第4話『魔法の適性』

 魔法という概念が、僕の哲学の捉え方にどの様な影響を与えるのか、この変化が純粋に楽しみでもあり、純粋に怖ろしくもある。


 哲学が誕生した瞬間からみても、こんな状況に立たされているのは僕だけだろう。歴史上初と考えると、感慨深い。



「バールさんはなぜ、僕に魔法が使えることがわかるのですか?」


 純粋な疑問が口をついて出た。


「それは、ワシの得意とする魔法が相手の意思や考えの表層、魔法の適正などを見抜く精神魔法だからじゃよ」


 しれっと凄いことを言っている気がする……


「精神魔法は相手の意思を誘導するものじゃないんですか?」


「仕組みとしては大して変わらんよ。相手の神経の電子的な信号に干渉し、その際に得た情報を誘導するのではなく、単に情報としてすくい上げて読み取るという感じかの」


 バールさんがひょうひょうと答えた。


「簡単そうに言ってるけど、それが出来る精神魔法師は国中探しても、ほんの一握りよ」


 バールさんのことなのに、なぜか得意げな顔をするアンス王女。


「なるほど、では、バールさんはすでに僕の神経に干渉し、僕の特性を読みとったということですか?」


 何かされたという感覚はなかったのだが。


「会話の間に、何度か読み取ろうと試みたのじゃが、フィロス君の精神状況が複雑過ぎてのう、魔法への適正があることはわかったのじゃが、それ以上を調べるとなると、フィロス君自らの協力が必要なのじゃが、頼めるかの?」


「はい、もちろんです」


 神経に干渉されるという得体の知れない恐怖を感じるが、魔法への好奇心には抗えなかった。


「では、いくつかの質問に答えてもらおうかのぅ」


 バールさんはそう言って、いくつかの質問を投げかけてきた。質問の内容は多岐に渡っていたが、自分自身についての質問が多く、その内容は自分のことが好きか嫌いかなどの簡単な質問もあれば、否定的な感情や思考が生じた際にも物事に集中することが出来るか、などという、少々考えさせられる内容のものもあった。全体的な傾向としては、心理学における精神分析のための心理検査のような質問が多かった。魔法学というのは、本当に様々な学問の要素を含んでいるのだなと、感心せざるを得ない。


「質問は以上じゃ」


 僕への質問が終わり、満足気な表情を見せるバールさん。


「いよいよ、精神魔法の出番ですか?」


 期待混じりに僕が言うと、意外な答えが返ってきた。


「いや、それはもう終わっているのじゃ」


「すでに精神魔法が僕に使われているということですか?」


 干渉された感覚などは一切なかったのだが……。


「その通りじゃ」


「そんな素振りは見られませんでしたが?」


 僕には、バールさんが質問を繰り返していただけのように見えたのだが。


「対話がまさにそれだったのじゃ」

 

 説明することが楽しいのか、バールさんは終始笑顔だ。


「どういうことでしょうか?」


「確かに、魔法師によっては、魔法陣や、魔法に関する術式を述べて、自身や相手に暗示をかけ、魔法がもたらす結果を強固なものにする者もおるが、ワシにとっては、魔法陣やら術式などの触媒のようなものが、対話にあたるのじゃよ。そしてそれらの魔法の効果を上昇させる触媒や環境、それに精神状態などは魔法師それぞれによって異なるのじゃ」


「なるほど、すでに僕の精神は丸裸というわけですね?」


 どこまでの情報が読みとられたのだろうか。なんだか気恥ずかしくもある。


「いやいや、先ほども言ったが、フィロス君の精神は中々に複雑での、精神魔法には強い耐性を持つようじゃ、ワシ程度の力では、使える魔法の傾向くらいしかわからんかったわい」


「バールでも、それしかわからないならしょうがないわね」


 なんだかんだといいつつも、アンス王女がバールさんを尊敬しているのが伝わってくる。


「では、僕の扱える魔法とは一体どちらなのですか?」


 身体魔法か精神魔法。そのどちらにせよ、僕にとっては未知の世界だ。好奇心が無限に溢れてくるようだった。


「フィロス君の魔法適性は精神魔法じゃ。ワシと同じじゃのぅ」


「フィロスまで精神魔法なのね……」


 心なしか、寂しそうな顔をみせる王女。


「残念でしたのぅ」


 バールさんがアンス王女を煽る。


「うるさいわね!」

 

 アンス王女は顔を赤くするのが特技のようだ。


「あの、僕には魔法によってどの程度のことが行えるのでしょうか?」


 自分の力はどの程度のものなのか?


「それは、ワシにもわからん。これからの魔法学への研究量にもよるじゃろうし、試してみて気づくことばかりじゃろう。早速ワシに試してみるかの?」


「いいのですか?」


「もちろんじゃとも、まずは、簡単な所からいくかの」


「はい、お願いします」


「今からワシが1から10の数字を頭に思い描くので、フィロス君にはそれを当てて欲しい」


 難しいことを簡単に言われた気がする……


「先ほど、表層を読み取るのは難しいとアンス王女が言っていましたが?」


「相手の考えをよむといっても、数字のように具体的な答えが決まっているものは、とても読みやすいのじゃ」


「なるほど、では、どのようにすれば?」


「まずは、相手の中に自分がいるイメージを作るのじゃ。そしてそこから、いくつかの対話を通して、相手の思考に同調するのじゃ」


「相手の中に自分がいるイメージか……」


 僕の場合は、2つの肉体を普段から行き来しているからな、そのイメージの延長線上で、別の身体に自分をうつすイメージを作ろう。


 そのイメージが出来た途端、ある数字がくっきりと見えた。いや、見えるという言葉が適切なのかはわからない。視覚から捉えている情報としてではなく、なんと表現すればよいのか見当もつかないが『みえる』のだ。


 未知の感覚器官でも作られたと言えばよいのか、その新たな感覚器官がはっきりと僕に伝えてくるのだ。


「5と7ですね」


「ほぅ、これは驚きじゃの! 対話を重ねずに読み取ったことも凄いが、数字を両方とも当てるとは。普通は説明もなしにこれをすると、勝手に数字は一つだと思い込み、片方の数字のみしか当てられないものなのじゃ」


 バールさんが思わぬ成果に、興奮気味に語った。


「なるほど、何となくですが、感覚みたいな物をつかみました。いや、感覚をつかんだというよりも、今まで隠れていた感覚器官を見つけたようなイメージです」


「ほぅ、一度の体験で、そこまでのイメージが確立するのは驚くべきことじゃ。では、今日の最後にもう一度何を思っているか当ててみてくれんか」


 先ほどのイメージを辿るようにして意識を同調させた。


「あの、あれ? 三角形が見えるのですが……」


「完璧じゃよ、ワシは今、三角形を思い描いていたのじゃ。数字までの具体的なものがよみとれるのはわかったからのぅ、図形レベルならばどうかなと思ったのじゃ」


 魔法を教えるのが楽しいのだろう。少年のような笑顔でバールさんは笑っていた。


「魔法という言葉に少し実感が持てました」


「楽しんでもらえたかの?」


「はい、魔法学という学問への興味が尽きません」


「それは、良かった、では、今日はもうお開きとするかのぅ」


 バールさんがそう言うと、後ろからすかさず王女が一言。


「ねぇ、バール? 何か忘れていない?」


「あぁ、フィロス君、次回はいつ頃これそうかい?」


「えーっとですね」


 僕が返事をしようとした矢先にアンス王女が、ふてくされた顔で言った。


「今日の! 私の! 授業は!」


『あ!』


 バールさんと僕の声が重なった。まるで精神魔法にかけられていたかのようにすっかりと忘れていた。


「まぁ、今日のところは許してあげるわ。フィロスの記念すべき、魔法師としての第一歩だからね」


 そういって、アンス王女は、まるで自分の事のように満足そうに笑った。

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