第45話『ギャンブル』

 なんだか変な言い回しになってしまうが、最近はよく見知らぬ天井を見つめながら起きる事が多い。まぁ、それだけイデアの世界では劇的な日々を過ごしているのだから、仕方がない。


「おはようございます、マスター」


 アイが寝ている二人を起こさないように小さな声で言った。


「おはよう」


 僕もアイに習い、静かな声で返事をする。


 魔大陸に着いて最初の町のボロ屋に泊まったわけだが、二人の少女はしっかりと眠りにつけたようだ。

 それにしても、アンス王女もラルムも、普段は頼もし過ぎて本来の年齢を忘れがちだが、こうして寝顔を見ると、年相応の愛らしさが見受けられる。


「マスター、私も愛らしいでしょうか?」


 僕の思考と同期しているアイが真顔で淡々とそう語る姿に、思わず頬が緩む。


「アイはいつも僕より先に起きているからわからないよ」


 僕がそう言うと、すぐさま寝たふりを見せてくるアイ。その姿がなんだかとてもアイらしく、思わず笑ってしまった。


「うーん……。何?」


 僕の笑い声でアンス王女を起こしてしまったようだ。それに続いてラルムも寝起きの瞳を様々な色に変えてパチクリパチクリしている。


「おはようフィロス君……」


 杏色の瞳で僕に視線を浴びせながら口を開くラルム。


「二人とも、起こしてしまいすみません」


 僕がそう謝ると、アンス王女がこう言った。


「いや、むしろ寝すぎた位よ。朝食がてらこの町の情報収集に行きましょう」


「確かにお腹も空きましたし、今一番必要なのは情報ですからね」


 僕がアンス王女の意見に賛成すると、アイとラルムも無言で頷いた。


 ボロ屋のチェックアウトを済ませ、外に出る僕ら。

 視界には異様な光景が広がっている。昨日の夜にも目にはしていたが、やはり頭の上の獣の耳やお尻に尻尾をつけて歩く人々の姿は見慣れない。

 そんな光景に視線を奪われつつも、しばらく散策を続けていると、アンス王女が飲食店らしき店を見つけたようだ。


「ねぇ、ここなんてどう?」


 そう言ってアンス王女が指差したのは緑の三角屋根が特徴的な小さなお店だ。


「マスター、入りましょう」


 実際に自分が食べるわけではないのに、アイが真っ先に賛同した。


 カランコロンと言う扉の音を連れて店内へと入る。

 まだ午前中だと言うのに、店内にはすでにお酒で酔っ払っている雰囲気の男性客がちらほらいるようだ。


 僕らは店の奥の空いているテーブル席へと座る。

 メニューを開いてはみるが案の定、僕の知っている名前は無い……。


「アンス王女はどれにしますか?」


 ここはやはり、人頼みが正解だろう。


「うーん、私も聞いたことのないメニューばかりね」


 アンス王女が眉根を寄せながら思案顔をみせる。


「私もわかりません……」


 申し訳なさそうな面差しで小さく呟くラルム。


「じゃあ運試しなんてどうかしら?」


 そう言って楽しそうに笑うアンス王女。


 あえて店員には聞かず、メニューの語感のみで決めるわけか。少し楽しそうだ。


「いいですね、そうしましょう」


 僕がそう言うと、意外に乗り気なラルムが小さく頷いた。


 店員さんが頃合いを見計らって、注文を取りに来たので、僕はバルボッサと言う名の料理を頼んだ。お腹が空いており、ガッツリとした物が食べたかったので、なるべくイカツイ名前のメニューをチョイスした。バルボッサ! ボリューミーな響きだ。

 何故かはわからないが、ここ最近の僕はやたらとお腹が空くのだ。


 アンス王女とラルムの注文も終わり、店員が厨房へと注文を伝えに戻る。


「そう言えば、アイはご飯を食べないけれど、エネルギー源はどうしているのかしらね?」


 アンス王女が素朴な疑問を口にした。


「確かに、言われて見ればそうですよね」


 そう言って僕はアイの方へと視線を向ける。


「私が今もこうして喋るために使っている思考のエネルギーは間違いなく精神の同調により、マスターにお借りしているものです。実際に体を動かす為の動力については私にもわかりません」


