第31話『AIと魔法』

 京都という旅先で眠りについた僕は、ヴェルメリオ王国という旅先で目を覚ます。


 顔を洗い、ローブの裾に腕を通していると、扉が二回、コンコンと規則正しくノックされた。


「フィロス様、朝食のご用意が出来ました」


 扉越しに女性の声が聞こえる。


「はい、今出ます」


 返事を済ませ、部屋の扉をあけるとそこには、緑色の髪をポニーテールに纏め上げた女性がメイド服に身を包み、とびっきりの無表情で背筋を伸ばし立っていた。


「リザ様の専属メイドのサリアと申します。お食事処までご案内しますので」


 そう言ってサリアさんは、真っ直ぐに歩き出した。石畳の上をかつかつと規則正しく歩く彼女の足音が響く。


「えっと、朝食はどこでとるのですか?」


「広間にて、皆様とご一緒に食べていただきます」


 皆様という言葉に、一抹の不安を抱えつつも、あまりにも無表情なサリアさんにそれ以上の質問は出来なかった。



「着きました」


 その部屋は白の大理石を中心に作られており、とても広く、清潔感のある部屋だった。


 部屋の中央には、大きな長テーブルがあり、そこに並べられた椅子にはすでに、一人の男性と二人の女性が座っていた。


「ようフィロス! オヤジがどーしてもフィロスの顔を見たいって言うからよ〜」


 朝一番からとても元気な挨拶をするリザ。

 リザの父親ってことはつまり……国王⁉︎


「おはようございます。フィロスと申します。昨日からお世話になっております」


 僕は急いで挨拶をした。まさか、ヴェルメリオ王国の国王と一緒に朝食をとるなどとは、考えてもいなかった。


「そんなに構えなくても大丈夫さ。リザのお友達と聞いたよ。ノイラートでは娘がお世話になったね」


 そう言って優しい笑顔を浮かべる国王。

 最強の軍事国家と呼ばれるヴェルメリオ王国。その国王がこんなにも柔和な面持ちをしているとは正直意外だった。


「いえ、リザ王女にはいつも助けて貰っています」


「リザは中々のじゃじゃ馬だろう? ヴェルメリオ王国は代々、女性が戦事を取り仕切り、男が政治を行うからね」


 ゆっくりと、聞き取りやすい声で国王が言った。


「それは珍しい決まりごとですね」


「あぁ、特にリザは、妻の気の強さを一番強く受け継いだからね」


 リザの方に視線をやり、国王は優しく笑った。


「お父様、わたくしも挨拶よろしいですか?」


 そう言って、リザの隣に座る女性がゆっくりと立ち上がった。


「わたくしは、ヴェルメリオ王国、第二王女のルサリィ・ヴェルメリオと申します。以後お見知り置きを」


 そう言って、ドレスの裾を持ちあげ、優雅な挨拶をしてみせる、ルサリィ王女。


 すぐさま僕も立ち上がり、頭を下げた。

 それにしても、リザと姉妹とは思えない程に、動きに品があり、洗練された優雅さが漂っている。しかし、その燃えるような、美しく鮮烈な赤色の髪が、彼女達が姉妹であることを雄弁に物語っていた。


「長女は今、魔大陸の調査でヴェルメリオにはいないんだよ」


 国王が当たり前のことのように言った。


「魔大陸の調査に第一王女が向かっているのですか⁉︎」


 あのバールさんですら危険と称する魔大陸に王女自らが出向くのか。リザが一人でノイラートに来たのも、ヴェルメリオ家の教育方針なのだろうか。


「いやぁ、長女はリザよりも強いからね。そして私の妻は、その長女よりも強いんだよ……」


 国王は、形容し難い程複雑な表情で語った。 

 その横顔からは苦労がにじみ出ている。


「お父様は端的に言ってしまえば、お母様の尻に敷かれているのですわ」


 ルサリィ王女がにっこりと毒を吐いた。優雅な顔立ちに似合わず辛辣な言葉を扱うようだ。


「仕方がないじゃないか。エリスが怒るとヴェルメリオは一夜にして滅ぶぞ?」


 ここまで引きつった人の顔を僕は見たことがない。少なくとも、自身の妻を語る男の表情ではない……。


「俺も母ちゃん怒らせて死にかけたことあるからな!」


 豪快に笑いながら、思い出話を語るリザ。

 この国の王妃だけは、何があっても怒らせてはならないようだ……。


「お母様を怒らせるような迂闊なミスをしでかす二人が悪いのですわ」


 ルサリィ王女が長く巻かれた赤い髪を触りながら、ふわりと言い放つ。


「ま、まぁ、ルサリィはそこら辺上手いからな。流石は我が国が誇る優秀な精神魔法師だ」


「それは関係ありませんわ。お父様だって精神魔法師なんですから」


 言葉だけで、国王の逃げ道を塞ぐ、ルサリィ王女。


「えっと、王妃はいまどちらへ?」


 僕は国王へと助け舟を出す為、新たな話題を提供した。


「妻は今、他国へと仕事に出かけているよ」


 先程の話によれば、ヴェルメリオでは女性が戦事を任されているという事だったが……。まさか王妃自らが最前線なんてことは流石にないよな?

