第26章 竜のエネルギー

 薄暗い螺旋階段を下る俺たち。

 辺りはじめじめと湿度が高く、時折天井から水がぽたりと落ちてくる。

 壁に明かりの類は一切存在せず、頼りになるのはヴォルフの持っているマッチだけだ。


「純騎さん……この階段、どこまで続くのでしょう?」

 俺の後ろにいたクエスタが辺りをきょろきょろと見回しながら聞いてくる。

「さ、さぁ……俺にもわからねぇ」

 足が笑うのをひたすら隠しながらそう返すと、クエスタは声を震わせながら「……ですよねぇ」と俺の服の裾をぎゅっと握った。

 

「ヴォルフー、まだ着かないのよさー?私さん、足が疲れたのよさー!」

 退屈そうに叫ぶヒュノの口を片手で抑えたヴォルフが強い口調でこう言い放つ。

「黙ってろ。敵にばれたらどうする」

 彼女はモガモガと口を動かした後に、手を払いのけて一呼吸。

 そして、普段の半分くらいの声量で「乱暴なの!」と抗議。

 しかし、表情一つ変えず彼は無言のまま下って行った。

 

 レゥは俺の前に立ってこそいるが、暗闇が怖いのかほんのり涙を浮かべていた。

「純騎……怖い……」

 彼女はひっつきながら俺の手を握りしめる。

(いでででで!)

 レゥの力があまりにも強すぎて、悲鳴を上げる一歩寸前でぎりぎり踏みとどまった俺。

 ここで叫んだらヴォルフになんて言われるか分かったもんじゃない。

「レゥ……ちょっと…」

 俺は力を緩めてくれるように催促しようとしたが、彼女はうるうると瞳に涙を浮かべながら弱々しくつぶやく。

「純騎……怖くないんですか?」

「!!」

 彼女の声のかぼそさに心臓が一瞬止まりかける俺。

「い、いや、怖くないわけじゃ……ないけど……」

 しどろもどろと弁明しようとすると、後ろからグイっと服を引っ張られ、

「じゅーんーきーさーん?」

 と、暗くて低い声が聞こえてきた。


 それと同時に、とてつもない威圧感が俺を襲う。

「!!」

「どうしたんですかー?こっちをむいてくださいよー?」

 声の主は間違いなくクエスタ。しかし、声のトーンや引っ張る力からして、確実に怒っている。

 たぶん、俺がレゥに鼻の下を伸ばしかけたからだろう。

(……振り向いたら、俺、死ぬ!)

 ふるふると震えるレゥと殺気があふれだすクエスタ。そして、その板挟みになっている俺。

 正直、地獄だった。

(終わることなら、早くどこかについてくれ……)

 そう思いながら、一歩ずつ歩みを進めていった。


 カツ、カツと、五人分の足音と水音のみが響く。

 ……降り始めてからどのくらいたっただろうか。

 十分くらいかもしれないし、ニ十分くらいかもしれない。もしかしたら、一時間くらいたってるかもしれない。


「まだなの?」

「……」

 そわそわと落ち着かないヒュノと、黙って下るヴォルフ。


 俺も、心身共に限界が近い。いや、俺だけじゃない。

 レゥとクエスタも疲労の色が濃くなってきている。

(これ、もしかして罠だったりしないだろうな……?まさか、天井が崩れて生き埋めとか……!)

 俺の心にも暗雲が立ち込める。


「ん?」

 ヴォルフが急に立ち止まる。

 それにつられてヒュノも歩みを止めた。

「どうしたのよさ?」

「あぁ、あれを見ろ」

 彼が指さした先にあったのは石で作られたドアで、その隙間から光が漏れていた。


「出口なの!?」

「あぁ、間違いねぇ」

 はしゃぐヒュノと声のトーンが一段階高くなるヴォルフ。

 俺もほっと胸をなでおろす。このまま続いてたら、精神状態がおかしくなるところだった。


 意気揚々とヒュノが錆びたドアノブに手をかけた瞬間、クエスタが叫ぶ。

「姉さん!駄目です!」

「!!」

 猫のように目を丸くするヒュノ。その様子を見て、ヴォルフは落ち着き払って問いかけた。

「どうしてだ?」

「はい。この先、高密度の魔力反応があります。なので、一応警戒したほうがいいと思いまして……」

「ふぅむ……」

 クエスタの言葉に彼は顎を手に当て少し考える素振りを見せた。

 そして、短く「よし」とつぶやいたかと思うと、ヒュノを後ろに下げ、懐から取り出した銃をドアノブに押し当てた。

 

