第24話『内乱』
初期合宿最終日の早朝。僕達が朝食をとっている時に、事件は起きた。
「皆、落ち着いて聞いて欲しい」
ルナ教官の額には、大粒の汗が浮んでいる。おそらく、食堂まで、急いで来たのだろう。
「どうしたのですか、教官」
サミュエルさんが、緊張の面持ちで問いかけた。
「たった今、国王直属の魔法師から、緊急の情報が届いた。ロスメルタ、カルバン、そして王都の三ヶ所で内乱が起きたそうだ」
王都⁉︎ 宮殿付近なのか? アンス王女は大丈夫なのだろうか。
あまりに急なことで、思考が現状に追いついてこない……。
「アンス王女は大丈夫なのですか?」
一番大事な事はその一点につきる。
「まだ、そこまでの詳細な情報は入ってきていないが、アンス王女の性格ならば、国民の危機に黙っていられるかどうか……」
ルナ教官の不安は痛いほどにわかる。アンス王女の性格上、誰に止められようが、民を守る為に最前線で戦うこと位は、やりかねない。
「私達に出来ることはないのですか教官!」
愛国心が強いのだろう、サミュエルさんの語気が荒くなっているのを、僕は初めて見た。
「君達七十二期生には、王都に向かい、内乱鎮圧部隊に加わってもらう」
ルナ教官が僕達にとっての初任務を命じた。
新米の僕達を最重要の戦場に送り出す程に、緊急の事態なのだろう……。一刻も早くアンス王女の無事を確認したい所だ。
「君達七十二期生は国家魔法師の中でも間違いなく優秀な魔法師だ。それは私が保証する」
ルナ教官の激励の言葉と共に、国家魔法師の証明であるバッジが授与された。それを僕達は、胸元につける。このバッジを胸元につけるということは、心臓を国に捧げる覚悟の表れでもあるという。
「リザ・ヴェルメリオ。いや、ヴェルメリオ王国、第三王女の貴方にお話があります」
ルナ教官が、改まった様子でリザに問いかける。
僕達全員にも妙な緊張感が走る。ニックの表情など、顔面蒼白だ。恐らく彼だけは、リザが王女である事に気づいていなかったようだ。
「何だよ、ここでは、あんたが教官で、俺が部下だぜ」
リザは敬語を使うなと言っているのだろう。
「これは、我が国の国家魔法師である、リザ・ヴェルメリオに命令するのではなく、ヴェルメリオ王国、第三王女へのお願いです。他国の王女である貴方が、ノイラートの内乱鎮圧に参加したとなると、政治的な問題が生じます。なので、今回の作戦には、貴方を参加させるわけにはいきません」
ルナ教官が、キッパリと言い切った。
「おいおい、この国の法に則って資格を手に入れたんだから、そりゃないぜ」
リザが抗議する。
「その件に関しては、第三王女の意思を尊重するとの、ヴェルメリオ国王からの意思確認がはっきりと取れていました。しかし、今は緊急自体で、その確認を取る余裕がないのです」
ルナ教官の言い分はもっともだった。
「隣国の危機を救うことに何の問題がある? それに、ヴェルメリオ王国は最強の国だ。俺が多少暴れた所で、俺の国を攻めるような、バカはいないよ。それになぁ、仲間を見捨てて、のうのうと帰国するなんて恥を晒したら、ヴェルメリオの名に傷がつくぜ」
リザの目が、教官の目を真っ直ぐに射抜く。
「し、しかし……」
教官も自身の職務がある。引くわけにはいかないのだろう。
「なら、俺は、力づくでもこいつらと行くぜ?」
背中の大剣に手を添えるリザ。
「わかりました……。本気の煉獄姫を相手にする力を、この場に使っている場合ではありません。しかし、自身の命を最優先にして下さい」
ルナ教官が複雑な表情でそう言った。
その発言の後に、私クビかも……。と教官が小さな声で呟いたのは、聞かなかったことにしよう。
「よし! 決まりだな!」
正直な話、リザが一緒に来てくれるのは、頼もしい限りだ。いまだ、全力のリザの戦いを目にしてはいないが、先ほどの教官の言い分では、相当の腕前なのだろう。
「では、馬小屋に向かうぞ。作戦の細かい内容は、時間の都合上、移動しながらの説明になる」
教官の指示に従い、馬小屋を目指す僕ら。
「フィロスとラルムは馬の背に届かないぞ、どうやって乗るんだ?」
ニックが当然の疑問を口にする。
「大丈夫……」
ラルムがそう言って、フードを脱ぎ、馬の瞳を、その鮮やかな瞳で見つめた。すると、すぐに馬は脚をたたみ、ラルムが乗りやすい位置にまで屈んだのである。
「なるほど、精神魔法で意思を誘導するのか」
僕が素直に感心すると、ラルムが小さく頷いた。
