第13章 とある少女

 

 ある静かな朝、俺が朝食をとっていると扉をノックする音が。


「朝早くからお客様かしら……?」

 クエスタが首をかしげながらも扉を開けると、そこには俺が見たことのある人が立っていた。

 

 黒いチェスターコートと黒いスパニッシュハットをかぶっていて、黒い杖をついている老紳士だ。


「あっ、貴方は……」

「おやおや、ジュンキ。やはりこちらにいましたか」

 俺の方を向いてにこりと笑う老紳士。

 ここだけ見るとただの好々爺っぽいが……、ヒュノの話だと……。

 まあ、余計な詮索はしないでおこう。


「純騎さんのお知合いですか?」

「あー、この前のおじちゃんなのー!」

 クエスタの言葉にヒュノが割って入り、老紳士にとびかかる。


 老紳士は彼女をガシッと抱きしめ、しわだらけの手で頭を撫でた。

「おやおや、お嬢さんも元気でしたか」

「うん! 私さんも元気元気なのよさー!」

 そう言葉を交わす二人をほほえましそうに見つめるクエスタ。

 俺も先ほどまでの警戒心は薄れた。


 老紳士がヒュノを撫で終えたところで、クエスタが問いかける。

「で、純騎さんに何か御用でしょうか?」

「あぁ、この前助けてもらったお礼にまいりました」

 笑顔でそういうと、老紳士は懐から麻袋を取り出した。


 大きく膨らんだそれを老紳士は軽々と持ち上げると、目の前にいたクエスタにポンと手渡した。

 彼女が首をかしげながらそれを受け取って中をのぞいた瞬間、目を丸くする。


 フリーズしている彼女の後ろからちらっとのぞかせてもらった。


 麻袋の中には大量のお札が。

 それも、全部一万ウィザだ。

 大きく膨れたところを見ると、十……百……千枚ほどは入っているんじゃないかと思う。


「すげぇ……」

 それしか言葉が出てこない俺。ざっくり換算すると、一千万ウィザくらいか……?

 まあ、そんなのをポンと渡されたらフリーズするわな……。


 俺が老紳士の方を向くと、彼は帽子の下から鋭い眼光をのぞかせて俺の方を見た後、小声でこう言った。

「あと、もう一つあるのですが……、こちらはあまり他言しないでいただけると助かります……」

「他言しない?」

「えぇ」

 俺の問いに彼はゆっくりうなづくと、後ろを向いて「おい、こっちへ」と声をかける。

 

 すると、彼の後ろからヒュノと同じくらいの身長の少女が姿を現した。


 ボロボロで薄茶色のワンピース1枚だけを身にまとい、土埃まみれの黒いセミロングヘアー。

 紅い目には光がなく、肌も病的なほど白い。


 俺には、この子が普通の境遇の子供でないことは瞬時に理解できた。


「あの、この子は……」

 クエスタの問いに口を開く老紳士。

「……ある一家の少女です。

最近、この子の村が焼かれまして……、身寄りがないところをわたしが拾ってきたというわけです」

「そうなのか」

 俺が少女の頭を撫でようとした瞬間、彼女はギロリと赤い瞳でにらみつけてこうつぶやいた。


「寄るな死ね」


「……」

 あまりに負の感情がこもった声に、俺の手が止まる。

 そんな俺らを見て老紳士はこういった。

「すみません、彼女は心を閉ざしてしまっているので……、先ほどの言葉以外はあまり発しません」

「そ、そうですか」

 老紳士は彼女の頭をポンポンと叩いた後、こう言葉をつづける。

「先日の純騎さんや、お二方の力、その力なら、彼女もきっと元の心を取り戻すでしょう」

 そして、俺らに向かって頭を下げてこう言葉を発した。

「どうか、この少女を引き取っていただけませんか……?」


 さっきの老紳士の言葉で、俺の中に一抹の不安が生まれた。

 

 まず、彼女は村を焼き払われた少女、要は『訳アリ』だ。

 しかも心を閉ざしている。どう見たってコミュニケーションが取れるとは思えない。


 そんな少女を引き取れと。

 いくら無限錬成があるとはいえ、俺には荷が重い。

 いや、もしかしたら少女の家族に恨みがあるやつに、ヒュノやクエスタが狙われるかもしれない。


「……」

 ふとクエスタの方を見ると、手を口に当てて目を閉じている。

 よほど考え込んでいるんだろう。


 でも、あまりにもリスクが重すぎる。

 これは、断った方がよさそうだ。

「……すみませんが」

 俺が一歩踏み出した瞬間だった。


「そんなことなら任せるなの!」

 

 元気のいい声が足元から響く。


「わたしさんが、面倒を見てあげるなのー!」


 俺の心臓が止まりかけた。


 声のした方を向くと、ぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねているヒュノが。


「こんなかわいい子を放っておくなんて、私さんにはできないのよさ!」

「そうですかそうですか、よかったです……!」

 嬉しそうにヒュノの手を握る老紳士。

 彼女は笑顔を浮かべて老紳士の顔を見つめていた。


「ちょ、ヒュノ!?」

「なんなのさ、純騎」

「おまえ……犬とか猫とか拾うんじゃないんだぞ!?」

「わかってるのよさ!」

 えっへんとない胸を張る彼女。


 クエスタがヒュノに向かって口を開こうとした瞬間、老紳士が懐からさらに麻袋を取り出してこう言う。

「では、こちらは養育費です……。先ほどと同じ額入っておりますので、当分は困らないかと……」

 それをポンとクエスタに渡し、「では失礼します」と、老紳士は去っていった。


「ばいばいなのよさー!」

 手を振るヒュノ。


 唖然としている俺と、何が起こったかよくわかっていない顔をしているクエスタ。

 