 いまいち何をするのかつかめない俺。

「なあヴォルフ、一体……」

 俺が問いかけようとした瞬間だ。


「耳ふさげ!」

 彼の怒号が響く。

「えっ!?」

 俺の反応が一瞬遅れた、その直後のことだ。


 ガン ガン ガン と、まるで、金属同士を思いっきりぶつけたような大音量の音。

 それが音がよく響く階段に発せられたため、耳をふさいでなかった俺はもろにその音を聞いてしまった。

「!!」

 脳が思いっきり揺れた。平衡感覚が危うくなり、目の前がぱちぱちと白くなったり黒くなったりした。

 頭を左右に振って周りを見渡すと、俺以外の全員は耳をふさいで事なきを得ていたようだ。

 ……音を聞いたのは俺だけかよ。


 文句を言おうとヴォルフの方を向くと、彼は壊れた鍵穴を見つめてにやりと笑っていた。その周囲には銃痕と薬莢が残っていた。

「ヴォルフ、撃ったのか……?」

 ふらふらしながら彼に問いかけると、「あぁ?見てわからねぇのか」と嫌味を言われた後にさらに言葉をつづける。

「魔力反応があるってことは、敵が罠を仕掛けてる可能性もあったってことだ。だから鍵穴を壊した」

 そして、銃を懐にしまった彼は、扉を壊すような勢いで蹴りを加え、

「こうすりゃ、生存確率は上がるからな」

 と言い残して扉の外に出た。


 こんなのありかよ……。こんな方法、あまりにも……。

「……無茶苦茶が過ぎるぞ」

 力なくそうつぶやいた俺だったが、彼の耳には一切入っていないようだった。


 俺らが扉の外に出ると、そこは大空洞だった。

 遥か上に石造りの天井があり、四方も石の壁で覆われている。

「な、なんなの?ここ」

 きょろきょろと辺りを見渡すヒュノ。彼女の顔は恐怖のためか曇っていた。

「姉さん……私のそばを離れないでください」

 そんな彼女を引き寄せ、杖を構えるクエスタ。

「……」

 いつもはうるさいヒュノも、今回ばかりはおとなしくしがみついていた。


 冷たい風が顔を撫でる。幽霊が出てくる時のようで気味が悪い。

「おいおい……大丈夫かよ」

 ぼそりとつぶやいた直後、俺の服を握っていたレゥの手が突然震え出した。

「レゥ?」

 彼女の顔をのぞき込むと、表情が硬くなっていて、顔色も真っ青だ。

「じゅ……純騎……」

 震える指先で指さした先には、何やらよくわからない巨大な機械のようなものあった。


 天井まで届かんばかりの丸い円柱。その中央には丸い窓が設置されており、中では炎がめらめらと燃え上がっている。

 そしてそばには人が一人入れるかどうかという大きさのカプセルが四個溶接されている。中には人が入っていないようだ。

 周囲にはたくさんの衣服や手錠などが無造作に放り出されていた。


 俺は似たようなものを見た覚えがある。

 小学生のころに見た火力発電所だ。

「でも、なんでこんな場所に……?」

 少し考えこんでいると、辺りを吹いていた冷たい風が一瞬にして止まった。


 直後、俺らの誰のものでもない笑い声が空洞に響き渡った。

「フヒ……フヒヒヒヒっ!ま、まさか、『竜のエネルギー』が自ら来てくれるなんてねぇ!」

「!」

 俺らの視線が声のした方に集まる。

 声の主は、ゆっくりと、機械の後ろから姿を現した。


 やせこけた頬と青い肌色から、健康さはみじんにも感じない。

 中年くらいの背丈はあるのだろうが、猫背のためそれ以上に小さく見える。

 

