第10章 クエスタの秘密

 あれから一週間が経過した。

 俺は練習に練習を重ね、どうにか短時間で錬成する技術を会得できた。

 実際、コツさえつかめば簡単な話だった。


 ……できたのは、昨日の深夜だが。


 ベッドと木の机しかなく殺風景だった部屋に、急に物があふれかえる。

 ポーション製作台、剣置き場、タンスに棚に……その他たくさん。

 失敗作も含めると、床には足の踏み場もない。

 

「……これ、どうしよ」

 俺が、唯一いれる空間がベッドの上。

 その場所で俺は頭を悩ませていた。


 こういう時、一番悩むのは失敗作の処理だ。

 俺が作った物体はすべて実体がある。

 なので、どうしても面積を取ってしまう。


 そして今回、俺が作った失敗作は……ざっと百。

 こんなの、どこに処分すればいいんだ。


 中には折れた剣や欠けた斧などもある。

 こんなの、外に出していたら危険極まりない。


「とりあえず、クエスタが来る前にベッドの下に片づけて……」

 重い腰を上げて片付けを始めようとした時だった。



 コンコンコンと、三回の軽いノック音。 

「純騎さーん、入りますよー」

「……っ!」

 クエスタの声。

 今一番、俺の部屋に入ってほしくない人だ……。

「ちょ、ちょっと待って!」

「?」

 俺の静止もむなしく扉が開く。

 扉の隙間からクエスタがひょっこりと顔をのぞかせた。


 クエスタは唖然としているだろう。

 そんな表情を俺は見たくない。

「あー……」

 俺は両手で自らの目を覆い隠す。

 失望するクエスタの顔を見ないように。


 だが、人間、見たくなくても興味がわけば見たくなるものだ。

 俺は気が付いたら指の隙間から彼女の方を見ていた。


 きっと失望しているだろう……。

 そう思いながら見てみたが、彼女の反応は意外なものだった。


「どうしました? 純騎さん」

 まるで何事もないように俺に声をかけてくれたのだ。


 もしかして、失敗品は俺にしか見えてないのか!?

「この状態を見て驚かないの!?」

 俺の質問に、彼女は照れ笑いでこう返した。


「だって……私の部屋もこんな感じですもの」



 目の前に広がったのは、俺の想像以上の光景……いや、想像以上のひどさだった。

 

 床には洋服や本が散乱し、ベッドの上はぐちゃぐちゃ。

 ゴミ箱からはゴミがあふれかえり、細かいゴミも数えると足の踏み場もなかった。

 掃除用具は……封が開けられていない。


 ……確かに、俺はクエスタの部屋に入ったことはない。

 というか、入れてくれなかった。


「こういう理由か……」

「あはは……お恥ずかしい限りです」

 一気にどっと力が抜ける俺と、申し訳なさそうに謝るクエスタ。


「……クエスタ」

「はい?」

 俺の、俺とクエスタの今日やるべきことは決まった。


「俺とお前の部屋、掃除するぞ」

「はぁ~い……」

 いささか気は向かないが、とりあえずクエスタの部屋から掃除することにした。


 ~~~

「クエスタ、この本はどこだ?」

「あっ、それは魔導書なので本棚の一番上ですね」

 始まってから十五分くらい経過しただろうか。

 どうにか通路が確保できるくらいにはきれいになった……気がする。

 

 先ほど拾った本を片手に椅子に乗り、本棚になおそうとする俺。

 椅子がぐらぐらと揺れて、とても不安定だ。


「だ、大丈夫ですか? 純騎さん」

 不安定な俺を心配してくれたのか、クエスタが声をかけてくれる。


「へ、平気平気! 俺、こういうの慣れてるから!」

 ひきつった笑みを浮かべそう返す俺。


 はい、そうです、慣れてるなんて嘘です。

 めちゃくちゃ怖いです。


 ――とっとと収納して下に降りよう……。

 そう思って少し右に体重を移動させた瞬間だった。

 

 椅子がガタンと大きな音を立てて、俺の体重がぐらりと横に流れる。


「……え?」

 どんどん地面が近くなっていき、そして……。


 ズシンという大きな音と共に俺は地面に激突した。


「だ、大丈夫ですか!?」

 駆け寄るクエスタ。

 

 正直、大丈夫じゃない。

 むっちゃ右肩痛い。

 あれ? これ脱臼してね?


「だ、大丈夫だ、クエスタ……」

 そう言って体を起こして立ち上がろうとした瞬間、肩に鋭い痛みが走る。


「……!!」

 声も出せずに肩を抑えてうずくまる俺。

 すると、彼女は俺の肩に手を当てて、呪文を唱え始めた。


「詠唱破棄『ミリヒーリング』」

 彼女の手のひらから温かい球体が出現し、俺の肩を覆う。


 じんわりと温めてくれる間に、俺の肩の痛みが少しずつ引いていくのを実感する。


「……ありがとう」

 俺がクエスタにそういうと、彼女は優しい笑顔でこう答えた。


「いえ、この前の戦いのときに助けていただきましたし、困ったときはお互い様ですよ」

「……」

 天使か、ここに天使がいらっしゃる。


 正直、俺は言葉が出なかった。


 その後肩も回復し、片付けも終わったので俺の部屋の片づけをすることにした。


「……相変わらず散らかってるなぁ」

 失敗作の散らかり具合を見てそうつぶやく俺。

 すると、クエスタは何かを思いついたような顔をして俺にこういう。


「純騎さん、これらはすべていらないのですか?」

「あぁ」

「じゃあ、この中心部一か所に集めてください」

「?」

 いわれるがままに失敗作を中央に集める。

 すると、クエスタは両手を前に出してこう唱えた。


「詠唱破棄『暗黒の穴ダークネス・ホール』」

 

 直後、黒い大穴が部屋の中央に出現し、ゴミや失敗作はその穴の中に落ちていった。

 

「……ふぅ。完了です」

 穴が消え、そう言葉を漏らすクエスタ。

 俺は口をあんぐりと開けていた。


 そんな俺に、彼女はいつもと変わらない調子でこう言う。

「さ、ご飯にしましょ? もう昼御飯の時間ですよ」

「……」

 クエスタが去り、一人取り残される俺。


「……そんなのあり?」

 それしか言葉が浮かばなかった。

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