第15話『国家魔法師認定試験・一次試験』
はじめての迷宮区探索から、数週間がたった。魔法学に関する座学はもちろん、バールさんとの実戦形式の訓練も毎日行ってきた。
そして、今日は、国家魔法師認定試験の、一次試験の日を迎えていた。
一次試験の内容は、魔法学に関する知識を試す複数の筆記試験と、いくつかの知識の実践だ。
そして現在は、精神魔法の応用に関する筆記試験の最中だ。
いずれの問題も、学習した箇所がしっかりと出ている。分からなかった問題は二問だけだ。筆記の合格ラインである、八割以上の点数は硬いだろう。
「そこまで! これで、筆記試験は全て終了とする! 次は実技試験を行うが、一旦休憩を挟む。休憩スペースは二階にあるので、各自、自由に過ごしてくれ」
前髪を眉の上で切り揃えてある、厳格そうな女性試験官が、筆記試験の終わりを告げた。
さて、休憩時間になったが、どうしたものか。国家魔法師の試験には、国家魔法師の付き添いは禁止とされているので、今日は、アンス王女もバールさんもいないのだ。
「おい! そこのおチビさん、一人なら一緒に飯でもどうだい?」
威勢の良い声が、僕の背中めがけて突き刺さる。その声に、思わず振り返ると、そこには、燃えるような赤い髪を背中にまで流した、少女がいた。
「えーっと、おチビさんってのは、僕のことですか?」
相手の勢いに戸惑いながらも、念のために確認をしておく。
「そうそう! お前いくつだ? やけに小さいな!」
随分と失礼なことを、堂々と言う人だな……。まぁ、確かに、この体はかなり小さいけれど。
それにしてもこの少女、細い身体には不釣り合いな、異様に大きな大剣を背負っている。身体魔法師で間違いないだろう。磨き抜かれた銀色の鞘が光を反射して、綺麗に光っている。
「僕はフィロスといいます。年齢は十歳です」
僕が自己紹介をすると、赤髪の少女は興味深くこちらを見てきた。
「十歳って、すげーな! それに、白銀の髪ってのも珍しい。おまけに、そんな歳で国家魔法師を目指してるのか! 合格したら、アンス王女の持つ最年少記録を塗り替えることになるな」
無邪気な瞳で笑いながら、赤髪の少女は立て続けに言った。
この世界でも、白銀の髪は珍しいのか。赤色も十分に珍しい気がするが……。
「合格出来ればいいのですが」
そんな弱気な僕の発言に、力強く、彼女は答えた。
「合格出来るよう、一緒に頑張ろうぜ! 俺の名前は『リザ・ヴェルメリオ』、リザって呼んでくれ! 歳は十五だ!」
十五歳の少女とは思えないほど、勇ましい自己紹介だった。
「では、リザさんと呼ばせて貰いますね」
僕がそう言うと、すぐさま返事が返ってきた。
「だめだ! 俺もお前をフィロスと呼ぶ、だからフィロスも、俺をリザと呼べ、あと、敬語もいらねー、それがダチだろ?」
八重歯を覗かせる、いい笑顔で、彼女は言った。
いきなりの距離感に戸惑いつつも、悪い人ではないようなので、昼を一緒に過ごすのも楽しいかも知れない。
「わかったよ、リザ、よろしくね」
「おう! よろしくな!」
思えば、こちらの世界に来てからは、敬語しか使っていなかったように思える。まぁ、十歳の姿なので、出会う人のほとんどが歳上ということも理由の一つだが。
「よし、じゃあ、食堂に行こうぜ!」
リザのその一言で、食堂に向うことにした。
「おばちゃん! ダールラパン頂戴!」
リザが勢いよく注文したので、とりあえず僕も、同じものを注文した。
「うん、美味しい、リザと同じにして良かったよ」
素直な感想が口を出た。ダールラパンとは、豆と肉を一緒に煮込んだスープのようだ。野性味の中にも、どこか優しさを感じる味だ。
「だろ? ゴブリンがこんなに美味いなんて、見た目からじゃ想像つかねーよな」
ん? 聞き間違えかな?
ありえない四文字が聞こえたぞ?
