第51話『選択と結果』

「ねぇ、この依頼はどうかしら?」


 ギルドの掲示板を指差し、僕ら全員に問いかけるアンス王女。


「確かに、良さそうですね。難易度もDランクですし、最初に取り組む依頼としては無難ですね」


 依頼内容はシンプルである、薬草の収集だ。

 近くの村で疫病が蔓延しているらしく、その薬の材料となる薬草を集めてくるとのことだ。


「じゃあ、受け付けしてきますね」


 僕はそう言って、ミレアさんの座っている窓口に向かう。


「あら、無難な依頼を受けるのね」


 僕が薬草収集の依頼を受けると、意外そうな顔でミレアさんが言った。


「初めての依頼ですからね」


「確かにそうね。でも油断は禁物よ、Dランクの難易度とはいえ、薬草の取れる森には、魔物も出るから注意して」


 ミレアさんはそう言って、薬草の在処が記された地図と、摘んだ薬草を入れるカゴを手渡してきた。


「はい、ありがとうございます。では、行ってきますね」


 そう言って僕達は、薬草の取れる森へと向かう。


 * * *


「魔物の気配……」


 森へと向かう道中で、ラルムが魔物の気配を感知した。


 その言葉の直後、岩陰から二体のリザードマンが飛び出してきた。


「リザードマンのデータはすでにあります。マスター、私がやってもよろしいですか?」


 事前に情報が揃っていれば、アイの自動戦闘が可能だ。


「あぁ、お願いするよ」


 僕の言葉と同時に前へと飛び出すアイ。

 素早い足技で、危なげなく、敵の首を地に落とす。


「どうでしたか、マスター?」


 親に褒めて貰いたい子どものような、ソワソワとした様子でこちらを覗き見るアイ。


「よく出来たね、アイ」


 このやりとりに一抹の不安を感じながらも、賞賛をおくる僕。


「それにしても、アイは戦闘を経験する度に強くなっているわね」


 アンス王女が感心した様子で言った。


「経験がデータとして蓄積されているので、動きの精度が上がるのです」


 淡々とした声音ではあるが、少し得意げな表情を見せているアイ。


 そんな会話を挟みながらも、僕達は目的の森へと辿り着いた。


 森の中には複数のゴブリンが生息していたが、近づいてきたものに関してはアンス王女が危なげなく倒した。


 お目当ての薬草は比較的近い位置に生えていたようで、採れる分は全て刈り取り、用意しておいた背中のカゴへと入れた。


「こんなにスムーズに終わるとは、なんだか拍子抜けね」


 少し退屈そうにしながら、アンス王女はそう言った。


「まぁ、Dランクの難易度でしたからね。後は依頼された村に薬草を届けて終了です」


 僕はアンス王女の意見に同意しつつ、依頼はまだ終わっていないことを告げる。


 村への道中は穏やかなもので、魔物との戦闘は無かった。


 村の周囲には人っ子一人おらず、僕達が村に辿り着くと、木造の家から村長らしき老人が一人で外に出て、こちら側に歩いてきた。


「あなた達がギルドからの?」


「はい、フィロスと申します」


 僕が挨拶をすると、続け様に他の三人も挨拶をした。


「ワシがこの村の村長です。この村には小さな子どもと老人しかおらず、戦闘に長けたものがおらんくてのぅ、薬草を摘みにいけなかったのじゃよ。本当に助かりました」


 そう言って、深々と頭を下げる村長。


「これが薬草です」


 背中のカゴをおろし、村長へと手渡す。


「ありがとうございます」


 そう言って笑顔を浮かべた村長だったが、表情が少しぎこちない。


「どうかしたのですか?」


「大変申し上げにくいことですが、これでは全員分が足りるかどうか……」


 森の周辺の薬草は全て摘んできたのだが。


「あの、他にも薬草が採れる所はありますか?」


「あるには、あるのじゃが……」


 うつむき気味に、歯切れ悪く、村長がつぶやくように言った。


「何か問題が?」


「森の最深部にも、これと同じ薬草が採れる場所があるのですが、そこは今、ドラグワームの住処になっているのじゃ」


 聞きなれない名前を聞いた。


「ドラグワーム?」


「確か、ギルドの掲示板ではA難度の討伐対象に指定されていた魔物よ」


 アンス王女が記憶を探りながら、そう口にした。


「飛行する巨大な昆虫型の魔物じゃ」


「住処ということは、複数匹いるということですか?」


「えぇ、そうなんじゃよ……」


 どうするべきか。薬草を採りにいかねば、疫病に苦しむ子どもや老人が出てくるわけだ。しかし、採りに行けば、A級の魔物と戦闘する可能性がある。仲間の命を危険に晒したくはない。見知らぬ他人の命と大切な仲間の命。天秤にかけるまでもない。

