第15章 買い物に行こう!

「!!」

 ある朝、少女はベッドから跳ね起きる。

 ボロボロで薄茶色のワンピース1枚だけを身にまとい、整えられた黒いセミロングヘアーと、病的なほど白い肌。

 深紅の瞳は瞳孔が開いており、体から噴き出る汗はベッドを濡らしていた。


 辺りを見回し、安堵の息をつく少女。

 彼女の名前は『レゥ』。身寄りのないところを商人に引き取られ、いま、純騎の家に居候している。

 

「また、あの夢……」

 寝る前と変わらぬ、木組みの部屋。

 その事実が彼女の心を苦しめる。


「お父さん、お母さん……」

 かけ布団をぎゅっと握りしめ、ボロボロと涙をこぼすレゥ。

 そして、


「うううううぅぅぅぅああああぁぁぁぁぁぁ!!!」


 両手で顔を覆い、大きな声をあげて泣き始めた。


 ぼろぼろ、ぼろぼろと指の間から涙がこぼれおちていく。


 時刻は、午前三時を指していた。


―――

 ニーパと話した次の日の朝、俺はクエスタに相談してみた。

「買い物、ですか?」

「あぁ」

 俺の服が少ないこと、そして、レゥの新しい服がないことを伝えてみる。

 クエスタは少し考えこんだ後、にっこり笑ってこう言った。

「えぇ、大丈夫ですよ。そういえば、まえにもらったお金がありましたしね」

「おぉ、ありがたい!」

 小さくガッツポーズ。それを見ていたヒュノも、丸いパンを口の中に放りこむと、椅子から飛び降りてレゥの手をぐいぐいと引く。


 レゥは多少困った顔を浮かべて、かじりかけのパンをお皿に置いた。


「さぁ、行くなのー!」

「ちょっと、姉さん、待ってください! まだ準備が……!」

 ずんずんと進むヒュノに、そのあとを追いかけようとするクエスタ。


「おいおい……」

 俺が立ち上がって向かおうとした時だった。

 

 一瞬ちらりと見えたレゥの顔。


 彼女の顔は……曇っていた。


―――

 家を出て、ニ十分ほど歩いたところにその店はあった。

 買い物に行っている大型の店とよく似た外見、白い壁で作られた大きな直方体の店だ。

 ガラスの奥にはたくさんの服が並んでおり、どれもきれいな服ばかり。

 ……俺には縁のない店だ。


「さっ、入るなのー!」

 レゥの手を引っ張って、ドアを開き店に入るヒュノ。

 すると、会計にいた、四十代くらいの女性店員がヒュノに手を振ってこういった。

「あらお嬢ちゃん、いらっしゃい。今日はお姉さんと買い物?」

「私さんの方がお姉さんなのよさー!」

 ぷんすかと怒るヒュノ。

 あれ? でも、BB団の時は自分のことを十二歳と詐欺してたような……。

 いまいち基準がわからない。


 レゥやクエスタ達と一緒に店を回ることにする。

 レゥのために女性ものの服のコーナーを回ってみることにした。


「ねぇねぇ、これいいのよさ!」

 そういってヒュノが持ってきたのが……。

 中心部にラメで模様が書いてある、黒いTシャツ。

 サイズは……小学生くらいのサイズだ。

「今日は姉さんの服を買いに来たんじゃありませんよ。そんな小さいサイズ、レゥさんは着れないでしょ?」

「むぅ、レゥだって私さんと一緒でつるぺったんなの! きっと着れるなの!」

 そう主張するヒュノだったが、彼女が持っている服の大きさはどう見てもヒュノには合わない。

 服が小さすぎるのだ。


 無言でヒュノから服を取り上げ、戻しに行こうとするクエスタ。

「ちょっと、待つなのー!」

 後ろから追いかけるヒュノ。

 これはもう、どっちが姉だかわからないな。


 彼女たちが別の場所に行ってしまったので、俺はレゥと一緒に服売り場を見る。

 レゥはきょろきょろと辺りを見回しては、ぽぉっときれいな服を見つめている。

「……」

 先ほど、ヒュノが持ってきた服にも、目を輝かせていた。


 俺はというと……。

「……俺、ここにいていいのか?」

 とてつもないアウェー感に悩まされていた。

 

