第11章 ヒュノとの一日

「おっかいもの~おっかいもの~」

 横をスキップしながら歩くヒュノと、半ば疲れている俺。

 

 どうしてこうなったのか、話は三十分前に遡る。


―――

 俺が部屋でゴロゴロしていると、クエスタが訪ねてきた。

 なんだろうと思って聞いてみると、申し訳なさそうにこんなことを言われた。


『すみません、ちょっと夕飯の買い出しに行ってきてくれませんか?

 私、今手が離せなくて……』


 ――まあ、居候の身だし、このくらいは手伝ってあげてもいいかな。


 快く承諾すると、クエスタは俺に財布と買い物かごとメモを渡してくれた。

 肉とキャベツとカレー粉……何を作るんだろう。


 そして出かけようとした時、ドタドタと誰かが走ってきた。

 ――……正直、嫌な予感がする。


『純騎ー! 遊んでなのー!』

 クエスタに体当たりして金髪幼女が俺の視界の中に現れた。

 ……嫌な予感的中。


 そう、金髪ツインテで、水色の瞳を持つ幼女……。

『ヒュノ、参上なのー!』

 ……ヒュノが現れてしまった。


 まだ何もしてないのにガッツリと疲れが押し寄せてくる俺。

『どうしたなの? 私さんがくればもう安心なの!』

 無い胸を張るヒュノを見て、俺の疲れは三割増しになった。


 ヒュノが手を引いて家を出ようとした瞬間、クエスタにこう耳打ちされる

『……頑張ってください』

 ……他人事かよ、恨むぞ。


―――


 というわけで、ヒュノとふたりでデート中なわけだ。


「純騎ー! 早く来るなのー!」

「へいへいっと……」

 深いため息をつきながら彼女の方へと向かう。

 彼女の目の前にはおもちゃ屋が。


 ショーウィンドウにへばりついているヒュノ。

 俺ものぞいてみると、ソフビ製の怪獣の人形やミニチュアハウス、果てはおままごとセットまで。


「……これほしいのか? お前、仮にも二十歳だろ?」

「おもちゃに年齢は関係ないのよさー!」

 そう言ってガラスと木の扉を開けようとするヒュノ。

 そんな彼女の手首をぎゅっとつかみ、ずるずると引きずる俺。

 

 二十歳とは思えない体重の彼女は、非力な俺にもずるずると引きずられていた。

「なんでなのー!? これはひどいなのー! 鬼! 悪魔! 純騎ー!」

 そんな言葉を残して。



 その後、どうにか説得してポケットマネーからジュースをおごって機嫌をなおしたヒュノ。

 彼女曰く『このままだとクエスタも心配するからなの! 私さんの懐の広さに感謝するなの!』とは言っていたが、ジュースを飲んでいた時の彼女の顔の幸せそうなことと言ったら……。


 それからニ十分後、大型の店についた俺ら。

 クエスタはよくここに買い物に来るらしく、大体の物がそろってるらしい。

「ほら、ついたぞ。とっとと買って帰るぞ」

「はいなのよさー!」

 気合を入れなおし、俺が店に入ろうとした時だった。


「純騎、何か声が聞こえるのよさ」

「声?」

 ヒュノが指さしたのは、大型の店のわき。

 店と隣の家の間の小さな隙間だ。


『……!!』『……』『……!?』


 どうやら三人いるようで、言い争ってる声が聞こえてくる。

「純騎、これって、もしかして」

「……」

 俺の服の裾を握りしめ、怯えた声で問いかけるヒュノ。


 確かに、ここで見て見ぬふりをすれば俺らは傷つかずにすむかもしれない。

 でも……。


「黙って見過ごしたら男じゃねぇだろ! ヒュノ! 行くぞ!」

 気合を入れなおしヒュノにそう叫ぶと、彼女は顔をぱぁっと明るくした後に大きくうなづいた。


 高鳴る心臓を抑えながら隙間に近づく。

 言い争う声が大きくなっていく。


 ……背中が見えた。

 あれは、BB団か。

 本当にごろつき共の集まりだったんだな……。


「おい! おっさん!金出せや!」

「いてぇ目に会いたくねぇんだろ?」

 脅すような声が聞こえてくる。

 どうやら、BB団二人に男性がつかまってるらしい。


 どうするか考えた時に見えたのは、彼らの真上、三階の位置にあるバケツ。

 住人が置いていたらしく、ベランダの淵ギリギリに置いてあった。


 彼らに聞こえないようにヒュノに耳打ちする。

「ヒュノ、合図したらあいつらの上空に矢をお見舞いしてやれ」

「りょーかいなのよさー」

 ヒュノも小さい声で敬礼した。


 気を図る。

 三……二……一……。


「今だ! ヒュノ!」

「詠唱破棄『星屑の雨スターダスト・レイン』なのよさー!」

 俺の合図とともにヒュノが上空に矢を放つ。

 すると分裂した矢が左上からバケツに当たり、ぐらりと倒れる。

 

