第18話『最終試験』

 国家魔法師認定試験も、いよいよ、今日が最終試験だ。最終試験の内容は、個別の面接のようだ。一次の段階でも、軽い性格診断は行われたのだが、最終試験では、国家魔法師に必要な人格が問われるようだ。


「私の名前は、エオン・アルジャン、君の最終試験を担当する者だ」


 プラチナブロンドの長い髪が印象的な、とても美しい女性だった。


「フィ、フィロスです。よろしくお願いします」


 最終試験ということもあり、緊張を隠しきれない様子で、挨拶をする僕。いや、最終試験という理由よりも、目の前に座る人物の造形が、あまりにも美し過ぎるのだ。緊張感すら生み出す美とは、もはや恐ろしい。


「緊張しなくて大丈夫だよ、今日の試験はあくまで、楽しくお話をするだけさ。ほら、リラックスして、もっと可愛らしい顔を私に見せておくれ」


 緊張を和らげるために、とても柔らかな笑みでこちらを見てくれている。


「ありがとうございます、エオン試験官」


「エオンでいいよ」


「では、エオンさんと呼ばせて下さい」


 僕が返事をすると、優しい微笑をたたえ、会話をはじめるエオンさん。


「フィロス君のプロフィールには、ノイラート王の宮殿にて勤務となっているけれど、その若さで何をしているのかな?」


 エオンさんが穏やかに問いかける。


「アンス王女に哲学という学問を教えています」


 僕はありのままの現状を話した。


「なるほど、先生というわけだね。ところで哲学って言葉は、はじめて聞いたのだけれど、どんな学問なんだい?」


 エオンさんが、その美しい瞳で、こちらを覗き込むように見てくる。正直、気恥ずかしさを隠せない……。


「えっとですね、一言ではお答え出来ませんが、哲学とは、知を愛する者達が、己の人生全てをかけ、世界の根源や原理を理性によって求める学問です」


 アンス王女とはじめて出会ったあの日を思い出しながら、同じ説明をする僕。


「それはなんだか、恐ろしくも感じるね」


 あの時と同じ説明をしたのだけれど、アンス王女とは真逆の反応を示す、エオンさん。


「恐ろしいというと?」


 今の説明に何か恐ろしさを匂わす点があっただろうか……。


「いや、もちろん、とても興味深い話だが、君のいう、世界の根源や原理が、必ずしも私達にとって優しいものであるとは限らないだろ? それがもし、知ってしまうだけで、私達を否応なしに変えてしまうものだとすれば、危険と言わざるを得ないだろ?」


 ……。何か違和感を感じる。なんだろうか。エオンさんの言い分は、とても興味深いものであることは確かなのだが。


「なるほど。確かに、結果的に知らなかった方が良かったことというのは、往々にしてありますからね。しかし、知らないことを知ろうとする知識欲が人間の根源にはあります。そして、その知識欲が、人間の歴史を刻んできたとも言えます」


 僕がそう答えると、エオンさんが、心なしか、悲しそうな目をしてこう言った。


「希望が一片も残されていない真実を知ってからでも、今と同じことが言えるかい?」


 先ほどまでの美しい笑顔はもう、そこには無かった……。


「……」


 急な雰囲気の変わりように、思わず沈黙してしまった。


「ごめん、ごめん、なんだか暗くなってしまったね。仕切り直しに話を変えよう。フィロス君の好きなタイプを教えてくれ」


 そう言った、エオンさんの顔には、最初の笑顔が戻ってきていた。


「えっと、それは、試験に関係があるのでしょうか?」


「あるに決まっているよ。これは、人格をチェックする場なのだから、好きなタイプに変な傾向がないかを確認するのさ」


 真面目な表情で、スラスラと語るエオンさん。


「そう言うことなら……。えっと、しいて、言えば、髪が長くて、足の綺麗な、料理が上手で、心優しい女性がタイプですかね。あとは、掃除も出来るとありがたいですね。それに、お金の管理は出来ないとダメです。経済観念は大事ですから。あとは、読書家だと嬉しいです。趣味は共有出来るといいですし」


 僕のタイプはこのくらいだろう。慎まし過ぎただろうか?


