第46話『亜人の少女』

 今後の資金も確保でき、賭博場を後にするため、出入り口の扉に手をかけた僕。すると、不意にローブの裾を引っ張られ、思わず背後を振り返る。


「お父さんを助けて!」


 そこには、僕のローブの裾を握りしめ、不安そうな顔で子犬のようなたれ耳を震わせながら助けを求めてくる少女の姿があった。今の僕が言うのもなんだが、ここは、こんな小さな少女が一人で来る場所ではないだろう。


「えっと、どう言うことかな?」


 僕よりも一回り近く小さな少女の唐突な問いかけに、少し驚きながらも、説明を促す。


「お兄ちゃんがさっき強かったから」


 僕を指差し、そう口にする少女。

 強いとは、ボックスギャンブルのことだろうか?


「精神魔法が強いってことかな?」


 なるべく優しい声音を意識しつつ、少女の目線に合わせながら問い返す僕。


「うん、だから、お父さんを助けて!」


 必死な形相で助けを求める少女。


「少し事情を聞いてもいいかな?」


 僕はゆっくりと少女の話に耳を傾けた。


 少し要領を得ない説明ではあったが、この少女の話を要約すればこうだ。この少女の名前はシフォン。父親はこの賭博場のファイトギャンブルの選手だと言う。父と娘の二人暮らしで、父のファイトマネーで暮らしているそうなのだが、その父が足に怪我を負ったようだ。しかし、二人の生活はギリギリらしく、今日の戦いを避ければ、お金もなくなる上に選手としてもクビになってしまうそうだ。それに、ファイトギャンブルでは死人が出ることもあるらしい。だから、父親の為にリング外からの応援が可能な精神魔法師を探していたと言うことだ。


 少女の話を聞き終え、真っ先に口を開いたのはアンス王女だった。


「どうする?」


 アンス王女は僕ら全員へと視線を向ける。


「助けましょう」


 僕がそう言うとすぐさま首をふるアンス王女。


「違うわ。助けるのは当たり前よ。どうやって助けるのかという意味」


 一切の躊躇なくそう言い切るアンス王女。

 彼女にとってこの少女を見過ごすという選択肢はもとから存在していないようだ。


「そうですね。僕とラルムがファイトギャンブルの客側として参加し、精神魔法でサポートする形をとりましょう。アンス王女とアイはその間の僕達の警護をお願いします」


 大金が動くことなので、客側とはいえ、試合に関与すれば狙われる可能性もあるだろう。


「シフォンちゃん。お父さんの試合は何時からなの?」


 アンス王女は柔らかい笑みを浮かべ、小さな少女に優しく問いかける


「お父さん、夕方って言ってた」


 犬のような耳が小刻みに震えているのは不安の表れなのだろうか。


「お父さんの名前は?」


 受付の壁に今日の対戦表が貼ってあったはずだ。名前さえわかれば正確な時間がわかる。


「お父さんはヴォルフっていいます」


 父の名前が安心感を与えたのか、シフォンの耳の震えが止まった。


「じゃあちょっと、確認してきます」


 僕はそう言って、受付のカウンターに向かう。

 夕方の試合数は少なく、ヴォルフという名前はすぐに見つかった。

 壁に貼られた用紙には、試合におけるルールも記載されているので、ついでに目を通す。


 武器の持ち込みはNGで、基本は素手での戦闘となるようだ。

 身体を使った攻撃ならば全てOKで、勝敗はダウンして十秒が経過するか、一発で意識がなくなるかのどちらかで決まるようだ。

 試合の勝敗は選手の資質と、客席からの精神魔法で決まるのだろう。


 大体の流れを把握した僕は、みんなの元へと戻る。

 

「試合は二時間後に始まるみたいです。それまでにヴォルフさんへの挨拶と作戦会議を済ませましょう」


 僕はそう言って、受付の人に聞いておいた、選手の控え室へと向かう。選手の娘であるシフォンを連れていたので、意外にもすんなりと室内に入ることが出来た。


 控え室に入るとそこには、狼のような灰色の耳を生やした、筋肉質の大男が身体とは不釣り合いな小さな椅子に腰掛けていた。

 右足のふくらはぎに包帯が巻かれている。


「お父さん、強い人連れてきたよ」


 そう言って父親の前までトテトテと走り出すシフォン。


「えっと、僕の名前はフィロスです」


 僕の自己紹介に続いて、アンス王女、ラルム、アイの順で自己紹介を済ませた。


「ご丁寧にありがとう。私の名前はヴォルフ。この子の父親です」


 ヴォルフさんはそう言って、娘の頭を優しく撫でる。

 それに反応してシフォンの尻尾が激しく揺れている。これは親愛の証なのだろう。


「娘さんから事情は聞きました。この試合、僕らに手助けさせて下さい」


 僕の言葉を聞き、少しの間を空けてヴォルフさんは話し始めた。


「とてもありがたい申し出ですが、いいのですか? 危険な目に合う可能性もありますし、何より私には満足なお礼をするだけのお金もありませんよ?」


「お礼ならいりません。僕も彼女達もただ、娘さんの笑った顔が見てみたいだけです」


 少しキザなセリフに聞こえるかも知れないが心からの言葉であった。

 僕の言葉に満足そうに頷くアンス王女。ラルムとアイも笑顔で応えている。


「すまない、恩にきるよ」


 そう言って深く深く頭を下げるヴォルフさん。


「では、試合までの時間は打ち合わせにあててもよろしいですか?」


 僕らとヴォルフさんの意思疎通が勝敗の鍵になるはずだ。


「よろしく頼みます」


 ヴォルフさんの返事を合図に話し合いを始める僕ら。

 彼の怪我の具合やコンディションなどを確認しつつ、有効なサポート方法を考えていく。

 作戦の概要と、それぞれの役割が決まったところで試合開始の五分前となった。


 ヴォルフさんはリングに向かい、僕らは客席へと向かう。


 僕らが客席に着くと、レフリーらしき人物が両選手の紹介をはじめた。

 選手の紹介が終わると、会場には不思議な緊張感が張り詰め、試合開始のゴングとともに、それら全ての緊張感は激しい盛り上がりへと姿を変えたのだ。

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