ラルム程には、スムーズにいかなかったが、僕も無事、馬を手懐けることに成功した。
「よし、では、森を突っ切り、最短ルートで王都へ向かう。皆、私に続け!」
教官の号令に全員が続く。
「教官、作戦概要の説明をお願いします」
真剣な表情で、サミュエルさんが問いかけた。
「まずは、敵の説明をする。今回の内乱を起こした首謀者の名は、アルヴァロ・メラン。アスワド領の重鎮だ」
ルナ教官が、よどみなく説明をする。
「アスワドといえば、先代のノイラート国王が戦争を仕掛けて手に入れた領地ですよね?」
サミュエルさんが、全員にも聞こえるように、大きな声で言った。
「その通り。そして、アルヴァロという男は、当時のアスワド王国の政治を取り仕切っていた男だ」
ルナ教官が説明を続ける。
「なるほど、内乱を起こす動機は充分ですね。なぜそんな危険な男を野放しにしていたのですか?」
僕がそう問いかけると、苦々しい表情でルナ教官はこう言った。
「先代のノイラート王が、強行ぎみに仕掛けた戦争で手に入れた領地だったからな、そこに住む民をまとめられるのが、アルヴァロだけだったのだ」
なるほど、民の不満を減らし、内乱を防ぐ為の人選が仇になったわけだ。
「一キロ程先に、馬に乗った十人ほどの集団が見えます」
サミュエルさんの目が何者かの集団を捉えた。
「敵兵か? ラルム、サミュエルの視界に同調して確認を」
ルナ教官の指示に従い、サミュエルさんと意識の同調を行うラルム。
「敵意の色が見えた……」
「じゃあ、敵で間違いねーな。教官、切っていいか?」
戦闘許可の確認をするリザ。
「よし、戦闘態勢を整えろ!」
教官の指示で、サミュエルさんは目を凝らし、ニックは耳をすまし、リザは背中の大剣に手をかけ、僕とラルムは精神を同調させた。
「フィロス、一秒でいい、あの集団全員の動きを止められるか?」
リザが僕に問いかける。
「百メートル位まで近づけば、いけると思う」
僕一人では無理だろうが、ラルムとならば、いけるだろう。
「じゃあ、その射程距離に入った瞬間に頼むぜ!」
「何か策があるんだね?」
サミュエルさんがリザに問いかける。
「あぁ、だが討ち漏らす可能性もあるからな、その時は、残った敵兵は任せるぜ!」
男前なウィンクを決め、リザが言った。
敵兵との距離が近づき、精神魔法の射程に入った。
「よし、いくよ! トレース!」
僕とラルムの精神魔法が発動するかしないかの絶妙なタイミングで馬から飛び出したリザ。
そして、精神魔法がかかった確かな手応えを感じたと同時に、百メートル程先で、巨大な火柱が上がった。
「リザの攻撃を逃れた三人がこちらに向かってきます!」
サミュエルさんの目が敵を捉えた。
「よし、ニックは右側の敵を、サミュエルは左、私は中央の敵をやる、いくぞ!」
ルナ教官の指示で、馬から飛びおりる三人。
剣と剣とがぶつかり合い、激しい金属音が鳴り響く。流石にリザの攻撃を避けた、三人の敵兵は手練れだったが、つばぜり合いを繰り広げている隙に、僕とラルムの精神魔法が決まり、勝敗は決した。
三人の剣から滴る赤い血が、命の奪い合いをしている実感を否応なしに伝えてくる。
「すまん、三人も逃しちまった」
戻ってきたリザが僕らに頭を下げる。
「いやいや、たったの一撃で七人も倒したのだから、誇ることはあっても、謝ることではないよ」
サミュエルさんが感心した様子でリザに言った。
「それにしても、凄い火柱が上がっていたけれど、あれはリザの技なんだよね?」
確か、鞘が特殊な素材で出来ており、抜刀する時の摩擦熱で刀身に炎を纏わせるのだとか。
「まぁ、あんなでっけー火柱は、開けた場所でしか使えないから滅多に出来ねーけどな」
豪快な笑い声とともにニカッと笑顔を見せるリザ。
開けた場所とはいうが、周囲の木々ごとなぎ払ったのだから、場所をひらいて戦ったと言うべきだろう。リザが戦った周囲だけ、綺麗さっぱり、荒野と化していた。この戦いぶりが、彼女を煉獄姫と呼ばせる所以なのかも知れない。
何にせよ、今は頼もしいばかりだ。
「派手な戦闘をしてしまったからな、はやくここを離れた方が良い」
ルナ教官の一言で、再び馬に乗る僕ら。一刻も早く、アンス王女の無事を確認したい。今の僕には、その事だけしか、考えられていなかった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます