第14話『菜食主義と命について』
菜食主義とは、健康面での問題や、道徳や宗教といった、自身の考え方によって動物性の肉などを食べず、植物性の食品により、食生活を行うことである。ベジタリアンと言った方が馴染み深いかも知れない。
今日はゼミの時間に、菜食主義者について、賛成派と反対派にわかれて討論をした。
「今日のゼミのディベートは、菜食主義について行ったけれど、哲也はどう思ったかしら?」
現在の僕は、大学の帰り道にある喫茶店で、理沙とコーヒーを飲みながら、今日のゼミの内容について振り返っているところだ。
「まぁ、僕は一応、くじ引きで反対派についたわけだけれど、正直なところ、どちらでも良かったよ」
この件に関しての僕のスタンスは、正解などないという考え方だ。
「どちらでも良いって思っているやつに、私達賛成派は負けたのね、なんだか腹が立つわね」
そういって、アイスコーヒーのストローの先を噛みしめる理沙。
「菜食主義者の言い分としては、まず、動物を殺すことへの罪の意識みたいなことを主張することがあるよね?」
僕が理沙に問いかける。
「えぇ、今日のディベートでも最初に出たわね」
相づちを打ちながらも、視線で会話の先を促してくる理沙。
「その言い分に対しての否定派の反論が、植物だって生きているのに、命の差別をするのかって意見だったね」
今のところは、今日のディベートの流れをおさらいしているだけの会話だ。
「そうね。そして、その反論に対しての菜食主義者側の言い分は、食べるのが可哀想である生物とそうではない生物は理論ではなく、感情で決めている、という発言もあったわね」
くじ引きで決まった結果とはいえ、菜食主義者側についた理沙は、自分の嫌いな感情論に頼らなくてはならなかったのが、さぞ悔しかったのだろう。唇を噛みしめながら討論にのぞんでいた彼女の姿が、とても印象的だった。
「他にも、菜食主義側からは、植物には意識や痛覚がないから、殺しても問題ないという発言もあったね」
「えぇ、それに対しての哲也の意見が、そもそも、野菜などの植物を育てる過程で、虫から野菜を守るために、人間は虫などを多く殺している。つまり、植物だって、多くの命のもとに出来上がっている、という主張で、今日のディベートは終わったわね」
アイスコーヒーの氷をストローで回しながら、ディベートの流れを思い出す理沙。
「つきつめると、菜食主義者の言い分は、動物を食べるよりかは植物を食べた方が残酷性が低いと言っているね。逆に批判する側は、それによって生じる、命への差別の方が問題だと言っているわけだ」
「まとめるとそんな感じかしらね」
艶のある綺麗な黒髪を耳にかけ、返事をする理沙。
「僕は、それって結局は個人の好みな気がするんだよね?」
「だから、好きにすればってこと?」
釈然としない顔でこちらを見つめる理沙。
「宗教の違いと同じで、この問題に関しては、自分の信じたい考え方を選び、好きに生きることの方が重要な気がするよ。野菜ばっかり食べたからって、他人に迷惑はかからないしね」
「それを言ったら元も子もないけれど、そもそもこの問題自体が元から、元も子もないような問題なのかも知れないわね?」
僕の言いたかったニュアンスをなんとなく汲み取ってくれたようだ。
「そもそも、問題にすることが問題な気がするよ」
「なんだか、哲也らしい言い分ね」
納得したかは別として、ぼんやりとした意識の共有が出来たようだ。その証拠に、理沙は控えめに笑ってくれている。
ここらのタイミングで、僕が本当に聞きたかったことを聞こう。
「話は変わるのだけれど、もし動物を食べる為ではなく、命を奪うための方法を経験する為に殺生を行うのであれば、それは罪なんだろうか?」
僕が今まさに、気がかりなことを、率直に理沙に聞いてみた。救いを求めたともいえる。
「それが、生きる為に必要、もしくは出来た方が都合良く生きられる世の中なら、その行いに、何かしらの意味はあると思う。例えば戦争とかが良い例かしら?」
険しい顔つきで、問いに答える理沙。
「それは、無意味な殺生ではないと?」
僕が懇願の意味も込めて理沙に問いかける。
「えぇ、それが、自身に必要なことならね」
必要か不必要かで意味を決める理沙の姿は、どこまでも結果主義のリアリストで、一本の芯が真っ直ぐに通った強さを持っているように感じた。
魔物とはいえ、生物の命を糧に、自身の魔法を成長させている僕には、このような割り切る姿勢が必要なのかも知れない。
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