 上から降り注ぐアルミのバケツと大量の水。

 どうやら水が満タンに入っていたらしい。

「おい、おっさ……うわぁっ!?」

 胸倉をつかもうとしていたBB団のモヒカン野郎に水とバケツが降り注ぐ。

 彼は不幸なことに水を全身に浴びた直後、バケツが脳天に直撃して倒れてしまった。


「あ、兄貴ぃ!?」

 倒れたモヒカン頭を抱え上げるスキンヘッドのデブ。

 彼は口を黒いマスクで覆っていた。


 どうにか起き上がったモヒカン野郎が頭をさすりながらこちらを振り向き、こう叫んだ。

「てめぇら、なにしやがる!」


「お前らこそ何してんだ! 人の金強奪とか最低だと思わねぇのか!?」

 腕を組んで偉そうに返す俺。

 心臓バックバクだし、足はガックガクです、はい。


 ただ、ビビってるのを悟られたら負けだ。

 そう思った俺は精一杯のやせ我慢で言い放つ。

「てめぇら! こっちには最強の兵器があるんだ! それにこっちの方が地の利もある。諦めて帰れ!」

 その言葉に少したじろぐBB団たち。

 

 ……嘘は言ってないよ? 無限錬成でロケットランチャーを作り出せばいいし。

 威力は低いと思うが。


「……兄貴、どうする?」

 スキンヘッドがモヒカンに震えた声で問いかけると、モヒカンは舌打ちをした後に全力ダッシュで俺らの間を駆け抜けていった。

 要するに、逃げたのだ。


「あ、兄貴ぃ! 待ってくださいよぉ!」

 スキンヘッドはどたどたと鈍い走りを見せながら去っていった。

 

 どうにか一件落着。そう思ったのもつかの間。

「君たち、わたしを助けてくれたのか?」

 いきなり背後から話しかけられる。

 

 振り返ってみると、さっきまで二メートル先にいた男が俺たちの目の前にいた。


 ぎょっとする俺ら。

 そんなことは気にせずに黒いチェスターコートを着て黒いスパニッシュハットをかぶっていた彼は話を進める。

 震えていて、でも、それでいて芯がはっきり通ったような声だった。


「ありがとう……あいつらに金を巻き上げられそうになって困っていたんだ。もしあのまま巻き上げられていたらわたしは家に帰れない」

「そ、そうなんだ……」


 顔に無数のしわを刻んだ老紳士は、黒い杖を棒のように俺の方に向けた。

「おたく、名前は?」

 やんわりとしたその一言。

 しかし、なぜかミーサと対峙した、いや、その時以上の緊張感が走る。


「お、俺は力塚 純騎です」

「ほう、ジュンキ というのか。いい名だね」

 震えた俺ににこりと笑いかける老紳士。

 顔のしわは確かに笑っているが、目の奥はギラリと光っているようで、獲物を捕らえようとする虎の目のようだ。


「ジュンキ、いつかこのお礼はするよ、ご機嫌よう」

 そういうと老紳士はスパニッシュハットを右手で持ち上げ、そのまま手を振って去っていった。


 彼の背中を見つめる俺。

 なぜか寒気が止まらない。体の震えが止まらない。

 少ない直観力で俺は察する。


 ――もしかしたら、あの老紳士、やばいかもしれない。


 体の震えを止めようとヒュノの方を見る。

 ヒュノはあっけらかんと頭にはてなマークを浮かべていた。


 その様子を見てると、俺の震えがどんどん引いていく。

 居てよかった、ヒュノ。

 助かった。

 

 彼女は俺の方を向くと、首をかしげてこう言った。

「そんなに顔を青ざめさせてどうしたなの? 純騎。おしっこもれそうなの?」

 ……前言撤回。


 とりあえず震えも取れて金縛りもなくなった俺は、ヒュノの頭を軽く平手打ちして店へと足を進めた。

 

―――


「へぇ、そんなことが」

 夕食の席の話題は、今日俺が出会った老紳士だ。


「あぁ、ただの老紳士のようなんだけど、俺の体の震えが止まらなくなったんだ」

「なるほど……もしかしたら、気のせいなだけかもしれませんよ?」

 今日の夕食である肉キャベツのカレー炒めを食べながらクエスタは言う。

「だといいんだが……」

 

 俺がそう言ってヒュノの方を向くと、彼女は今まで見たこともないような難しい顔をしていた。

「どうした? ヒュノ」

「……ねえ、純騎、クエスタ、こんな言葉を知ってるなの?」

 彼女はようやく重い口を開けた。

 今までの破天荒な彼女から想像もつかないような、重く、ずっしりとしたトーンだ。


「熟練の戦士ってのは、実は目で相手を殺すことができるなの」

「目でか!?」

 俺の声にこくんとうなづく彼女。


「あの時、私さんはただの幼女として成りすましていたなの。でも、あいつは見抜いていたなの。

 『私さんが、戦闘能力がある』って」

「姉さんのことを、見抜く?」

「そうなの。第一印象で見抜いたあの老紳士……ただものじゃないなの」

 

 ヒュノの言葉を最後に、食卓に沈黙が流れる。

 しかし、その沈黙は長くは続かなかった。


「ま、今は気にしても仕方ないなの! ご飯食べるなの!」

 その沈黙を打ち破ったのは、ほかでもないヒュノだった。

 彼女は明るい声でそういうと炒め物に箸を伸ばしてパクパクと食べ始めた。


「もう、姉さん、驚かさないでくださいよ」

 クエスタも緊張の糸が切れたようで、笑っている。

「ごめんなのよさ!」

「もう、姉さんは驚かせるのが好きなんですから!」

 いつもと変わらぬ姉妹の会話。

 ……たぶん、ヒュノの言ったことは冗談なんだろうな。


 そう思った俺は、ご飯をかきこんで高らかにこういった。


「クエスタ、お代わり!」

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