第14章 その名はレゥ
―――
「そこの老人、止まりなさい」
ウィザ王国とエジ帝国の境目に位置する小高い丘。
黒い杖を突きながら歩いている黒いチェスターコートの老人に、銀色の軽鎧を身に着けた背の高い女性が長剣を老人の背後から突きつけながら威圧する。
老人はゆっくりと振り返り、黒いスパニッシュハットを右手で直しながらゆっくりとこう聞いた。
「おやおや、わたしに何か御用ですかな?」
「決まっているでしょう、貴方が『あれ』を連れ去ったのはすでに分かっているわ。どこに隠したか教えなさい」
「ふむふむ……、わたしは確かにいろいろな商品を扱っていますが、『あれ』といわれてもわかりませんねぇ……」
「とぼけるな!」
ギリリと奥歯をかみしめる女性。
彼女は、長剣を老人の喉元に突き付けた後にこう叫んだ。
「貴様、いや、『ノワール』が竜神族の生き残りを連れ去ったのはわかっている! はやく居場所を吐け!」
ノワールと呼ばれた老人は、帽子を深くかぶって目を隠したかと思うと、左手に持っていた杖を剣のように構える。
直後、金属のぶつかる音が聞こえたかと思うと、女性が構えていた剣が真っ二つに折れてしまった。
「なっ……!」
背後に剣先が飛び、冷汗をたらす女性。
老人は静かに杖を下すと、彼女に背を向けてこう言い残した。
「ごきげんよう」
―――
「竜神族……?」
聞き覚えのない単語に頭をひねる俺。
あたふたしながらヒュノは興奮気味に言葉を発する。
「間違いないなの! お腹のうろこ、あれは確実に竜神族の証なのー!」
「だから、竜神族ってなんだよ……?」
「竜神族は竜神族なの!」
興奮覚めないヒュノが地団駄を踏んだ瞬間、バスタオルがはらりとはだけ……。
ヒュノのつるぺたな、あられもない姿が俺の目に写った。
「!!」
「どうしたなの? そんなに顔を赤くして」
顔が熱くなることを実感しながら、俺はとぎれとぎれに言葉を発する。
「あ、あの、ヒュノさん……? バスタオル……はだけてます……よ?」
瞬間、ヒュノの顔が固まり、時が止まった。
そして、顔を真っ赤にしてフルフルと小刻みに震えたヒュノは、思いっきり飛び上がり、そしてこう叫んだ。
「純騎の、ヘンタァァァァァイ!なのぉぉぉぉ!」
直後、俺の体は宙を舞った。
人間、空も飛べるんだな。
―――
「すみません、姉さんが乱暴を……すみません……」
必死に平謝りするクエスタと、頭を下げさせられている着替えたヒュノ。
ヒュノは「何をするのよさ!」と抵抗していたが、クエスタの笑みの怖さで無言で頭を下げている。
俺はというと、右の頬に真っ赤な平手打ちのあとを作りながら「いやいや、大丈夫ですよ」と頭をかいていた。
例の少女はというと、俺の服の裾をつかんで後ろに隠れている。
「で、竜神族って……?」
俺がクエスタに尋ねると、彼女は首を横に振った。
「私たちも、『伝説上の種族』としかわからないので、詳しいことは……」
「さすがの私さんも、ほとんど知識がないのよさ! ほかの人が知ってても、せいぜい見分け方くらいなのよさ!」
ヒュノのその言葉に頭を悩ませる。
伝説上の種族……そんな奴を俺が引き取って、本当に大丈夫なのか?
今更心配になってきた。
でも……。
ちらりと少女の方を見る。
彼女は下をうつむいたまま、ぎゅっと俺の服の裾をつかんでいた。
「……」
たとえ得体のしれない種族でも、こんな少女を放置するわけにはいかない。
幸い、俺には無限錬成がある。
もし、情報があれば、この子を守ることができるはず……。
「すまん、クエスタ、この子を頼んだ」
俺は少女の軽い体を、持ち上げてクエスタに渡すと、「ごめんな、俺、ちょっと出かけてくるわ」とそのまま家を出た。
道を歩きながら俺はあることを考える。
確かに、ニーパに聞くという手段もあるが、それだと、また人の力を頼る羽目になってしまう。
それは俺としてはどうしても避けたい。
だったら、この前見つけたあそこに向かうしかない。
「いくぞ、グリムの図書館に……」
―――
「また貴様か。今度は何の用だ」
黒縁眼鏡の少年からまた嫌味を言われる。
「いや、ちょっと調べものを……」
俺がそう返すと、ふぅんと興味なさそうにため息をついた少年。
そしていつも通りの渋い声で俺にこう言った。
「まあ使うのは自由だが、せいぜいうるさくしないことだな」
そっぽを向いた少年に俺は頭を下げ、本を探すことにした。
詰みあがった本棚の中から竜神族のことが乗っていそうな本を探す。
「えーと、どこだどこだ……」
首が痛くなりそうなほど見上げて本を探す俺。
五分くらい探していると、ようやくそれっぽい本を見つけることができた。
どうやら、伝説上の種族が記された図鑑らしい。
「おっ、ビンゴ」
小声でつぶやいた後、少しだけ背伸びをしてその本を取る。
手のひらいっぱいの大きさの背表紙をつかみ、慎重に、埃っぽい机に置いた。
重厚感がある、鈍い赤の表紙をめくると、目次が目に入る。
そこから『竜神族』の文字を探すことにした。
どうやら、目次によると五百九十ページにあるらしい。
何が書いてあってもいいという心の準備をするために、深呼吸。
少しだけ埃でむせてせき込んだら、少年からギロっとにらまれる。
あの少年の眼光と声の渋さは一人前だ。
「よし、見るか」
そして、俺はページを開いた。
該当のページを開くと、左上に大きな文字で『竜神族』と書かれていた。
その下には竜らしき絵と、それにまつわる伝説が書かれている。
「えーと、なになに……?」
ざっと目を通したところ、こんなことが書いてあった。
まず、竜神族は神から選ばれた種族で、竜になることができるらしい。
性質や性格は人間と変わらず、個体差がある。温厚な個体もいれば、怒りやすい個体もいるとか。
「ふーん……」
次のページには生息地や食事などが書いてあった。
しかし、そのページは黒塗りがいたるところにされていて、よく読み取れない。
王国書庫の本と言えど、やはり情報統制はされているのだろうか?