 アイが淡々とした調子で答える。


「確かに、アイちゃんは謎だらけだよね……」


 そっと付け加えるように呟くラルム。


「まぁ、ここはアイが生まれた魔大陸ですし、その辺の謎もいずれわかるのかも知れないですね」


 僕の言葉に当の本人はけろっとした様子だ。


 そんな会話を交わしていると、注文の品がテーブルへと並べられた。


「こちらが、バルボッサでございます」


 若い男性店員が低めの良い声で言った。


「これですか?」


 思わず店員に聞き返す僕。


「はい、こちらがバルボッサでございます」


 店員の笑顔に押し黙る僕。


 僕の目の前には小さなチョコレートらしき物が三粒置かれていた。

 バルボッサってチョコなんだ……。

 いや、まだわからない。そう思って一粒手に取り口へと放り込む。


 美味い。甘くて濃くのある、まごう事なきチョコレートだ。確かに美味いけど今じゃない。


「マスター! これは良いものです!」


 僕の右隣に座っているアイが物凄く幸せな表情で立ち上がりながら感想を述べた。


「そ、そうか、それは何より」


 僕の味覚の信号を読み取ったアイはとてもご満悦のようだ。

 アンス王女にはグラタンのような商品が届き、ホクホク顔で食べている。

 一方ラルムの目の前には、大量のお肉料理が並んでおり、こんなに食べ切れないよと視線で僕にSOSを送ってきていた。


「あぁ、僕も少し貰っていいかな?」


 僕の言葉に小さく首肯したラルムが取り皿にお肉を分けて僕の方へと差し出す。


「ありがとう、美味しいよ」


「うん……」


 ラルムの瞳が薄っすらと桃色に輝く。


「はい、私のもあげるわ!」


 ラルムと僕のやりとりを見ていたアンス王女が頬を真っ赤にして、まだ湯気の立つ温かいお皿を僕の方に渡す。


「あ、これも美味しいですね」


 クリーミーな味わいが口の中に広がる。

 貰ってばかりでも申し訳ないので、僕も残りのバルボッサを二人に一粒ずつ献上する。


 何気なくそれを口に入れた二人。


「なんて濃くのある甘味! 美味しいわね!」


 アンス王女がそう叫ぶと、その声に激しく同意したラルムが首を大きく縦に振る。


 残ったお肉料理を僕が平らげて、今日の朝食はお開きだ。

 よし、ここからが本番だ。情報を集めなくては。


 席を立ち会計を済ませに向かう僕。ゴブリンデーモンの牙を売ったお金で支払いを済ませる。まだ、少しは余裕があるようだ。


「あの、すみません。この町の周辺でお金を稼ぐ方法と綺麗な寝床を提供して貰える場所はありますか?」


 中年の女性店員に話しかけた僕。


「あんた、見ない顔だね。一攫千金なら賭博場があるよ。でも治安が悪いからね、良い寝床はこの土地での身分が保証されていないと借りれないよ」


 酒焼けした声で女性店員が答えた。


「身分を示すにはどうすれば?」


「ギルドに参加するのが手っ取り早いわね」


 喉が枯れているからか、少し辛そうに話している店員。ギルドと言えば、様々な依頼を斡旋してくれるイメージが強いが、その認識でいいのだろうか? まぁ、行けばわかる話だ。


「ありがとうございます。ごちそう様でした」


 僕の言葉を合図に全員がお店を後にする。


「ねぇ! まずは賭博場に言ってみない?」


 目を輝かせながら意気揚々と話し出すアンス王女。


「先にギルドじゃないんですか?」


 てっきり、安定した身分を手に入れるのが先かと思ったが。


「なんだか楽しそうじゃない? ノイラートじゃ流石に行けなかったからね!」


 確かに王女が賭博場にいたら大問題だろう。


 ラルムの横顔が少し不安げだが、大丈夫だろうか?