と言う前置きの割には、具体的なことを言うのだね。しかも、十歳とは思えないほどしっかりとした理想を持っているようだ。フィロス君が少し怖くなったよ……」


 試験だというから、あまりにも真剣に考え過ぎ、十歳らしからぬ部分を出してしまったようだ。これでも、出来るだけしぼったのだが……。


「す、すみません、忘れてください!」


 僕があわてて返事をすると、笑いながらエオンさんがこう言った。


「大丈夫だよ、しっかりと自分の考えを持つことは、魔法師において重要な才能の一つさ。それに、私は髪も長くて、足もそれなりだし、料理も掃除も出来るよ?」


 そう言って、ウィンクを決めるエオンさん。その姿が、あまりにも様になっていて、意識が持っていかれそうだ。


「えっと、その、あぅ」


 僕が困る姿を楽しそうに見ているエオンさん。


「いい反応だね。じゃあ、これで試験は終了です。来週から一カ月間、初期合宿があるから、ちゃんと参加してね」


「え、もう終わりですか? というか、合宿に参加出来るということは、合格ってことでいいのですか?」


 いきなりの展開に戸惑う僕。なんだか今日は、ハラハラしてばかりだ。


「もちろん、合格だよ。これだけしっかりしていれば、いくら若くとも問題ないよ。最年少国家魔法師の誕生だね。おめでとう!」


 今日一番の笑顔で合格を告げるエオンさん。


「あ、ありがとうございます!」


「じゃあ、最後に」


 そう言って、エオンさんは、僕の額に、唇をあてた。


 こうして、僕の最終試験は、無事? 終了したのである。



 試験を終え、部屋のドアを開けて廊下に出ると、ちょうど隣の部屋からリザが出てくる所だった。


「フィロス! 来週から合宿だな!」


 互いの合否を確認していないのに、リザにとっては最初から二人の合格は絶対だったのだろうか。


「相変わらず、リザは凄いね。僕はまだ合格したとは言っていないよ?」


「そんなもん、聞かなくてもわかるぜ! だってフィロスのデコにくっきりとキスマークがあるからよ」


 そう言って、豪快に笑うリザであった。

 ローブの袖で額を拭うと、赤い口紅がくっきりと移った。帰ったらまず、洗濯しなくては……。


「えっと、ひとまずは、二人ともが無事合格出来て良かった」


「そうだな! それにしても、額にキスする試験官ってどんな人だったんだ?」


 リザが笑いながら聞いてきた。


「えっと、エオン・アルジャンっていう綺麗な方だったよ」


 僕がそう言うと、リザの瞳が輝きはじめた。


「エオン・アルジャンっていったら、王国最強の騎士じゃねーか! いや、人類最強の男とも言われているぜ!」


 ん? 何かが引っかかった。男?


「王国最強の女性騎士なの?」


 聞き間違いだよね? 


「おいおい、エオンが男なんて、誰でも知ってる話だぞ? 確かにすげぇ綺麗で、女装趣味もあるが、正真正銘の男だぜ?」


「え? 僕、帰り際に、額にキスされたんだけど……」


「エオンは男でも女でも、可愛ければいいって人だからな。よその国からきた俺でも知ってる有名な話だぜ。エオンの活躍は絵本にもなってるからな!」


 そんな凄い人が、女装趣味なのか。いやぁ哲学的だな。


 哲学という言葉で、理解しきれない現状から目を背ける僕であった。



 激しい動揺の所為か、それから宮殿まで、どのようにして帰ったかは、定かではないが、宮殿についたらすぐにアンス王女が出迎えてくださり、袖の口紅の跡について、一時間近くの尋問を受けた。その後、この口紅は男のものだと説明すると、二時間以上、心配されたのである。

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