それとも、落書き……?
そして次のページには竜になった時の行動が書いてある、はずだったのだが。
「あれ?」
首をかしげる俺。
この図鑑は、何かおかしい。
具体的に言うと、『丸々一ページが破られている』のだ。
左側のページが黒塗りがされており、右側のページはきれいに破られている。
考えられることは二つ。
「只のいたずらか? それとも……誰かが、このページを持ち去ったのか?」
ぽつりとつぶやいてすこし天井を見上げる。
もし、後者だった場合……。
「あの少女には、とんでもない秘密が隠れているのか?」
竜になれる以外に、どんな秘密が……。
ゴーン、ゴーン と、大きな昼の鐘の音で我に返る。
「おい、物好き。いったん閉めるぞ、図書館から出ていけ。俺は飯が食いたいんだ。」
少年からそんなことを言われて、あせあせと本を元の位置に戻した。
小走りに図書館から出る。
彼は俺が出たことを確認すると、指を一回鳴らした。
すると、地響きとともに巨大な扉が閉まり、図書館は完全に閉鎖された。
「……」
陽はまだ高い。
どこへ行こうかと悩んでいたが、突然腹の音が鳴る。
とりあえず、帰るか。
「収穫があっただけ、よしとするかな……」
そんなことを思いながら、俺は帰路についた。
―――
家に帰りつくと、玄関には少女が服の裾を握りしめて立っていた。
目には涙を浮かべ、ふるふると下をうつむいている。
どう見ても、泣いているのを我慢しているようにしか見えなかった。
「ど、どうしたんだ?」
俺が問いかけると、少女は顔を上げてぱぁっと表情を明るくしたかと思うと、すぐさま俺の懐に飛び込んできた。
石鹸のいい香りと、少女特有の香りに包まれる俺。
「!?!?」
でも、俺にはいささか刺激が強すぎる。
ちょっと待ってくれ、俺はこういうのは慣れてないんだ。
離れてくれ……。
「ど、どうした?」
そんな気持ちを抑えながら少女に尋ねる。
すると、少女は何も言わずに俺の胸の中で顔をすりすりとこすりつけている。
さながら猫のようだ。
「ちょ、離れてくれ!」
俺がそう頼み込むが、少女はがっしり俺をつかんで離れようともしない。
びくともしないその力は、竜神族の証なのだろうか?
すると、二階からクエスタが降りてきて、「純騎さん、お帰りなさい」と言った後にさらに言葉をつづけた。
「その子ったら、純騎さんが出て行った後からずっと玄関を見つめていたんですよ。
姉さんの呼びかけにも『寄るな、死ね』としかいいませんし……。
よっぽど寂しかったんでしょうね」
そのあと、「まあ、姉さんは不貞腐れちゃって、今、自分の部屋で寝てますけど」とクエスタは付け加える。
「そうなのか……」
ヒュノはどうでもいいとして、少女には悪い思いさせちゃったな。
そう思った俺は、彼女の頭をやさしくなでてやる。
すると、彼女はひょっこり顔を上げたと思うと、俺の方を見てにっこりと笑った。
まるで、天使の笑顔のようだ。
一瞬魅了されかけたが、クエスタがいる手前、デレデレすることはできない。
咳払いをして少女を俺から離そうとすると、彼女はすんなりと俺から離れてくれた。
満足したのだろうか?
