第21話『仲間』
国家魔法師の初期合宿がはじまり、二週間の時が過ぎた。この二週間で七十二期生達の距離が縮まりつつあった。
ラルムも、普段はフードで顔を隠しているが、訓練の際には、頑張ってフードを外している。
「今日は、六十九期生の国家魔法師達と合同訓練を行う」
ルナ教官の声が響く。
「先輩魔法師の方々と実戦形式の訓練を行うのですか?」
サミュエルさんが、真剣な表情で、教官に問いかけた。
「そうだ、屋外にて五対五の集団戦を行う」
ルナ教官の切れ長の瞳が鋭く光った。
「おもしれー! チームワークが試されるわけだな」
リザが自信有り気な様子で言った。
「ではまず、訓練の形式を説明する。その後三十分のミーティングの時間を設けるので、その時間で、作戦会議を行え」
ルナ教官の説明によればルールは単純だ。
場所は、訓練場のすぐ近くにある森の中で行われる。お互いのチームは、十キロ程離れた地点に旗を立て、相手側の旗を先に引き抜いた側が勝利する。しかし、こちら側は新人のみで構成されたチームなので、一時間の間、旗を守りきった場合も勝利となる。
これ以上ない位にシンプルなルールだ。
「えっと、つまりどう言うことだ?」
真剣な表情でニックが言った。
「おいおい、こんな簡単なルール、ゴブリンでもわかるぜ! しっかりしてくれよニック」
豪快に笑いながら、ド直球を投げつけるリザ。見事にデッドボールだ。
「つまり、相手のチームの旗を抜くか、自分のチームの旗を守るかすればいいんだよ」
作戦会議が進まないので、ゴブリンでもわかる簡単な説明を行う僕。
「なるほど! フィロスは天才だな!」
ニックの笑顔が僕を不安にさせる。本当に大丈夫だろうか……。
「まずは、旗を取りに行くか、守るか、どちらの方針をとるかを決めよう」
流石はサミュエルさん。大事なポイントを押さえている。七三分けは伊達ではない。
「それなら、僕に提案があるのだけれど。聞いて貰えるかな?」
僕の発言に、皆が返事をし、ラルムは静かに頷いた。
「僕達のチームには、感知能力に秀でた魔法師が三人もいる。そのことを踏まえて、今回の訓練では、守りに徹するべきだと思う」
皆が真剣な表情で聞いている。ニックが少し怪しいが。
「なるほど、私の視覚強化と、ニックの聴力強化で、不意を突かれる確率は減るし、リザさんの戦闘力とフィロス君とラルムさんのサポートで旗を守るわけだね。
サミュエルさんの丁寧な補足で、皆におおよその作戦は伝わっただろう。ニックは別として。
「あとは、ラルムの力で敵側の魔法は事前に感知出来るから、身体魔法師の三人は、僕達の指示で動いて貰う形になるけれど、それでもいいかい?」
僕がそう言うと、真っ先にリザが返事をした。
「わかった! 任せたぜフィロス!」
即断即決を信条にしているリザの返事は早い。
「俺も指示があると助かるぜ」
ニック、お前は作戦を理解していないだけだ。しかし、いい笑顔だ。
「ラルムの力は制御が難しいから、僕の精神魔法をラルムにかけて、精神を安定させながら、戦うことになると思う。僕と意識の同調が続くと思うけれど、平気かい?」
僕がラルムに問いかける。
「フィロス君なら、平気……」
大きなフードを被った頭を小さく縦に振っている。
「敵が近づいてきたら、そこからはフードを取らなければいけないけれど、大丈夫そう?」
僕の問いかけに、先ほどと同じく、小さな頷きを見せるラルムであった。
「そのかわり……」
「そのかわり、なんだい?」
「フィロス君は隣にいて……」
ラルムが自ら人に頼みごとをするのは、物凄く珍しい。僕がしっかりとサポートしなければ。
「もちろんさ。君の精神は僕がしっかり見ているよ」
「さて、作戦は決まったな! 確か相手への重傷になる攻撃は禁止だよな? なら今回もこの大剣はお預けだな」
そういって、訓練用の剣を手に取るリザ。相手の心配をする余裕があるとは、流石の一言だ。
「では、時間だ! 各チーム所定のスタート位置まで移動しろ!」
屋外でも、不思議と教官の声はよく通る。その言葉を合図に所定の位置まで行く僕ら。
遠くの空に、赤い煙が上がっている。訓練開始の合図だ。気を引き締めていこう。
「まずは、陣形の確認をしよう。サミュエルさんは、左側に見える高い木から、強化した視力で敵側の監視を、ニックは旗の近くで、敵の接近を警戒しつつ、不意打ちに備えてくれ」
僕の言葉に、サミュエルさんとニックが同時に頷く。
「俺はどこにいればいい?」
リザがこちらを向きながら言った。
「リザは、基本、敵の迎撃に専念してくれればいいけれど、僕とラルムが狙われた場合は、助けて貰えるかい?」
「仲間を守りながら戦うとか、なんか騎士っぽくてカッケーな!」
騎士という言葉に目を輝かせる十五歳の乙女。普通ならば、守られる側に憧れるのだろうが、実にリザらしく、勇敢な発想だった。
「僕とラルムは、敵に狙われない位置どりを意識しつつ、サポートにまわるよ」
僕の発言に、小さく頷くラルム。
「では、みんな、所定の位置に着こうか」
落ち着き払った声で、サミュエルさんが言った。