「フヒ、フヒヒ、ようこそ歓迎しますよ。我が発竜所へ!」

 息を漏らし、牛乳瓶の底のような眼鏡の後ろから俺らを見つめる。

「……貴様は誰だ」

 ヴォルフが一歩前に進み出て、銃を奴の方に構える。

 しかし、奴は灰色のボサボサ髪をガサガサとかきむしったかと思うと、俺らににやけ笑いを浮かべてこう言った。

「フヒ……嫌ですねぇ。名乗るときは自分からというルールをご存じないとは」

「……」

 彼は銃をしまうと、俺らを後ろに下げて、

「俺はウィザ王国Fチーム隊長ヴォルフだ」と低い声で返した。


「……フヒヒ。ご丁寧にどうも」

 ぺこりと一礼すると、「では、わたくしも……」と、眼鏡をクイっとあげて早口にこうしゃべった。


「わ、わたくしは、この、発竜所の担当を任されてます、エジ帝国科学者のドクトです……フヒヒ」


「エジ帝国……!」

 俺がにらみを利かせても、ドクトは「おやおや、そんなに怒らないでくださいよ……」とにやにや顔を浮かべている。

 ……うぜぇ。

「おい、ドクト」

「なんでござ……」

 ドクトが言葉を返そうとした瞬間、ヴォルフは懐から銃を構え、そして発砲。

 しかし、ドクトに当たることはなく、彼の目の前で何かにはじかれたように進路を変えて壁に当たった。

「フヒヒ……っ!」

 ゆっくりとこちらをにらみつけるドクトに、殺気を隠さずにヴォルフは問いかける。

「ドクト……答えろ。竜のエネルギーの正体を……!」

 後ろからだと彼の目は見えないが、おそらく怒りに燃えている。

 現に、俺は立っていられなく程の威圧感を体に受けているのだから。

「そ、そんなに聞きたければ教えてあげましょう……!」

 ドクトは眼鏡をクイクイと動かすと、さらに早口でしゃべりだした。


「竜のエネルギー、それは、『竜神族』の生命エネルギーを変換して我々が使用するエネルギーに変換すること!そのエネルギーたるや、一人の命で十万人の国民が遊んで暮らせるほどですよ!」

「……!」

 レゥの握る力がどんどん強くなっていく。

 ……俺の心にもふつふつと怒りの感情が沸き上がる。

 いや、俺だけじゃない。きっと、ヒュノもクエスタも……。


「どうです!?貴方もわたくしたちの傘下に入れば、一生遊んで暮らせますよ!?」


 ドクトのうれしそうな言葉をさえぎるようにレゥが口を開いた。

「……ねぇ」

「どうしました?竜神族のお嬢ちゃん?」

「てめぇ……!」

 俺が一歩進み出ようとしたのを止めるようにレゥが一歩進み出る。

 そして、深く、暗い声で言葉を発した。

「私たちの……村を……焼いたのは、貴方……?」

 直後、彼がポカンと口を開けたかと思うと、退屈そうに大あくび。そして、なんの悪びれもなく、つまらなさそうに返答した。


「はて?もう村を焼きすぎて、覚えていませんねぇ」


「……!」

 レゥの目が真っ赤に燃える。

 直後、手を前に構えたかと思うと、巨大な火の玉を一瞬で作り出し、強い口調でこう叫んだ。

「詠唱破棄!『無限煉獄・極炎インフェロス・オーバーロード』!」


 放たれた火球は剛速球の速さで飛んでいく。

 しかし、先ほどの銃弾と同じように、彼の目の前でかき消えてしまった。

「なんで!?」

 唇をギリリとかみしめるレゥ。

 そんな彼女を見ながら、ドクトは天まで届くような高笑いを上げた。

「フヒヒ……最高ですよ!その悔しそうな顔!それを見るのがわたくしはだぁいすきでしてねぇ!」

「……てめぇ!」

 これ以上は我慢の限界だ!

 こぶしを握り締め、走り出す俺。

「元気のいい若者はだぁい好きですよ!でも、ちょぉっとおいたが過ぎますねぇ!フヒヒ!」

 ドクトは余裕綽々と言った表情でわめくと、手をパンパンと叩いた。

 刹那、彼の周りの壁の石がどんどん集まっていき、ひとつの形をくみ上げた。


 巨大な人型。石でできた人。巨人。

 俺は、これを本で読んだことがある。


「ゴーレム……!」


 いつか本で見たゴーレムが、俺達の目の前に姿を現した。


「フヒヒ、これに勝てるものなら勝ってみなさい!」

 ドクトが笑い声交じりで高らかに叫ぶと、顔の部分に光の丸い目が映し出され、こちらをにらみつけた。


 すると、ヴォルフが俺の一歩前に躍り出て、剣を構えてこう発した。

「……てめぇら。やるぞ」

 その言葉にうなづいた俺たち。

 目の前には憎らしくにやつく、ドクトの姿があった。


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