第11話
何本もの巨大な石柱が立ち並ぶ洞窟の中。
どこまでも続くような薄暗闇にぽつりぽつりと青白く光る水晶が顔を出し、広々としたその空間を優しく照らしている。美しく幻想的なその景色にほうと溜息をつくと、ほの暗い洞窟の果てから唸り声のような風鳴りが駆け抜けた。
「きれいな洞窟ですね、ギルバートさま」
「あぁ。だが、じっくり眺めている暇はない。とにかくあいつらと合流しないことには……おいバラムス」
「なに?ギルバートが先頭になるって?さっすが、頼りになるゥ」
「先頭はお前だよ。足場が狭いんだから、立ち止まるな」
「わかってるって、急かすなよ。崩れたらどうする。落ちたら怪我じゃ済まないぜ」
「誰の心配をしてるんだお前は」
光る水晶のおかげで、リリアに頼らざるを得ないほどの暗闇というわけではないが、それでも薄暗いことに変わりはない。いつどこから何が飛び出してくるか分からない以上、先頭はバラムスに任せておいたほうが良い。バラムスなら、ある程度何が出てきても対応出来るからだ。
「それにしても、あいつらどこまで行ったんだ。そう遠くまでは行ってないと思うんだが」
「そうかあ?大分走りやすそうな洞窟だと思うがな」
「走り、やすい……?」
「っと、分かれ道だぜギルバート」
その声に、足を止める。そこからは巨大な水晶を境に道が二つに分かれている。
当然ながら、見比べたところでどちらに行けば良いのかなど分からない。分かるはずもない。なにせ、どこへ続いているのかすら分からない洞窟だ。無闇に進むのは危険であろう。だが、立ち止まっていても仕方ない。
「さて、どうする。分かれ道にぶつかる前に、合流したかったんだがな」
「つーかなんであいつらを追ってるんだ?」
「あいつらに聞きたいことがあるんだ。魔剣の話も、何か知ってるかもしれない」
「なるほどなあ。って、おい見てみろよ。足跡があるじゃねーか」
バラムスの促されるまま、地面に目を凝らす。さらさらとした砂の上には確かに、足跡らしきものが残っている。大きさの違う二つの足跡と、何かを引きずったような跡が二つ。それらの足跡を目で追うと、それぞれ別の道へと続いている。俺は思わず顔をしかめた。
「……どっちだ?あいつら、どっちに行きやがった」
「二手に分かれたんでしょうか……」
「この引きずったような跡はなんだろうな?あいつら、何か引きずるような荷物持ってたか?」
「いや、俺の記憶が正しければ二人共手ぶらだったはずだが……」
「だとしたら妙だぜ。こりゃ確かに、何かを引きずっていった跡だ。よく見りゃ入り口からずっと続いてる」
バラムスと顔を見合わせ、首を傾げる。
そうこうしているうちにも、あいつらとの距離はどんどん離れてしまう。この先にも分かれ道がいくつもあるとしたら、いよいよ合流が難しくなってくる。ついには帰り道すら見失うぞ。
あの谷で何があったのか、そして本来の目的でもある魔剣の情報を集めるためにも、あの二人と逸れるのはまずい。恐らくあの場で生き延びていたのはあいつらだけだ。なんとしても、あいつらに話を聞いておきたい。そのためには、ここで足止めを喰らいたくはないのだが。
というより、あいつらは何故こんな洞窟に入っていったんだ。谷底に沿って行けば追いかけるにも楽だったろうに、どうしてわざわざ追いにくいところに……、
ふと、リリアが二つの通路の間でじっと目を伏せていることに気がついた。
「リリア。何か分かるか?」
「は、はい。ええと……」
「そうか!ギョロ目は目だけじゃなくて耳も良いんだな!やるじゃねえか」
「うるさいぞ静かにしろ」
バラムスを蹴飛ばし、リリアのほうへ振り返る。リリアがその綺麗な目を開いた。
「大体、わかりました。ギルバートさま。こっちの道は、ずっと奥まで続いているみたいです。微かにですが、風も流れてます。こっちの道は多分、外に繋がってます」
「そっちの道はどうだ?」
「そっちの道は……ええと、すぐそこで行き止まりになっているような……気がします。大きな部屋、いえ、空洞があって、そこで道が途切れてしまっているみたいです。でも、そこに何か……いえ、誰かがいるような……」
「そんなことまで分かるのか。すっげェな?俺全然わかんねーぜ」
「ふん。ようやくリリアの凄さがわかったか。全く、俺が役立たずを連れ回すわけないだろうが。リリアのことはちゃんと名前で呼んでやってくれ」
「すまねえなリリアちゃん。許してくれ」
「え、えへへ……」
俺はリリアを撫で回し、ふうと息を吐く。片方は外にまで繋がる道。もう片方は行き止まりだが、何者かの気配あり。となれば、先に行くべきがどちらかは言うまでもない。やはり、俺の相棒は頼りになるな。
「よし、行くぞ。まずはこっちだ」
「行き止まりの方だな。よっしゃ任しとけ!一番乗りはこの俺が頂くッ!!」
バラムスは身を屈め、目にも留まらぬ速さで洞窟を駆けてゆく。大型とはいえ、多脚の虫であるバラムスにとって、こんな洞窟の凸凹など何の障害物にもなりはしない。
「あ、おい待て。何が居るか分からな――――くそ、もう見えなくなった」
「は、速いです……」
「普通に走っても足が速いのに、翅も強いからな。あいつは。後を追うぞ」
「はいっ」
幸いにも、この先はすぐそこで行き止まり。バラムスが本気で走ったとしても、それほど距離を離されることはないはず。だが、嫌な予感がする。何かの気配がするといっても、それは本当にあの二人か。いや、そうとは限らない。そもそも、あの足跡の時点で何かがおかしい。
もし、俺たちの他に、誰かが居るとしたら。
「――ッギャアァァァァォォォォ!!」
響き渡る、バラムスの威嚇。衝撃に揺らぐ洞窟と、甲高い悲鳴。一瞬遅れて追いついた俺の目に飛び込んできたのは、真っ二つに分かれて宙を舞うバラムスの姿であった。
「……」
バラムスのものではない、真っ赤な血に塗れた少女。その手に握られた柄から伸びて蠢く、白い何か。のたうち回るそれはやがて長大な剣となって動きを止め、少女はその淡い金色の髪を汚す返り血を滴らせながら静かに振り返る。リリアが息を呑んだ。
「ゆ、勇者です……ギルバートさま」
「…………下がってろ。リリア」
ゆらりと揺れて燃え上がるような、気迫。押し寄せる殺意の渦に、俺は静かに拳を構えた。
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