さて、疲れたしご飯でも食べようかと思った時だ。
「そういえば、名前を聞いてなかったな」
少女の方を向いてそういう俺。
少女はびくっと体を震わせたかと思うと、俺の目を見てか細い声でこう言った。
「……レゥ。私は、レゥ」
「レゥ……いい名前だな」
そう言ってレゥの頭をやさしくなでてあげる。
彼女は目を細めて頬を緩めていた。
「じゃ、俺は飯食ってくるから」
そういって離れようとした時だ。
レゥがなにかもじもじしている。
何かを言いたそうにしているようだが……。
「どうした?」
俺が尋ねると、彼女は小さな声で俺にこう聞いた。
「私、あなたのことは、何て呼べばいい?」
「あー……」
確かに、レゥにはまだ俺の名前を伝えていなかった。
一応商人から聞いてはいるだろうが、改めて自己紹介したほうがいいよなぁ。
俺は心臓の高鳴りを抑えつつ、レゥにこう言う。
「俺の名前は力塚 純騎。純騎でいいよ」
「純騎……」
レゥは顎に手を当てて下をうつむいた後、俺の方を見上げてこう言った。
「純騎、さん、ですね」
「!!」
口から心臓が飛び出そうになった。
紅い目で必死に俺の方を見つめる彼女に、俺は一瞬、心を奪われた。
いかんいかん、俺はロリコンじゃない。どっちかといえばお姉さんのほうが……。
一度呼吸を整えたが、まだ心臓は高鳴っている。
「どう……しましたか? 純騎さん……?」
レゥのその言葉に震え声でこう返す。
「すみません、呼び捨てで……お願いします」
「?」
レゥは小首をかしげたが、すぐにこくこくと小さくうなづいた。
フラフラしながら壁伝いに歩いていると、後ろからポンポンと肩をたたかれる。
恐る恐る振り返ると、そこには、
「純騎さん? 顔が緩んでましたよ……?」と、笑みを浮かべたクエスタが……。
しかも、その笑みがコワイ……。
「き、気のせいだよ……」
「気のせいではありませんよ……?」
顔こそ笑っているがクエスタの言葉には威圧感がある。
これは……逃げなきゃ死ぬ!
俺は震えている手で彼女の手をおろすと「すまん、部屋に戻る!」と叫んで、全力で部屋まで走った。
―――
「あらあら~、それは災難でしたね~」
その日の夜、電話の向こうでほんわりと笑うニーパ。
「笑い事じゃねぇよ。あの後大変だったんだからな」
あの後、ヒュノが起きたのが夕暮れだった。
そして、クエスタの様子がおかしかったので質問攻めにあい、クエスタ自身からは説教を喰らってたというわけだ。
その間、レゥは俺をガッシリとつかんで離れないし、ずっとふるふる震えてるし……。
本当に生きた心地がしなかった。
ベッドに身体を投げ出し、スマホを片手に天井を見上げる。
「つっても、あの資料、全部黒塗りの線が入っていたんだけど、なにがあったんだ?」
俺の独り言に、ニーパはやんわりとこう返した。
「まー、竜神族っていうくらいですから、とても強い力が眠っているのではー?」
「……お前、ほんっとにあてにならねぇな」
「そりゃそうですよー、肩入れしすぎたら面白くないですしー」
俺の嫌味も、やんわりとよけられてしまった。
これも女神の余裕……なのか?
「まー、明日は特に予定もないし、ゆっくりさせてもらうよ」
そう言って電話を切ろうとした時だ。
電話口のニーパが、やんわりとこう言う。
「そういえば、純騎さん、服は変えないのですか~?」
「……え?」
そういえば、こっちに来てからずっと同じ服だった。
無限錬成の能力があるとはいえ、ファッションに疎い俺は服のことをまったく気がけず、一着も作っていないのだ。
おかげで服はボロボロだし……。洗濯してくれているとはいえ、その間は大きめのタオル一枚なのはきつい。
「あー……いいよ、自分で作るから」
「え~? 純騎さん、服のセンスなさそうです~」
「うぐっ」
思わず変な声が出た。心を見透かしてるのかと思うくらい図星だ。
無限錬成は知識がなければ作れない。それはわかっているんだが……。
「と言っても、俺に服を買う金なんて……」
「この前、商人からもらったお金、どうしました~?」
「あー……」
今思い出した。そういえばそんなのもらっていたなぁ。
あれだったら高級ドレスだろうが余裕で買えるだろう。
俺がうんうんとうなづいていると、ニーパは「それに」と言葉をつづける。
「レゥさんの服も考えなければいけないでしょうしね~」
「まぁ……そうだな」
確かに、レゥの服は少し考えなければいけない。
いつまでもボロボロのワンピースだけじゃあかわいそうだ。
せめて、かわいい感じにしてあげないと。
ベッドから起き上がった俺は、決意を固めたようにうなづくとこう言った。
「わかった、明日クエスタに掛け合ってみるよ」
「は~い、いい返事を期待しています~」
その言葉を最後に、電話がぶつっと切られた。
―――
――燃える。燃える。
――家が、家族が、村が。
――燃える。燃える。燃える。
――友達が、親が、大切なものが。
――逃げて。逃げて。
――私と一緒に逃げて。
――逃げて。逃げて。
――しかし、その願いかなわず……。
悲鳴。銃声、爆発。
炎、銃弾、刀剣。
血、肉、臓器。
ありとあらゆるものが視界を占める。
昨日まであった平穏。
それが消えていく。
なくなっていく。
どんどん、消えていく……。
許さない。
許さない。
私は、許さない。
許さない、許さない……。
「"人間"を」
―――
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