03:OK Ninomiya Kinjirou

「OKニノ。目的地までマップを」


 それから新幹線と電車を乗り継ぎ、岐阜県の某所に辿り着いた鷹野は、右手のタブレット端末に向けて呼びかける。


「OKマスター。探索を開始シマス」

 

 答えるのは機械音声――を演じるニノ。去年と口調がまるで違うのは、こいつ自身がグーグルホームに触発されての事と、鷹野は密かに知っている。


 ――ニノ、こと二宮金次郎。

 今となっては子どもたちに通じるかも分からないが、往時は頑然たる怪談として日本中を席巻していた、れっきとした都市伝説フォークロアだ。かつてはどこの学び舎にも、校庭や校門を守るかのように聳え立っていた二宮尊徳像。そしてどこにでもあるがゆえに、共通の経験として刷り込まれたソレは、一度怪談となるや瞬く間に燃え広がった。

 

 曰く、深夜に校庭を闊歩し、血の涙を流す動く呪われた石像。皮肉にも薪を背負いながら勉学に勤しんだとされる、在りし日の二宮金次郎を彷彿とさせるような怪談が跋扈した。


 だがそんな怪談も、やはり時代の推移と共に様変わりを余儀なくされる。本を読みながら歩くという行為が、歩きスマホを助長すると糾弾されて以降、まるでそれを免罪符にでもするかのように、各地では石像の撤去が始まったのだ。


 ただでさえ噂話が途絶えた所に、訪れる依代の喪失。ことここに至れば|遺聞奇譚<ロストロア>の一歩手前である。かくて鷹野はいつもと同じ経緯で二宮金次郎と出会い、そうして彼を助けたのである。




「横断歩道を渡って下さい。前方より車あり、注意。百メートル先、左です。おや、グーグルマップが間違っていますね。私のほうが正確だという証左でもありますが」

 

 鷹野が雑考を巡らす間にも、ニノは整然と道案内をやってのける。言うまでもなく彼の仮想敵ライバルはグーグルマップである。そして知の帝国たるGoogleに勝利を収める事こそが、今や電子デバイスに住み着いたニノの、確固たる目標の一つでもある。


「ありがとう。流石だね、ニノ」


 どうやら怪談の主にも、依代の相性はどうしたってあるらしい。例えば姫乃ならトイレ、メリーさんなら人形、ニノならば本といった具合に。とは言え石像よろしく分厚い本を抱えてまで外出するのは憚られるし、何より紙の本は耐久性が危うい。といった諸々の事象、およびニノ本人の希望もあり――、今の彼は本を模したタブレット・デバイスを根城に選んでいる。


「勿論ですマスター。えーあい・・・・風情に、負ける私ではありません」


 そもがそも、勉学の神として奉られた二宮尊徳である。電波さえ飛んでいれば幾らでも情報を集められる現代は、正に彼にとってはうってつけの時代だったらしく、Googleに対抗意識を燃やしながらも、その実ちゃっかりググっているニノの強かな負けず嫌いを、鷹野は微笑ましく見守っていた。


「しかしまあ、今回は厄介かも知れないね。実際に被害者が出ているんだろう? ビーレフェルトって聞いてるけど」


 メリーさんのように、弱りきった都市伝説の保護、今回はそういう手合ではない。むしろ公的機関が隠密理に動かねばならない程度には、事態はそこそこ切迫している。


「はい。ビーレフェルト段階ヒュラル1、口裂け女ムーンマウスです」


 ニノの言う口裂け女とは、昭和の都市伝説を代表する怪談の一つだ。整形手術に失敗し、口が耳元まで裂けた女性が、夕闇に染まる町、暗い路地裏で子供に問うのである。――わたし、綺麗? と。


 ここで返答を誤れば最後、女は激昂し、獲物を振り上げて追いかけて来る。この獲物に関しては諸説あるにせよ、ポマードが苦手な点だけは共通している。なんでも彼女の執刀医がポマードを髪中に塗りたくっていて、その所為で苦手になったらしい。だから口裂け女から逃げるには、ポマードと大声で連呼すればいいのだ。


口裂け女ムーンマウスがビーレフェルトかあ。物騒なことにならなきゃいいけど」


 ――ビーレフェルト。すなわち現在進行系の、実態危害性を伴う都市伝説フォークロア。いわゆる怪異や呪いの類いを、政府はそのように名付けた。そして昨今の経費削減が響きに響いて、鷹野ら民間に丸投げされる運びとなったのだ。


 存在しないものビーレフェルト。ドイツの都市伝説にあやかり、そう呼ばれる怪異の原因を究明し、被害を未然に防ぐのもまた、鷹野率いるロストロア探偵局の仕事だった。


「マスター。その為に我々は、この人数で来ているのですよ。問題は無いでしょう」


 そう自信満々に述べるニノに、確かにと返す鷹野。オペレーターのニノに加え、実況の姫乃(いやこいつはなんなんだ?)、それに武闘派の一名を引き連れ、万全の態勢で鷹野は虎穴に乗り込んでいる。仮に相手がビーレフェルトだとしても、遅れをとることはないだろう。


「そうそう! なにせ私がいるんだから! お兄ちゃんは大舟に乗ったつもりで姫乃でセンズリこいててよね!」


 と、会話の間隙を縫って割り込む姫乃。Bluetoothのイヤホン越しに聞こえる彼女の声は、いつだって意気軒昂だ。


「センズリはこかんけどな。まあヒメはヒメの仕事に専念してくれ。ウチの重要な副収入だからな」


 しかし姫乃は知っているのだろうか。仮想空間とはいえ、花子さんスタイルでトイレ実況をかます自身の、公衆便所と字名される18禁の二次創作が出回っている事実を。


 いや、それを言えばこちらのオカズもバレてしまう訳で、止むを得ず鷹野はスルーを決め込み、姫乃の応援にとどめおく。黙っていれば収入もオカズも増えて一挙両得。まさにビバVtuberである。


「そうですわ、お兄様。お兄様の事は、わたくしがお守り致しますもの。姫乃ちゃんも大舟ならぬ大便器にお乗りになっていればよろしいでしょう?」


 するとここで満を辞したように口を開くのは――、そう。ロストロア探偵局きっての武闘派、車椅子に乗った少女である。


「むっ、なによレイちゃん! お兄ちゃんの懐刀は私なんですけどー?」


「(ヒメ黙れ)――ああレイちゃん。頼りにしてる」


 食い下がる姫乃を制止する鷹野の、車椅子に添えた左手を優しく握り、レイちゃんと呼ばれた少女は振り向く。


 風になびく黒い長髪。薄幸の、あるいは深窓の令嬢とでも呼ぶべき外貌の、しとやかな少女の正体。


 それは「てけてけ」儚げに微笑むこの少女には、下半身がなかった。



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