第8話『人工知能と哲学』

 現代の人工知能(AI)の起源は、人間の思考過程を記号として表そうとした哲学者から考えられた。その後1940年代に、プログラムが可能なデジタルコンピューターが開発され、そこから、科学者達がAIの持つ可能性について、真剣に向き合い討論するようになった。

 

 現在でも、AI哲学者と呼ばれる哲学者がいる程に、人工知能と哲学は深い関係にある。

 


「哲也は今日の人工知能についての講義はどう思った?」


 現在、僕と理沙は『人工知能と哲学』という講義を受け終え、大学のラウンジで会話を交わしている。


「人工知能はいつ人間を抜き去るかってのが今日の話の中心だったね。人間とAIのどの部分を比較するかにもよるし、定義が曖昧な気もしたね。少なくとも、機械的な演算能力に関してはすでに人間がボロ負けしているしね」


「まぁ、確かに計算で機械と勝負しようなんて時代は終わったわね。でも、人工知能にはまだ、人間が持っているような、自ら学んだり、計画を立てたりするような、強力なクロスドメイン能力はないわよね?」


 理沙はアゴに手をやり、深く思案している。考える姿がとても絵になっている。


「もちろん、全くないわけではないけど、複数の場所から関連性のある情報を臨機応変に引っ張ってくる力はまだ、人間の方が上だろうね。時間の問題な気もするけれど」


「情報を選択する微妙なさじ加減も、いずれは習得するのかしら?」


 購買で買ったコーヒーを片手に、首をかしげる理沙。


「それどころか僕は、AIにもいずれ、『心』と呼ばれているものがやどると思うよ」


「やどるって言い方は、なんだかオカルトチックで気に入らないわね……」

 

 露骨に嫌そうな表情を見せてくる理沙。


「ニュアンスの問題だろ? じゃあ、言い方を変えるよ。AIは心と呼ばれている仕組みを学習すると思う」


「心を学習? 電気回路の集合体にそれが可能かしら?」


 訝し気な表情で問い返してくる理沙。


「そうはいってもね、パソコンを分解するのと同じように人間を解剖してみたって、心というパーツは見つからないし、人間だって、ただの物質の集合体さ。しかも、電気信号で動くところなんてそっくりじゃないか」


「でも、感情は別な気がするわ。機械に痛みや不安を感じることは出来ないでしょ?」


 僕の目を覗き込むようにして問い返す理沙。彼女の綺麗な瞳に一瞬気をとられたが、すぐに話題に戻る僕。


「そりゃ、人工知能には、転んで膝を擦りむくような機能はないし、テスト前日の得体の知れない不安感もないだろうね?」


「そう言うことも含めて感情じゃない?」


 切れ長な彼女の双眸が僕を真っ直ぐ見つめている。


「今、理沙が持っているコーヒーは何色に見える?」


「黒だけど?」

 

 それが何? という圧力を感じる。


「まず、君の右手にはコーヒーがあって、それが電磁波を反射して、網膜に変化をもたらし、それが神経を伝わって、脳が最後に処理を済ませて、はじめてコーヒーの色が黒だとわかるわけだ。これは痛みのプロセスでも同じで、人は最後に脳を通して、色や味や痛みを感じるわけだよね」


「そうなるわね」


 理沙は、コーヒーの水面を見つめながら、静かに考えている。


「つまり、脳が最終的な処理を行うのであれば、脳と同じ働きを持つ代替品を作り出せば人工知能にも、感情を付与出来るんじゃないのかな?」


「まぁ、その代替品が人間の脳以外の物で作れるかはさて置き、面白い考えね」


「デカルトなんて十七世紀初めの時点で、動物の身体はただの複雑な機械って言ってるくらいだからね」


「哲也は本当にデカルトが好きね」


 そう言って、くすっと理沙が笑った。楽しそうな雰囲気が伝わってくる。


「彼の考えは現代だと否定されがちなことが多いけれど、突飛な発想は興味深いし、ロマンがあるじゃないか?」


「私の哲学には反するけれどね」


 きっぱりと言い切る理沙。


「理沙の場合は、自身の美学とかプライドに反するんじゃない?」


「それも含めての哲学だと思っているわ」


「確かにそうかもね」


 僕の場合は、美学を気にしていられる段階はとうに過ぎてしまった。今の僕にとってはある意味、現時点での科学や哲学で否定されがちなことを考えていき、一つ一つ検証する必要がある。


 何せ、僕自身が現在の常識を根本から覆すような存在なのだから。

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