第9章 錬成特訓

 次の日、俺はおっちゃんのオレンジジュースのコップを片手に図書館に来ていた。

 理由は、昨日のニーパのセリフの中にあった一言だ。


『【誰かに頼る】か、【自分の知識を増やすか】です』


「今の俺にできること、それは知識を増やして作れるものを増やすことだ」

 実際、異世界で生きていく以上、敵はBB団みたいなやつらばかりじゃないだろう。

 ドラゴン、キメラ、ゴーレム……異形の物が出てくる可能性だってないわけじゃあない。

 

 だったら知識を増やして、クエスタたちを守る。

 それが最善の手だと思った。


 ……図書館に行くことを、なぜかクエスタには止められたが。


 図書館は木製の薄汚れた床に、少しボロボロのテーブルが何脚かおかれていた。

 俺の身長の二倍か三倍あるであろう建物の壁には、天井まで本棚が積みあがっており、昼だというのに薄暗く、埃っぽい。

 当然人はほとんどおらず、本を読んでいる俺と、カウンターで分厚い本を眺めている背の小さい少年しかいなかった。


「……エルフポーションの作り方、伝説の剣、魔神の心臓」

 ぺらぺらと図鑑に目を通す。

 どれも見たことや聞いたこともないものばかりで、本当に異世界に来たのだと痛感させられる。

 

 ページをめくっていると、龍が鍔の部分に巻き付いている剣の絵が出てきた。

 どうやら、準伝説の剣らしく、ドラゴンなら一撃で葬れるらしい。

「つっても、こんなの作れるのか……?」

 一瞬笑い飛ばして諦めようとしたが、一瞬、こんな考えが頭をよぎる。


 ――まあ、できたら御の字くらいで作ればいいんじゃね?


 幸い、図鑑にはどういう性能か、どういう形なのかというのが書いてあった。


「……やってみるか」

 目を閉じ、意識を集中させる。

 頭に詳細な形を思い浮かべる。


 ――形は……鍔に龍が巻き付いていて、能力はドラゴンを一撃で葬り去れる……。


 そして目を開けると、本の上にそっくりそのまま、思い描いた形の剣が横たわっていた。


「うぉっ!?」

「そこ、うるさい。図書館では静かにしろというのは知らんのか?」

 俺が素っ頓狂な声を上げると、カウンターの少年から渋い声で怒られた。

 というか、君何歳よ? 背の割に声渋すぎない?


 ぺこぺこと俺が頭を下げると、少年はまったくと言いたそうに本に目線を戻す。

 ちょっとむかついたが、俺は気にせずにオレンジジュースを飲みながら剣を見つめた。


 どこからどう見ても図鑑そっくりな剣だ。

 試し切りはできそうにないが、刃の光具合から切れ味は良さそうだと推測できる。


「すげぇ……」

 ぽつりとつぶやく俺。

 というか、それしか感想が出てこない。


 とりあえず、これにぴったりな鞘をイメージして作ってみる事にした。


 ――素材は革で、大きさはこのくらいで……。


 そして目を開けるとそこにはピッタリサイズの鞘が。

 ご丁寧にベルトまでついていた。


「……」

 おもわず無言でにんまり笑う俺。

 周りから見れば只のおかしな男だろう。


 ――できた、まともなものが……。

 その事実だけで胸がいっぱいになり、思わず飛び上がってしまいそうだった。

 しかし、飛び上がったら飛び上がったでさっきの渋い声の少年から何か言われそうだからやめた。


「この図鑑、借りればもっとうまく作れるかもしれない」

 俺は軽くスキップしながらカウンターのところに持っていく。

 カウンターの少年は俺の顔をじろじろと見ながら、黒縁メガネの奥から目を輝かせてこういった。


「登録料百万な」

「ひゃ、百万!?」

「あぁ、百万ウィザだ」

 ウィザはこの国の金の単位だ。一ウィザは日本でいうところの一円だ……。

 って、そんなこと考えてる場合じゃない!