「平気かい?」


 僕がラルムに問いかける。


「だ、大丈夫……」


 そう言って目を白黒させるラルム。いや、実際にはカラフルに輝いているのだが。

 まぁどちらにせよ慌てているのは伝わってくる目の動きだ。


「平気よ平気」


 そう言って拳を打ち鳴らすアンス王女。

 明らかに穏便じゃないジェスチャーが気にはなるが、いざという時は何とかなりそうな気がしてくる。

 アンス王女に続けとばかりにシャドーボクシングを始めるアイ。


「確かに、この魔大陸と言う土地柄を知るにはある程度ディープな場所で聞き回るのが良いかも知れませんね」


「でしょ?」


 何故か得意げな顔でこちらを見るアンス王女。


「面倒ごとはなるべく避ける方向で行きましょうね」


 アンス王女とアイの方を向き、先に釘を刺しておく。


 その後は先程の店の店員に貰った、簡易的な地図を頼りに賭博場へと向かった。


 * * *


 あれから数十分程歩いた僕らは目的地へと辿り着いた。

 立て付けの悪い扉をゆっくりと開くとそこは、昼間だというのに大勢の人で溢れ返っていた。

 外観からも建物の大きさが伺えたが、内装はそれ以上に広さを感じた。

 真っ先に受け付けらしき所に向かい、この場のルール説明を受けた。


 どうやら、この場所では三つの賭け事が行われているようだ。

 一つ目は『ボックスギャンブル』

 一対一のゲームのようで、プレイヤーは攻守に分かれてプレイする。攻撃側は1から7までの数字の中で好きな数字を紙に書いて箱に忍ばせる。守備側はその数字を予想するのだ。

 例えば、箱の中の数字が5で予想の数字が3だった場合は、予想を外した分の金貨を守備側が攻撃側へと支払う。この場合は箱の数字が5で予想が3なので守備側が攻撃側へと金貨を2枚払う。しかしここで守備側が攻撃側の数字をピタリと当てた場合は当てた数字の3倍の金貨が貰える。つまり7を当てれば最大21枚の金貨が貰えるわけだ。そしてこの攻守を一度ずつやって1ゲームだそうだ。なんゲームやるかは1ゲーム終わるごとに互いの合意で決めるようだ。

 

 ちなみに今朝の全員分の朝食費が銀貨2枚だ。金貨1枚は銀貨10枚の価値だそうで、そう考えれば中々の数字が動く賭けだ。まぁ手持ちの金貨で1ゲーム分はギリギリ持つ。


 そしてこのゲームの最大の売りは精神魔法の使用が許可されていることだ。

 ゲーム続行の意思決定以外は精神魔法によるプレイヤー同士の攻防が認められているのだ。


 二つ目のゲームは『ファイトギャンブル』

 ルールは単純。二人の選手が戦い、客はどちらが勝つのかを予想するのだ。

 しかし、このゲームの恐ろしい所は、賭けに参加する外野の客も選手への精神魔法による攻撃が許可されている。


 何でもありにも程があるが、流石は魔大陸といった所だ。


 三つ目のゲームは『ゴブリンギャンブル』

 ちなみにルールは聞き忘れた。ゴブリンという単語は大体碌でもないのだから、どの道聞かなくとも良い。そんなことよりも、この受付のお姉さんの耳は本物なのだろうか? これが本当のバニーガールというわけだ。純粋に生物学的観点から気になる。うん、亜人文化は奥が深そうだ。


「マスター!」


 アイの一喝が僕の思考を引き戻した。


「急にどうしたのよアイ?」


 アンス王女が訝しげな目でアイを見る。


「マスターが受付のお姉さんのお耳にご執心だったので」


 少し強めの語気でアイが告げ口をする。


「ち、違います。ち、知的好奇心です」


 僕の慌てぶりにも優しく微笑む受付のお姉さん。ピョンピョン跳ねる耳についつい視線が誘導される。まぁ、心理学的にも男性は揺れ動く物に目が行きやすいのだ。ポニーテールやイヤリングに目がいくのもそのような心理的要素が含まれている。


「……」


 ラルムは瞳を真っ赤に変え、視線だけで僕を糾弾する。

 アンス王女はというと、僕の左頬に鮮やかなビンタを食らわせ、ゴブリンギャンブルのブースへと向かった。


 僕、ラルム、アイは無言でボックスギャンブルのブースへと足を運ぶ。


 僕の対戦相手が決まり、いよいよ勝負が始まる。

 相手の方は耳に小さな猫耳を生やした、おでこに皺の刻まれた中年の男性だ。

 日本の常識に照らし合わせると、中年の男性が猫耳と思ってしまうが、この耳は本物なのだから、そんな偏見は持ってはいけない。


 そんな思考が駆け巡る中、コイントスにより僕は攻撃側からスタートすることが決まった。アイは僕の後ろで勝負を見守っている。

 とりあえず、数字を当てられた時のリスクを減らす為、紙に1と記入する。そしてその紙を黒い小さな箱へと仕舞う。相手の思考へと同調し、予想を7と口にするように精神魔法を発動する。


「トレース」


 わずかな抵抗を感じるが、恐らく成功したのではないか?


「予想は7だ」


 相手のコールが終わり、箱を開ける僕。

 箱の中にはもちろん1と書かれた紙が1枚。


「守備側は攻撃側へと金貨6枚」


 賭博場の従業員が声高に言った。


 周りの客からも少量の拍手を貰った。よし順調なスタートを切れた。

 攻守交代で今度は僕が守備側。つまり予想する番だ。


「トレース」


 僕は再び精神魔法を使い相手の男に7と紙に記入させる。

 もちろん僕の予想も7だ。


「予想的中、攻撃側は守備側へ金貨21枚。第2ゲームをはじめますか?」


 従業員のボーイの声が無機質に響く。


「勘弁してくれ、パーフェクトゲームなんて久しぶりに食らったよ。これじゃあ、駆け引きにならないよ」


 そう言って、苦笑いをうかべながら勝負から降りる猫耳オジサン。

 そして、そのままこちらへと近づいて来る。


「いやー、坊や小さいのに強いね! でもデビュー戦だろ?」


 心なしかスッキリとした表情で話しかけてくる男性。


「なぜ初めてだとわかったのですか?」


「ベテランの強い人はパーフェクトはやらないからね。次のカモが逃げちゃうからさ」


 なるほど、ではあのラルムの対面に出来ている行列はなんだ?


「あの女の子、仲間なのですが、恐らく僕よりも強いですよ?」


「あぁ、あの子は天性のギャンブラーだね。このゲームに必要な才能を二つも持っている」


 耳をひょこひょこ動かしながら真剣な表情で語る猫耳オジサン。


「才能とは?」


「もちろん一つ目は精神魔法の腕。二つ目は美少女であることさ。可愛くて強ければ、例え負けると分かっていても挑戦したくなるのが男の性だからね」


 オジサンの台詞を裏付けるかのように、次々とラルムの机に積まれた金貨が高くなっていく。悲しき男の習性を見た気がする。


 ひとしきり勝ち越したラルムがこちらへと戻ってきた。


「いっぱい勝ちました……」


 小さな声だが、頬を上気させどこか満足気なラルム。


 しばらくの間、ラルムに賛辞を送っていると、遠くのブースから肩を落としたアンス王女がこちらに向かってきた。


「ごめん、みんな。ゴブリンギャンブルがあんなに難しいなんて……」


 アンス王女の手持ちはスッカラカンになっていた。


「僕も勝ちましたし、ラルムは大勝ちしたので」


 その報告に一安心しつつも、悔しそうな表情を浮かべるアンス王女。


「この元手はゴブリンデーモンの牙ですから、アンス王女の活躍が大きいです……」


 ラルムの絶妙なフォローが決まり手となり、アンス王女に笑顔が戻る。


「それはそうと、フィロスはあんな感じの耳が好きなのかしら?」


 ここからは若干遠いバニーガールのお姉さんを指差してアンス王女が言った。

 その言葉に乗っかるかのように、ラルムとアイの視線もこちらに向く。


 さて、僕の本当の心理戦はここからのようだ。

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