 自分の服すら満足に知識がないのに、女性ものの服は全くわからない。

 店員に聞くにしても、元の世界ではコンビニ店員ですらハードルが高かった俺だ、聞けるはずがない。

 かといって、レゥの手前、恥をかきたくない……。


 変な意地とプライドが俺を締め付ける。

 今更になって冷や汗が噴出し、足ががくがくしてきた。

 静まれ……俺の中の邪悪よ、静まれ……。


 俺の中の何かと戦っていると、くいくいと服の裾を引っ張られる。

 ゆっくりと後ろを振り返ると、レゥが俺を見上げていた。


「な、なに……?」

 ひきつった笑みを浮かべてレゥの方を見ると、彼女はこう頼んできた。


「純騎に……服、選んでほしい……」

「……」


 一瞬、心臓が止まった。


 俺に服を選んでほしいといわれるのは、大体想像がついてた。

 ただ、いざ言われるとなると、ここまで苦痛なのかと。


「あー、あのな……俺は、レゥの好みがわからないから、クエスタとかに選んでもらえば……」

 一度深呼吸をし、レゥの方を向いてこういう俺。

 これでうなづいてくれればよかったんだが、彼女は首をふるふると横に振り、さらにこう言った。


「私、純騎に、選んでほしい……ダメですか?」

 言葉の最後の方は、震えていた。

 これに落ちない男はいない。


「……」

 呆然としている俺。

 遠くの方を見ると、ヒュノとクエスタがまだ言い争っている。

 内容は聞こえないが、大方どうでもいいことだろう。


 これは、やることはきまった。


「俺でよければ……選び、ますよ?」

 なぜか敬語でレゥに聞くと、彼女は笑みを浮かべてこくんとうなづいた。


―――

 とは言ったものの、どんなのがいいのか……。


 俺は今、彼女と一緒に服売り場に来ている。

 彼女の大きさに会う服が多い売り場だ。


 最初は俺が決めようとしたんだが、目移りしすぎて疲れてしまった。

 服って、こんなに種類が多いんだな……。


 というわけで、レゥの反応も見つつ、また探しなおすことに。

 

 ところで、ヒュノとクエスタにこのことを話すと、

『それは名案ですね。私は姉さんを連れて会計所にいますね』

 と、ヒュノを連れてどこかに行ってしまった。

 そのときの、ヒュノに対するクエスタの威圧感がすごいことすごいこと……。


「ヒュノ……。お前の犠牲は無駄にはしない!」

「純騎、どうしたの?」

 俺のつぶやきが聞かれてたようで、質問されたレゥには「ななな、なんでもない」と返しておいた。


 見回り始めて十分くらい経過しただろうか。

 レゥがくいくいと服の裾を引っ張った。


「あれ……」

「ん?」

 俺が彼女の指をさした先を見ると、そこには一着の服が。


 黒を基調としたフリフリがたくさんついた服で、胸には小さい黒のリボンが付いている。

 スカートにもフリルがたくさんついており、どことなくかわいらしい。

 ふわふわとした印象を受けるが、色のせいなのかびしっとした印象も受ける。

 というか、これは……。


「ゴスロリ服、というものなのではないだろうか?」

 俺も写真でしか見たことがなかったが、こんなにフリフリがたくさんついているものとは……。

 というか、動きにくくないのか、これ。


 レゥの方を見ると、キラキラと目を輝かせていた。

 彼女はこんなタイプが好きなんだろうか。


「レゥ、あれがほしいのか?」

 俺が問いかけるとビクッとして縮こまる。

 遠慮しているのだろうか?

 

 俺の服に顔をうずめる彼女。

 しかし、視線の先にはあの服がある。


「……」

 わかりやすっ!

 その言葉が出かけていたのをどうにか抑えた。

 

 すると、店員らしき人の一人が俺に話しかけてきた。


「あら、お嬢さんの洋服を買いに?」

「!!」

 きれいな店員が急に話しかけてきてどもる俺。

「は、はい……」

「こちらのお嬢さんですか……あの服ですね?」

「はい……」

 普通の受け答えすらできない俺にもにこやかに対応してくれる店員さん。

 その後、店員さんは服の場所まで行くと、マネキンから取り外して一式をまとめて持ってきてくれた。

「はい、こちらでよろしいですね」

「え……えと……」

「こちらの商品でしたら、現品限りだったので、それでよろしければ」

「え、あ……はい」

 どもりながらも俺は服を受け取る。

 ちらりとレゥの方を見ると、顔をぱぁっと明るくしていた。


 会計所まで行き、クエスタと合流する。

 クエスタは手を振ってはいたものの、顔が少し怖かった。


 会計中、俺はまたどもっていた。

「……」

 もっと、ほかの人と話す技量をつけないと……。

 俺はそう痛感した。

―――


 笑みをうかべて服が入った袋を持つレゥ。

 クエスタは笑みを浮かべていたが、ヒュノはがくがくと震えていた。

 確かに、俺も生きた心地がしない。


「……純騎、ありがとう」

 服の裾をつかみながらお礼を言うレゥ。

 俺は気の利いた言葉の一つも浮かばずに、ただ顔を赤くして彼女の方を見るだけだった。


 すると、クエスタが俺とレゥの間に入ってきてこういう。

「よかったですね、レゥさん。きっと、服だったら純騎さんがまた選んでくれますよ」

「ちょっ!?」

「……やった。純騎、また選んでくれますか?」

「ちょ、クエスタ!? レゥが本気にしちゃったじゃねぇか!」

 クエスタはフフフと不思議な笑みを浮かべて、ヒュノは呆れながら見ていた。


 そろそろ家につく、家についたらニーパに愚痴ろう。

 そう思いながら道を進んでいると、家の前に人だかりがいるのが見えた。

「なんだろ……」

 

 人だかりにいる人たちの姿は軽鎧を着ており、どう見ても兵隊のような見た目だ。

 剣を腰に携えており、近くには大型の戦車もある。


「なんだ、あいつら」

 俺がそうつぶやくと、兵隊のうちの一人がこちらに気付いた。


『~~~!!』

『~~!!』

『~~~~~!!』


 何か叫んでいるようだが、俺にはよく聞こえない。

 一歩近づこうとしたが、ヒュノとクエスタが前に出た。

 しかも、物騒なことに二人の手には武器が握られている。


「ちょっと! どうしたんだ!?」

 俺の叫びに、ヒュノが興奮気味にこう返した。

「あの趣味が悪い装備、間違いないなの! あいつら、この国を侵略しようとしている『エジ帝国』の奴らなの!」

「『エジ帝国』って、もしかして……」

 名前に聞き覚えはなかったが、ニーパがいつか言ってたことを思い出した。


―『もうひとつ国はありますが……まあ、今は話さなくていいでしょう』―


「ニーパの奴、そんな国のことを話さずに……」

 唇を噛む俺。

 こんなことになるなら、先に国の情報を集めておけば……。

 

 後悔先に立たず。

 兵隊たちはどんどん近づいてくる。

 戦車も徐々にこちらへ向かってきていて、正直俺らだけでは対処しようがない。


「純騎さん! どうします!?」

「つっても、逃げるしかねぇだろ!」

 俺がそう言うと、ヒュノが大きくうなづいた。

「了解したなの!」

 彼女は矢を構えて撤退する構えをとる。


 俺も、レゥの手を引いて逃げようとする。

 かっこ悪いとか言ってられない。生き残るのが大事だ。


「レゥ、逃げるぞ!」

 彼女の手は震えている、よほど怖いのだろう。


『待て! 逃走しても未来はないぞ!』

 兵隊たちが走ってくる。

 早く逃げないと……。


 がくがくする足で走ろうとする俺。

「レゥ!逃げるぞ……!」

 

 しかし、レゥの様子がおかしい。


 下をうつむいて、顔を真っ青にしているのだ。


 最初は恐怖からかと思ったが、それにしては冷や汗の量がおかしい。

 まるで……。


「まるで、何かを抑え込んでいるようだ……」



「純騎さん! 逃げますよ!」

「純騎ー!」

 少し離れた場所で二人の声がする。逃げないと……。

 

 俺が、二人のもとへレゥとともに逃げようとした時だった。




「ううぅぅぅ……」


 突如、レゥが口から言葉を漏らしながら、空を仰ぐ。

 そして、



「うううぅぅぅぅああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



 叫んだ……いや、これはもはや『竜の咆哮』の領域だ。


 直後、急に彼女の体が急激に変化した。


 白い肌にはどす黒いうろこが。

 背中には、大きな黒い竜の羽が。


 そして……。



『ゴギャァァァ!!』

 

 どす黒い巨竜が、俺たちの前に姿を現した。

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