみろ」


 にっこりと微笑みながら促されて、否と言えるわけもない。

 かちゃりとドアのノブを引いたそこには――


「キキ――!」


 きゃっきゃと倉庫の中に保管された物品をやりたい放題に散らかしている小悪魔の姿があった。


「こっ……これは……」


 唖然としながら後退さると、ドンと背後のライオットの胸にぶつかった。


「大方お前が開けっ放しにした倉庫の中身に興味を持った悪魔共が寄り付いてきたんだろう。小悪魔共は変わったものに寄り付くからな」

「そ、そんなあああ!」


 顔をひきつらせながらも「どうすれば……」と背後を仰ぎ見ると、ライオットは片眉を上げてセルリナを見下ろしてきた。


「さて。聖水程度で退治できると言えばできるとは思うが……」


 ライオットが嘯く間にも、新たな目標を見つけた小悪魔達が、一斉にきらりと目を輝かせてこちらを見つめてくる。そして――


「キキキ――!」


 一斉に飛びかかってきた小悪魔にセルリナは「い、いやあああ!」と飛び退った。

 だが、小悪魔は及び腰になったセルリナを見逃さず、服や髪など手当たり次第に引っ張りまわしてくる。

 ライオットはと言えば、飄々とした様子で、自分に襲い掛かってくる小悪魔を瞬く間の剣線で切り裂いて浄化させている。

 すると、それに勝ち目なしと判断するぐらいの頭脳はあったのか、小悪魔たちは攻撃の矛先をすべてセルリナに向けてきた。

 殺されそうになるほどの害意は無い。無いのだが、まるでコバエのようにまとわりついて引っ張りまわしてくる小悪魔は正直この上なく鬱陶しい。

 このままでは、いつまで経ってもバザーの会場に戻ることなどできない。


「し、神父様! 私の悪魔も退治してくださいよ!」

「お前のしでかしたことの責任を俺がとる必要はないと思うが……」

「そんなぁ……! 私がバザーを開く許可を出したのは神父様じゃないですか。監督責任もあると思います!」

「ふむ。お前の弁はもっともだが、お前は一人でやると言っていたからこそ許可を出したんだぞ。それなのに俺を頼るのか」


 そうこう言っている間にも大量に押し寄せる小悪魔にもみくちゃにされていく。

 やれやれとばかりに肩をすくめるライオットに向かって、セルリナは絶叫した。


「ううう……! わ、わかりました。バザーの売り上げ、全部渡します!! だから、契約して下さい! どうか早く、この悪魔達を滅してくださいいいい!!」


 それに反応するように、ライオットは大きなため息をつくも、腰に携えた剣をゆっくりと引き抜いた。


「はあ、仕方のない奴だな……」


 その瞬間、煌きと共に剣が爆発的な光を放った。



 その後、悪魔は出現することなく無事にバザーは閉幕した。

 あとにはセルリナのわずかに増えた借金と、ぐちゃぐちゃになった倉庫の跡地が残された。


「しっかり整理しておけよ」

「…………はい」


 がくりと肩を落としたセルリナに、ライオットが去り際に声をかけた。


「バザーも悪くないな。不用品は処分出来て、金にもなったからな。またやりたいなら好きにしていいぞ」

 

 そう言いながら、バザーの売り上げが全て入った箱を片手ににやりと笑うライオットに、セルリナの口元が引きつった。


「も、もう、二度としませんからあああ!!」


 憤慨しながらも、箒と共に倉庫の掃除に明け暮れるセルリナだった――。



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