「な、なんて?」
「いや、だからさ、ゴブリンがこんなに美味いなんてな」
「……」
嘘だろ? そんな馬鹿な……。
こんなに優しい口当たりの肉がゴブリンなはずがない。
「迷宮区とかには、ゴブリンの死体がゴロゴロしてるからな、そういった魔物の死体を回収する仕事もある位だ」
リザの言葉にカルチャーショックを隠せない僕である。いや、文化の違いどころか、世界の違いなのだから、ワールドショックと言うべきか。なんだか、そう言うと、世界の危機のように感じる。
「あ、あの、体に害は無いよね?」
恐る恐る、安全面の確認をする。
「ねーよ、むしろ、ゴブリンの肉は体に良いんだぜ! 滋養強壮に抜群だ! 戦う前には持ってこいなんだよ」
「な、なるほど」
言われてみれば、体がポカポカする気がする。
考え方を変えれば、僕が倒した、ゴブリン達も、こうして食卓に並ぶのであれば、命は循環しているとも言える、はず……。
「なに、難しい顔してんだよ! 美味いものは美味い。それでいいじゃねーか!」
リザは豪快に笑いながらもそう言った。
確かに、そういうものなのかも知れない。
僕にも、この位の度量の深さが必要なのだろう。
「よし! 飯も食ったし、お互い次の会場へ行こうぜ。俺は身体魔法師だから、外での試験らしい、フィロスはどっちだ?」
「僕は精神魔法師だから、中みたい」
「そっか、じゃあ、次会う時は二次試験だな!」
赤い髪をかき上げながら、自信満々に言い切るリザ。
「そうだね、お互いベストを尽くそう」
僕がそう言うと、満足した笑顔で頷き、リザは外へと向かった。
リザと別れて十分が経過した。
「受験番号、五十二番、フィロスさん。準備が出来ましたので、三番の部屋へどうぞ」
精神魔法師の実技試験は個室で行うようだ。
静かに扉を開け、中に入ると、そこには、筆記試験の際にも試験官をしていた、前髪を眉の上で切り揃えている、厳格そうな女性がいた。
「試験官を務める、ルナ・アスールだ。よろしく」
女性にしては低い声で、滑舌もはっきりとしており、とても聞き取りやすい声だった。
「精神魔法師のフィロスです。よろしくお願いします」
「よろしい。では早速、試験をはじめる」
そう言って彼女は、小さな箱を五つ取り出した。
「この五つの箱にはそれぞれ、数字の書かれた紙か、丸、三角、四角のいずれかが書かれた紙が一枚ずつ入っている。君には、精神魔法を使い、私の考えを読み取って答えてもらう」
なるほど、それならバールさんとの訓練でやったことがある、やり方はわかるぞ。
集中しろ、意識を同調する。表層を救い上げるイメージ。
「トレース」
「では、答えてもらおうか」
この時の僕には、答えが手に取るようにわかった。
「左から順に、緑の三角、赤の八、青の四角、黄色の丸、ピンクの七です」
以前のバールさんとの訓練の時よりも、はっきりとした情報が共有出来た。これが訓練の成果だろうか。読み取る力が格段に上がっている気がする。
「なるほど、色まで見抜いたやつは、久々にみたよ。文句無しの合格だ! 二次試験も楽しみにしているよ」
「ありがとうございます。ベストを尽くせるよう頑張ります」
「二次試験は来週だ。では、またな」
ルナ・アスール試験官の言葉を最後に、僕の一次試験は無事終了した。
* * *
試験が終わり宮殿に帰ると、アンス王女とバールさんが、待っていてくれた。
「ねぇ、フィロス、一次試験はどうだった?」
アンス王女が心配そうに聞いてくる。
「えぇ、残念ですが……」
僕がそう答えるとアンス王女は顔を曇らせ、うつむいてしまった。
「そ、そうなの、でもまた来年があるじゃない!」
少しでも励ますために、明るく振る舞おうとする王女。
「嘘です、すみません、一次試験は通過しました」
僕が真顔でそう答えると、アンス王女の顔がみるみる内に赤く染まっていく。
「な、なによ! わかってたわよ! フィロスが一次試験なんかで落ちるわけないでしょ!」
「先ほどまで、勉強が全く手につかない程に、オロオロしていたのは、どこの王女だったかのぅ?」
バールさんが茶々を入れる。
「ちょっとバール! 余計なことは言わないで!」
真っ赤な顔が更に赤くなる。
そう言えば、赤と言えば……。
「今日、試験会場で新しい友人が出来ました」
僕が何気なく今日のことを話すと、アンス王女がものすごい勢いで質問をしてきた。
「なんて名前のやつよ?」
「えーっと、リザ…… ヴェルメリオって方です」
リザという名前はすぐに出てきたが、ヴェルメリオを思い出すのに、少し時間が空いた。
「ヴェルメリオじゃと? フィロス君、その人の髪の色は何色じゃったか覚えておるか?」
バールさんがここまで驚くのは珍しい。
「燃えるような鮮やかな赤でした。それに、随分と大きな大剣を背負っていました」
僕がそう答えると、アンス王女とバールさんが、真剣な表情で話はじめた。
「ヴェルメリオを名乗り、髪が赤となれば、間違いなく、あのヴェルメリオ家じゃの」
真剣な表情でバールさんが言った。
「有名な方なんですか?」
僕の印象では、人好きのする、気さくな女の子だったが。
「最強の軍事国家、ヴェルメリオ王国の王女よ」
アンス王女が複雑な表情を浮かべて言った。
「え! リザが王女!」
驚愕のあまり、つい声を荒げてしまった。
「えぇ、恐らくは、第三王女の煉獄姫ね。名前に聞き覚えがあるわ。なぜ、うちの国の魔法師試験を受けるのかしら……。それとフィロス、
それから三時間程、リザを呼び捨てにしている件に関して、アンス王女から取り調べを受けることになった……。
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