皆が位置に着いてから、十分程が経過した。
「五百メートルほど先に身体魔法師と思われる二人組を発見、皆んな戦闘態勢を!」
サミュエルさんが、敵側の魔法師を発見したようだ。
「トレース!」
ラルムがフードを取り、僕は彼女と意識を同調させた。
彼女の見ている世界が僕にも伝わってくる。精神魔法の訓練の際に、ラルムとの意識の同調は、数回試してはいるが、何回見ても慣れることはないのだろう。この色に溢れた世界には。まず、情報量の多さが半端ではない。視界が全て色で埋め尽くされている。
しかし、一人ではないのだ。僕とラルムの二人の脳が同時に、この色による情報を次々と処理していく。
「リザ、十五秒後に右前方から斬撃がくるよ。そして、その次の瞬間に、もう一人が上段から剣を振り下ろしてくる」
ラルムが色による情報から、敵の精神状態を割り出し、精度の高い予測を立てる。そして、その情報を僕が解析し、更に精度を高めた予測で指示を出している。僕からの指示は、肉声では敵にバレるので、精神魔法で行っている。
「この、脳みそに声が直接響く感じ、悪くねーな!」
言葉にすると、中々に怖い状況だが、愉快そうに言い放つリザ。
僕側からの指示は、精神魔法を使って伝達出来るが、リザ達からの返事は肉声で返して貰っている。今の僕には、この状況で、返事まで読み取る余裕はない。
敵が予測通りの動きを見せ、リザが斬撃をさばいた。
「左からも一人きてるぞ!」
僕とラルムの処理が終わる前に、もう一人の敵が現れたが、聴力による感知で、そこにすかさず、ニックが飛び込み、リザをカバーした。
敵側の三人が少し距離を置き、様子を見始めた。恐らくは、一回の奇襲で、旗をとれると高をくくっていたのだろう。
「みんな、残りの二人がまだどこかにいるはずだ、警戒してくれ」
僕が全員に、精神魔法を介して注意を促す。皆が深妙に頷いた直後、視界の先に、小さな光がちらついた。そして、次の瞬間に、僕の視界がブラックアウトした。完全に出し抜かれた。敵側の精神魔法師による神経操作だろう。恐らくこれは、範囲系の精神魔法だ。皆の視界も奪われているはず。
視界が回復した頃には、僕達の旗は引き抜かれているだろう……。そんな思いを胸に目蓋を開く。
しかし、そこには、驚くべき光景が広がっていた。
ニックが一人、旗を守りながら、奮闘していた。
なるほど、ニックの耳ならば、視界を奪われていても、上手く動けたわけか。それにしても、一瞬とはいえ、三人もの相手から旗を守ったニックの身体魔法は大したものだ。聴力の強化以外にも、平均的な強化に優れているのかも知れない。
「でかした、ニック!」
リザがニックの加勢に加わる。リザの剣が、敵を旗から遠ざける。
そして、視界の回復したサミュエルさんは、敵側の精神魔法師に接近し、剣の腹で相手の意識を奪った。
よし、これで五対四だ。あと一人はどこに隠れているのだろう。
そう思った矢先に、サミュエルさんの死角から、最後の一人が現れた。
しかし、僕が注意を呼びかける前に、死角からの刺客は意識を失った。
サミュエルさんが、振り返ることもせず相手の頭を鋭い裏拳で叩いたのだ。完璧なタイミングだった。まるで見えていたかのように。いや見えていたのだろう。彼の得意魔法は視覚に関するものだ。視野の拡張もその範疇なのだろう。
そこからの勝負は鮮やかだった。僕とラルムのサポートを得た三人が、有利な条件で戦い、あっと言う間に、残りの敵を倒した。
「まさか、旗を守るどころか、敵を全滅させて勝てるなんてな!」
今日の一番の功労者である、ニックが楽しげに言った。
「視界を奪われた時は流石に諦めたよ」
僕がそう言うと、ニックは照れ臭そうに笑いながらこう言った。
「前が暗くなって、ややこしいこと考えずにすんだんだよなー」
実にニックらしい発言だ。
「お前、本能で生きてるんだな!」
リザが楽しそうに言う。
「ニ、ニック君も、やればできるんだね……」
凄く控えめに、凄く失礼なことを言うラルム。
「ま、まーな! 任せとけ!」
照れながらも、誇らしげな顔をするニック。本人が喜んでいるなら、それが一番だ。
そんなやり取りを、サミュエルさんが優しい笑顔で見守っている。
これが吊り橋効果ってやつだろうか。危機的状況をチームワークで乗り越えた。僕らの関係は、昨日までとは大きく違うものになっていた。
こんなにも心地よい一体感があるのだから、今は何だって良いはずだ。
日本で生活をおくる上で、僕には、親しい友人や尊敬している人達はいるけれど、『仲間』と呼べるような関係性の相手はいない。僕にとって『仲間』という言葉は、どこかフィクション染みていて、違う世界の言葉のように感じるのだ。
だがしかし、僕には今日、『仲間』が出来た。文字通り、違う世界においてだ。
この実感は作り物などではない。
この胸の高鳴りと、優しい空気がその証明だ。
何一つ、論理的な理屈では証明出来ていないのだが、それ故に、確かな一体感が、そこには流れていた。
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