 いや、深く追求するのはよそう。仕事に出かけているという事実だけで充分だ。


 その後も軽い談笑を交わしながら、朝食をいただいた。


「よし! 飯も食ったことだし、そろそろ俺とフィロスは町に出かけるぜ」


 リザが勢い良く立ち上がりそう言った。


「そうか、では話の続きはまた後日にしようか」


 国王の言葉を最後に、僕とリザは食卓を後にした。



 * * *


 目的の店は、国王達が暮らす要塞から比較的、近い位置にあるらしく、僕とリザは歩いて向かうことにした。


 町行く人々は皆、リザに笑顔を向け、気さくに話しかけていた。リザは国民からとても愛されているようだ。


「すごい人気だね」


 僕がそう問いかけるとリザは笑いながらこう言った。


「俺は小さい頃から、勉強そっちのけで町に遊びに来てたから、みんなとは友達なんだよ」


 自国の民を友達と呼ぶのは、なんだかとてもリザらしく素敵な考え方に思えた。


 人通りの多い道を曲がり、狭い道へと入り込み、歩くこと数分、陽の当たらない暗がりの路地裏に目的の店は存在した。


「ここが例の発明家の店だ」


「結構奥まった場所にあるんだね」


「まあ、国に見つかったらまずい物も結構あるからな」


 国に隠すべき物を売っている店に王女が通っているという事実の方が問題な気もするが……。


「店の前で人聞きの悪い話はやめていただけるかな?」


 そう言って、迷惑そうな顔をして店先に出て来たのは、白髪頭の丸眼鏡をかけた、痩せ型の中年男性だった。


「よう、シュタイン! 元気してたか?」


「王女、少し声のボリュームを下げてください。頭に響く」


「わりぃ、今日はこいつの用事で来たんだよ」


 そう言って僕を指差すリザ。


「フィロスと申します。ノイラートでは国家魔法師兼、アンス王女の講師を務めております」


 僕は素早く自己紹介を済ませた。


「ほう、中々興味深い研究対象だ。私の名は、シュタイン・プレート。主に魔大陸の魔導具の研究をしている」


 目を怪しく光らせ、手短かに挨拶をしたシュタイン博士。


「あの、いきなりで不躾ではあるのですが、博士の持つ魔道具をお借りしたくて」


「私のことを博士と呼ぶ人は珍しい、中々見込みのある少年だ。中で話そう」


 シュタイン博士はそう言って、店の中へと戻っていった。


 僕らもその後を追って店内に入る。店内は広いつくりで出来ているにも関わらず、全体的に薄暗く、物が雑多に置かれているため、広さのわりには狭く感じた。


「相変わらず物が多い店だなー」


 リザが辺りを見渡して言った。


「店なのだから、物が多いのは当たり前だろ?」


 シュタイン博士が気だるげにこたえる。


「ほとんどが売り物じゃねーだろ?」


「まぁな。そんなことより、借りたい魔導具ってのはなんだ?」


 欠伸をしながら問いかける博士。


「えっとですね、文字を高速で書き記す魔導具があると聞いたのですが」


 僕は恐る恐る聞いた。


「ほぅ、本でも書くのかい?」


 博士が興味深げにこちらを見た。


「えぇ、教本のような物を一冊」


「内容は?」


「哲学という学問についてです」


 僕がそう言うと、爛々と目を光らせてこちらを覗き込むように見てくる博士。


「てつがく? 聞いたことがないな。大変興味深い。じゃあ、その魔導具を貸す代わりに一つ条件がある」


「なんでしょうか?」


 緊張の面持ちで問い返す僕。


「その教本が完成した際には、私にその本の複製を一冊貰えるかな?」


「複製が可能なのですか?」


 本の複製が可能ならば、哲学の普及も夢物語ではなくなる。


「あぁ、できるよ。じゃあこの条件でいいだろうか?」


 僕にとっては願ったり叶ったりの条件である。

 二つ返事で応答し、話を進めていく。

 そして、執筆に使う魔導具の前で説明を受ける。


 魔導具の全体的なフォルムは、地球のミシンに近いだろうか。針の部分に万年筆のようなペンがつけられている。そしてその本体に、いくつかの配線で繋がれたヘルメットのような物があり、それを被り、精神魔法で思考を送るようだった。そして本体はその情報をもとに高速でペンを走らせるという。


 動作チェックの為、ヘルメットを被り、試しに思考を送ってみた。

 すると、試し書きの紙に次々と文字が記されていく。


「驚いたよ。私も含め、この魔導具をここまで上手く使いこなす人は、はじめて見た」

 

 シュタイン博士が、目を見開いて言った。


 僕自身も驚愕していた。最初は随分と回りくどい操作方法だと感じていたが、慣れてくると、パソコンに文字を打つ数倍の速度で文字が書ける。思考を直接流しているからこそのスピードかも知れない。書くというよりも、描いているのだろう。思い描いて操作を行うのは何だか新感覚である。まるで、自身の身体の延長線上にも感じる。


 そうして、しばらくの間、執筆に集中していると、シュタイン博士が話かけてきた。


「集中している所すまないが、フィロス君に試して貰いたいことがある」


 僕はヘルメットを外し、博士の後に続き、店の奥の部屋へと足を踏み入れた。

 そこにはいくつもの人間サイズの人形が何体も並んでおり、部屋の暗さも相まって、非常に不気味な空間と化していた。


「あ、あの、これは?」


「見ての通り傀儡さ。僕の自慢の可愛い娘ちゃん達だ」


 恍惚とした表情で語るシュタイン博士。この人の狂気性が少しだけ見えてきたようだ。


「こいつやべーよな!」


 後から入ってきたリザが愉快そうに笑った。

 リザの言葉をもろともせず、説明を続ける博士。


「この子達は、精神魔法で動かせることが出来るのだが、一人だけ気難しい子がいてね。ひょっとすると、フィロス君なら動かせるかと思ってさ」


 そう言って、一体の人形を慎重に運んでくる博士。

 この部屋に並んでいる傀儡はどれも精巧に作られており、その完成度の高さ故にどこか不気味さをたたえているのだが、この一体は別格だろう。


 『不気味の谷』という言葉があるように、人間に近いロボットは、人間にとってひどく奇妙に感じられ、嫌悪感を抱くという現象があるが、今僕の目の前に存在するこの一体だけは、その嫌悪感を一切感じさせないのだ。なぜならば、この人形の完成度が余りにも高過ぎる為、僕には、本物の少女が只々眠りについている様にしか見えないのだ。


「この子は本当に人形なのですか?」


 正直、これ程までのクオリティは、地球の最先端の技術でも難しいだろう。


「私もいまだに信じ難いが、この子は間違いなく魔導具の傀儡さ」



 博士の説明によれば、この部屋の傀儡は全て魔大陸から探し出した物らしいが、そのどれもが発見された段階では壊れていたようで、博士の手によって修理されたようだ。

 しかし、この一体だけは、ある迷宮区の最深部で傷一つない状態で発見されたらしい。ここ数年、様々なアプローチを仕掛けたらしいが、うんともすんとも言わないようだ。

 まぁ、そんな状態を僕がどうにか出来るとは思えないが、物は試しだ。


「トレース!」


「……」


 そりゃ、そうだ。そんな簡単に動くなら、もうとっくに動いてるさ。

 とは言っても、少しは期待していたこともあり、若干の恥ずかしさは否めない……。


 試しに頬をつねってみるが、深い眠りについた人形はうんともすんともしない。


 その後、しれっと執筆活動に戻った僕は、リザの大声で作業を中断することになる。


「おい! こいつ、なんか喋ったぞ!」


 リザの大声に反応した博士と僕は、大急ぎで先程の部屋へと戻る。


「アリスコード認証。AIプログラム正常。マスターとの精神同調開始」


 先程までだんまりを決め込んでいた人形が唐突に話しはじめたのだ。

 それと同時に、激しい頭痛が僕を襲い、思わず屈み込む。


「大丈夫かフィロス!」


 リザが急いで僕に駆け寄る。


「精神同調完了。起動します」


 その言葉を合図に僕の頭痛も治まった。

 僕は頭痛が治まったことを告げ、動き出した人形の方を凝視する。


「えっと、その、君の名前は?」


 状況が飲み込めず、当たり障りのない質問をしてしまった。


「識別ナンバー102、AI搭載の戦闘用ドールです。マスターの言った意味での名前はまだありません。設定を追加しますか?」


 僕が見てきたイデアの世界には、AIを作るような高度な技術力はなかったように思える。

 アリス・ステラが生み出した文明は、地球のそれに匹敵するのだろうか。いや、魔法という要素も鑑みると、アリス・ステラの文明の方が進んでいた可能性すらある。

 そして今の会話から察するに、僕が名前を決めるのか? そんな重大なことを……。


 それからしばらくの間、沈黙が部屋を支配した。


「よし。『アイ』というのはどうだろうか?」


「なるほど、愛情の愛とAIのアイから名前をとったわけですね。とても良いと感じます」


 どうして僕の思考が⁉︎


「私とマスターの精神は常に同期しております」


 なるほど。うん、飲み込めない。


「まさか本当に起動するとは……。フィロス君、その、えーあい? と言う言葉は聞きなれないのだが、どう言う意味なんだ?」


 シュタイン博士が、驚きと好奇心を混ぜ合わせたような複雑な表情で問いかけてきた。


「自己学習能力を備えた人工知能です」


「それは最早、人と呼ぶのではないのかい?」


 人工知能を専門とする科学者や哲学者が様々な意見を交わしているが、その誰もが明確な答えを提示出来ていない分野で、僕がはっきりと言えることなどなかった。

 それに、これは只のAIではないのだ。僕という人間と精神を共有することに成功した、世界で唯一の人工知能だ。最早それが意味する所は、僕如きには想像することもかなわない。


「すみません、明確なことは一つ足りともわかりません……」


 僕の自信のない声だけが、薄暗い部屋の空気を震わせた。

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