 一方、ヒュノはスッキリとした顔つきで俺たちに向かってこう言った。

「さあ、朝ごはんの続きなのよさ!」

 

 俺は文句の一つでも言ってやろうと思ったが、ヒュノはすでに俺たちに背を向けてずんずんと食堂に進んでいった。


「……なあ、クエスタ」

「なんでしょう……」

 いまだによくわかってないクエスタに、俺は一つ、力ない声で問いを投げかけた。


「この国、法律はあるのか?」

「えぇ……人間の奴隷を引き取ったら懲役です」

「……」


 俺らは、二人顔を見合わせて、ため息を一つついた。

 

 足取り重く、ふらふらと食堂に向かうクエスタ。

 俺も食堂に向かおうかと思ったが、ぐいと後ろから服の裾を引っ張られる。


「ん?」

 俺が振り向くと、引き取った(事になっている)少女が俺の顔を見つめていた。


 吸い込まれそうな深紅の瞳で、見つめてくる少女。


「どうした?」

 なにかあったのかと思い、声をかける。

 すると、彼女はハッと目を丸くして、ぷいとそっぽを向いてこうつぶやいた。


「寄るな死ね」

「……」


 なんなんだ、この少女。

 心を閉ざしたというか……なんというか。


「単純に扱いにくいだけじゃないか?」


 その後、俺は少女の手を引いて食堂へと向かう。

 そこには、すでにご飯を食べ終えたヒュノといまだに浮かれない顔のクエスタがいた。


 少女の顔を見るなり、ヒュノが手招きをして大きな声でこう言う。

「はやくー! ご飯食べに来るなのー!」

 そして、少女の顔を見るなり苦笑いするクエスタ。

 ……気苦労が絶えないだろうなぁ、彼女。


「さ、ご飯喰おうぜ」

 俺が振り向いて少女にそう言うと、彼女は難しい顔をした後に俺の元を離れて部屋の隅の方に歩き始めた。


 どこへ行くんだ? と聞く前に、少女は床にぺたんと座り、膝を抱えてうつむき気味にこう言う。

「私はここでいい」


「どういうことなの?」

 ヒュノの問いにはそっぽを向いたままだ。


 なるほど、家を焼かれて人間不信になっているんだから、離れたがるのも無理はない。

 だけど、この先過ごしていくのなら、ヒュノやクエスタとも打ち解けてもらわないと……。

 

 うんうんと頭を悩ませる俺。

 すると、クエスタが真っ先に口を開いた。

「少女さん、こちらで一緒に食べませんか?」

 

 ……正直、意外だった。

 あの反応からして、少女が家にいることはあまり好ましく思ってないだろう。

 だけど、今のクエスタはいつも通りの笑顔を浮かべている。


 我慢しているのか?


 少女の方を向くと、一瞬表情が明るくなったかと思うと、すぐにしゅんと下を向き、首を横に振る。


 まあ、すぐには難しいよなぁ。

 俺が一緒にいればどうかなぁ?


「なあ、一緒に食べようぜ?」

 彼女にそう声をかけると、ゆっくりと顔を上にあげた。

 そして、口角を少しだけ上にあげ、俺にしか聞こえないような音量でこうつぶやいた。

「……一緒に」

 

 ……そうか、そういうことか。


 彼女は、さみしかったのか。

 いきなり家を焼かれてこんなところに引き取られたんだ。

 さみしくないはずがない。


 なぜかはわからないが、俺には心を少し開いてくれているようだ。

 優しく接してあげよう。


「いいよ、食べよう」

 俺がそう返すと、彼女はぎゅっと俺の服の裾を握り、そして立ち上がった。


 俺がクエスタの方を向くと、彼女は木炭で鍋を温めなおしていた。


―――


 さて、食べ終わったわけなんだが……。

 今、彼女は俺の元にはいない。

 いや、早々嫌われたとか、そういうのではない。


 きっかけは、食事中のヒュノの一言だった。


『そうなの! 長旅で体も汚れてると思うし、一緒にお風呂入るなのー!』

 すると、少女はぎゅっと俺の腕を握り締めた。


 いや、俺が入るわけにはいかないだろう。

 少女は、見た目14歳なんだ。大の男が一緒に風呂に入るわけにはいかないだろう。


 そう思った俺はヒュノとクエスタに、少女を風呂に入れるように頼んだ。

 そして、今に至るというわけだ。


「これで打ち解けてくれればいいんだがなぁ……」

 そんなことを思いながら椅子に座って天井を見上げていると、突然、風呂場から叫び声が。


「たたた、大変なのー!」


 ヒュノの声だ。

「どうした!」

 何事かと思い立ち上がると、ヒュノがバスタオル一丁で俺のもとに飛び込んだ。

 そして、慌てふためいた表情でこう言った。


「あの少女、『竜神族』だったなの!」

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