第八話
昼休み。場所は二年A組。
奈津海は祥子たち三人と昼ごはんを取っていた。
(別に口止めされてなかったし、いいよね)
昨日の放課後に花梨が語った悠の過去。その概要をみんなの前で話した。なるべく暗くならないよう配慮したが、やはり深刻なムードになってしまった。
そんな空気を断ち切るように、奈津海が相談事を持ちかけた。
「それで、辛い記憶を吹っ飛ばすくらいの楽しい思い出づくりをさせてあげたいんだけど、なにか良い案ないかな?」
三人が思考を巡らしていると、祥子が申し訳なさそうな顔で発言した。
「思い出づくりで想像して、S○Xしか出てこないあーしを許してナッツー」
「右に同じね」
「……右に……同じ」
「あんたたちね〜」
珊瑚、亜里沙も、考えついたことはみんな同じで、奈津海は思わず苦笑する。
(そりゃあたしも一回は考えたけど)
そのことは口に出さないでおいた。
「亜里沙は最近なにが楽しかった?」
珊瑚が亜里沙に尋ねたのを不思議に感じた奈津海は、
「どうして亜里沙に聞くの?」
「なんか、湖月君と亜里沙ってどことなく似てるから、参考になるかなって」
「確かにそっくり」
一同、うんうんと頷き合う。
亜里沙は、上に向いていた目線を元の位置に戻すと、口を動かした。
「飼っている犬が……オナラ……したとき……」
「なんかそれ楽しいというより、面白いことよね」
そう感想を述べる奈津海に、祥子が下らない冗談を言った。
「ナッツーが湖月の前でオナラすれば笑うんじゃない〜」
「それで笑うの小学生くらいよ」
と奈津海はツッコミを入れた。
その後、段々と論点がズレ始め、気づくと別の話題に移行してしまっていた。
――…
放課後。
奈津海は、悠を誘って市街地まで繰り出した。
空いた小腹をファストフードで満たした後、ウインドウショッピングを楽しむ。
それから、近くにあった公園のベンチで一休み。
「悠はどこか行きたいところある?」
「いえ……特にこれといってないです」
「じゃあ、もう少しここでゆったりしてよっか」
心地良い風が吹き抜ける。陽が傾き、なびく芝生が少し赤ばんでいる。
その上を笑いながら楽しそうに走り回る子供たち。
(悠もあれくらいわかりやすければな~)
期待を込めた願望を心の中で呟く。
喜怒哀楽は自己を表現するのに欠かせないもの。それができない悠。
仕方ないこと。
でも、不安が生まれる。
気持ちの一方通行ほどむなしいものはない。
だからせめて言葉がほしい。
安心という見返りがほしい。
(こんなこと言わせる前に、いい加減に振り向けバカ)
「悠は、あたしのこと好き?」
ゆっくりとした風が流れる。
周囲は静かなので聞こえたはず。でも返事はない。
また妄想か、と眉根を寄せて横に振り向くと、
「あれ、寝てる」
ベンチの背もたれに若干寄りかかって、一定の呼吸を刻んでいる。
そのとき、悠の表情に変化が起きた。
「嘘……」
奈津海は口を押えたまま、驚きを隠せないでいた。
「笑ってる……」
口角が上がっている。
それは些細なことかもしれないけど、奈津海にとっては大きな意味を持つ。いま一番ほしいものをもらい受けたからだ。
しかし、目に焼きつけながらふと思う。
笑いかけているのはおそらく夢の中であって、現実ではない。奈津海ではない誰か――例えばお母さん――に対して。
(やめよう、ネガティブに考えるのは)
悠の寝顔からは、警戒心のかけらも感じない。
その安心できる居場所が自分の隣だと思うと、少し嬉しかった。
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