 授業における生命倫理ではないのだ。机の上の哲学とは訳が違う。

 倫理観や正義感で動くべきではない。後悔しない選択をせねば。


 僕が思考の海で溺れていると、アンス王女が口を開いた。


「わかったわ、行きましょう」


 王女の瞳には迷いがない。


「しかし、流石に危険じゃないですか?」


「危険が他者を見捨てる理由にはならないわ」


 この目を見せる時のアンス王女は絶対に譲らない。


「では、約束して下さい。危険を感じたら引き返すのを条件に受けましょう」


 一度言ったことを変える人ではないからな。妥協案は必要だ。


 アンス王女のように正義に実直に向き合うことの出来ない自分がとても醜く感じる。


「マスターは仲間思いなだけです」


 僕の思考を読み取ったアイが僕にだけ聞こえる、小さな声でつぶやいた。


 * * *


 先程の薬草を採取した地点まで戻ってきた。そして、そこから更に森の最深部を目指す。


「昆虫型の魔物には、精神魔法は効きにくいから、フィロスとラルムは敵が出たら十分に距離をとってね」


 アンス王女が注意点を述べた。


「精神魔法による相手への介入よりかは、敵の動きの予測をしてサポートする形ですね」


 僕がそう言うと、続け様にラルムが口を開く。


「私は、アンスちゃんと、アイちゃんの動きをサポートする……」


 いつの間にか、ちゃん付けで呼ぶ仲にまで発展していたのか。それに、今ではフードを被らずとも普通に人と接することが出来ているし、最近のラルムの成長には目を見張るものがある。


 戦闘がはじまった際の段取りを大まかに決め、再び歩きはじめる僕達。


 燃えるような夕陽が森の緑を赤く染めている。木々の影がうっすらとのび、怪しく揺れながら一定のリズムを刻む。


「嫌な色がちらついている……」


 ラルムが周囲に気を配りながら、灰色の目でそう言った。


「あ、あそこ!」


 森の最深部まで辿り着き、アンス王女が薬草を見つけたようだ。


 目的の薬草を見つけ、思わず駆け足気味になるアンス王女。


「あぶない!」


 その小さな口からは聞いたことがない程の声量で叫ぶラルム。


 その声に反応したアンス王女は、とっさの判断で右側へと身体を捻った。すると、次の瞬間、巨大な生物が先程までアンス王女のいた空間を凄まじい速度で通過した。


 突撃を外した巨大な飛行生物が再び、高く舞い上がり、その大きな体躯を余すところなく空へと晒す。

 こいつが、ドラグワームで間違いないだろう。なんとも例えにくい姿をしているが、トンボとドラゴンを足して二で割ったようなフォルムをしている。羽根はトンボ程薄くはないが、ドラゴン程厚いものではなく、こまめに振動しているのが、伝わってくる。顎は如何にも強靭そうで、鋭い牙が鈍く光っている。

 全長は三メートル程だろうか?

 昆虫がこのサイズ感で存在することに、生理的な恐怖を感じる……。


 すぐさま僕はアイとの意識同調をはじめ、戦闘に備える。


 再び、アンス王女目掛けて降下をはじめるドラグワーム。凶悪な顎をあけ、少女の柔らかい肉へとありつこうとする。

 その突撃を寸での所で回避したアンス王女は、すれ違いざまに、レイピアの一閃を放つ。

 その完璧なタイミングで放たれた突きはドラグワームの硬質な外皮によって弾かれた。


「ちっ、硬いわね」


 アンス王女は忌々しげにそう呟く。


 僕はその間に、ドラグワームの羽根の動きを止めるため、精神魔法を行使していたのだが、やはり、昆虫型の魔物には効果が薄いようで、あまり手応えを感じない。


「神経加速付与」


 ラルムがアンス王女の方を見ながら静かに言った。


 サポートを受けたアンス王女は、再び襲ってきたドラグワームの攻撃を避け、目にも留まらぬ突きの連撃を放った。その波に乗り、僕もすかさずアイを動かし、敵の横合いから蹴りを入れる。


 不快な甲高い鳴き声を撒き散らしながら、一度空へと離脱するドラグワーム。

 羽ばたきのリズムが不安定になっており、ダメージは確実に蓄積していることがわかる。


 最初は引き返すことも考えたが、この調子なら大丈夫だろう。そんな思考の隙をつくかのように、こちら目掛けてドラグワームが突撃してきた。眼前に迫る牙。敵の口内すら見える程の距離。そんな死との距離を遠ざけたのは、青いワンピースを揺らしながら、僕の目の前に割って入った、アイの背中だった。


「すみません、マスター、命令違反ですよね」


 敵の勢いを、その細く華奢な腕で受け止めながら、僕に語りかけるアイ。


 命令違反も何も、僕の思考よりもはるか上のスピードで目の前に現れたアイの行動に、ただただ驚いていた。


「勝手に身体が動きました」


 僕の思考に言葉で返事をするアイ。


 ドラグワームの勢いを殺しきれず、アイの肩がフルフルと揺れはじめた。


 その僅かに出来た隙に、敵の下へと潜り混んだアンス王女が、ドラグワームの腹部に深々とレイピアを突き刺した。他の硬質な外皮とは違い、腹部は柔らかいようで、レイピアの刀身が全て刺さりきっていた。


 すぐさま、レイピアを抜き去り、アンス王女が退避すると、不規則な動きで空を彷徨った末に、敵は地に落ちた。


「なんとかなったわね、日が落ちる前に薬草を持ち帰らなきゃ」


 アンス王女が頬についた返り血を袖で拭きながら、疲れと達成感の混じった声音でそう言った。


「まだ、いる!」


 真っ赤な瞳で、警戒心を剥き出しにしたラルムが叫んだ。


 すると数秒後、四体のドラグワームが文字通り、四方から僕達を囲んだ。絶望と言う二文字が生き物の形を借りて僕達を包囲しているわけだ……。


 やはり、命の選択を間違えたのだろうか。せめて、彼女達だけでも……。

 優先すべき命達と、死をもたらす敵に囲まれ、命のやりとりと言う言葉が様々な意味を持って、はやる心臓の音と共に押し寄せてくるのであった。

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