第六話

 休日明けの月曜日。

 毎週お馴染みの倦怠感に包まれながら、奈津海は一年E組の戸を開けた。

 睡魔に負けて、教師に頭を三回叩かれたりしながら、なんとか昼休みまで乗り切る。

 

 購買の弁当片手に一年A組に向かうと、いつもの三人が出迎えてくれた。


「ナッツー、おとといは災難だったね~」


 慰めるように祥子が背中をさすってくれる。

 SNSのグループチャットで、おとといの件は祥子たちに報告済みである。


「ホントサイヤク~、せっかくのデートが台無し」

「つーか好きな男の妹が恋敵って、漫画の世界じゃん」

「それがリアルなのよね~」


 おとといの話題で盛り上がった後、話は悠のことに推移する。


「誰かさ~悠のことについて知ってたりしない? どんな些細なことでもいいからさ~」


 花梨が言っていた悠の過去。奈津海はそれを知る手掛かりを得るため、三人に話題を振った。

 そこで珊瑚が思い出したかのように口を開く。


「そういえば亜里沙、あなた湖月くんと同中だったわね。何か知らないかしら?」

「……少し……は」

「それホント!? 教えて亜里沙!」


 奈津海は興奮気味に彼女に詰め寄る。

 いつもと変わらない様子のまま、亜里沙はぽつぽつと語り始めた。


 亜里沙の回想により、悠のことをいくつか知ることができた。

 外見や性格は今とほとんど変わらない。前髪は長く伸ばし、話しかけられても上の空がほとんど。

 妹が悠のそばをずっと離れずにいた。

 この辺りは、あまりヒントにはならなさそう。

 

「他になにか知ってる?」

「……あとは、彼の母親は亡くなっていて……伯母の家で暮らしている……」

「!?」


 かなり有力な情報を得られたと、奈津海は心の中で頷く。

 その後もいろいろ話してはくれたが、ヒントになるのは一つだけのようだ。


「教えてくれてありがとねっ亜里沙」

「……いい……スイーツショップの特上パフェで……」

「た、高くついたわね」


 さらっと報酬を要求され、奈津海は苦笑いを浮かべた。


 普段ならこのままおしゃべりして昼休みを過ごすのだが、奈津海は食事を切り上げ、廊下に出た。

 三人に囃し立てられつつ向かった先は、一つ隣の一年B組。

 机でボーっとしている男子生徒に近寄った。


「ハロ~悠」

「……奈津海さん」


 奈津海は隣の空いている席にどっしりと腰を下ろした。


「おとといは約束守ってくれてありがとね。今度は二人きりで行きたいわね。二人きりで」

「はい、そうですね」


 皮肉を込め二回繰り返したが、果たして通じているかどうか。


「あとさ、ちょっと重い話になるんだけど……あたしが今から言うことは悠にとって答えづらい質問になると思うから、嫌だったら無視してね」

「わかりました」


 前髪に覆われたその奥、暗闇に閉ざされた二つの瞳を直視しながら開口した。


「花梨から聞いたのだけれど、悠の妄想癖には原因があるそうね。過去のトラウマが関係してるそうだけど、どんな辛い出来事だったの?」

「……」


(わかってはいたけど、答えてくれないか)


 と高を括っていた奈津海だったが……


「言いたくないです」

「え……? うん、ゴメンね、余計な事聞いて。でも、ただの興味本位で質問したわけじゃないから、それだけは信じて」

「はい」


 返答をもらえたのは意外だった。

 だからというわけではないのだが、気づいたときには、保留にしておいた悠への不満が滑るように口から出ていた。


「悠が一体どれだけ辛い経験をしたのかあたしにはわからない。だけれど、妄想を逃げる手段に使っているのだとすれば、少しズルいと思うわ」

「……」


 半分の後悔と半分の正義感。悠のためを想ってという正当性を振りかざし、傷跡をナイフで抉り返す。

 すぐにいたたまれなくなった奈津海は、逃げ出すように席を立った。

 廊下に出て、人垣から離れることばかり意識し、走り出す。

 

 静かな場所を追い求めた結果、階段の踊り場まできてしまった。

 開け放たれた窓から見下ろす中庭では、サッカーに興じる男子生徒が数人見える。

 

「逃げてるあたしが言っても説得力ないじゃんバカ」


 吹き付ける風のせいで乾燥した目を、涙液が潤す。

 霞む視界をいいことに、感情に乗せて叫んだ。


「バー―――カ!!!」


 霞む視界をいいことに、こちらを見上げる男子生徒なんて見えなかった。

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