「登録料百万ウィザって、ぼったくりじゃねぇのか!?」

「ここの本はすべて王国書庫にあったものだ。そのくらいの価値はする。

 それとも何か? このくらいも払えない貧乏人が、本を借りようというのか?」

 青と白のストライプの長袖を着て白衣を羽織り、にやにやと嘲笑う少年。

 

 さすがの俺もカチンと来て、少年の胸ぐらをつかもうとした。


 その時だった。


「百万ウィザでいいんだな?」

 俺の後ろから、凜とした女性の声が聞こえる。

 振り返ると、金のストレートヘアーでコバルトブルーの瞳の、俺よりも頭一つ分背が高い女性が立っていた。

 彼女は地味な緑色の洋服と灰色のスカートを着用していて、右手には大きく膨らんだ麻袋が握られていた。

 

「あ、あぁ……」

 怯えながら少年が答えると、女性はツカツカと俺の前に割り込み、彼の前にドンと麻袋を置いてこういう。

「じゃあ、私が肩代わりしよう」


「えっ!?」

 渡りに船ではあるが……いきなりそんなことを言われても俺が困る……。

 しかも相手は巨乳で、美しい女性だし……。

 

「い、いや……あの……」

 俺が「いいです」と返そうとした時だった。

 

 少年は血相を変えて麻袋を突き返すと、俺と女性に向かってこう言った。


「俺は金には興味ない。只の冗句のつもりだったんだ。

 興が覚めた。とっととそれを持って出ていけ」

「ふむ、ならば仕方ない。君、出るぞ」

 俺は彼女に手を引かれ、そのまま図書館を出た。


 彼女の手は、とても硬かった。



 その後、彼女におじさんの店のジュースをおごる。

「ありがとうございます……あの」

「お礼なんていいさ。私も、偶然あの論争を聞いただけだからね」

 そう言いながら笑顔を浮かべる彼女。

 その笑顔はどこか神秘的で、どこかやさしかった。


「おやおや、純騎、恋人かい?」

 俺と女性の会話を聞きながら、カウンターからにやにやする店主。

「ち、ちげぇよ! この人には今日助けてもらっただけだって」

「いぃねぇいいねぇ。おじさんもあこがれるなぁ。おじさんの女房ときたら……」

 顎鬚を撫でながら話を始めようとしたおじさんに、女性はコップを渡す。


「ご馳走様。なかなか美味だった」

「おうおう、そうかいそうかい。ならよかった」

 女性の言葉にうんうんとうなづくおじさん。

 ……鼻の下伸びてるぞ。


 女性はくるりと俺たちに背を向けると、こう言い残して歩いていった。

「では、私は仕事があるのでな、失礼する」

 

 だんだんと小さくなる彼女の背中をボーっと見つめる俺。

 

 これが、これが一目ぼれなのか?

 頭は熱っぽいし、少し足は冷たいし……。

「おーい、純騎」

 おじさんの声でハッと我に返る。

「何? おじさん」


「ジュース、こぼれてるぞ」


 彼のそのセリフで、俺はようやく自分がジュースをこぼしていたことに気付く。


「う、うわぁぁぁぁ!!」

 大爆笑するおじさんと慌てふためく俺。

 はたから見れば滑稽だろう。


 この後、タオルをたくさん錬成してどうにかジュースを拭きとれた。

 後にこの事件を振り返った俺は、こう思った。 


 ――……これなら、ズボンとパンツを錬成しておくべきだった。




「って、グリムの図書館から本を借りてきたのですか!? 本当に!?」

 帰って早々、クエスタに驚かれる。

 その後話を聞くと、どうやら、誰に対してもあのような態度らしい。

 

 ……人がいない理由が理解できた気がする。


「まあ、大丈夫だったよ。偶然通りがかった金髪の女性が助けてくれてな」

「なるほど、運がよかったですね」

 そう、にこやかに笑うクエスタ。

 あの女性の笑顔もよかったが、やっぱりクエスタの温かい笑顔が好きだな と感じた。


「さあ、ご飯にしましょう? 今日は野菜カレーですよ」

「よし、食べよう!」

 クエスタの言葉で俺の腹の虫も限界になったようだ。

 俺と彼女は、ヒュノが待つ食卓へと足を運んだ……。



―――

 ウィザ王国から東に少し離れたところにある、城壁を築いた国。

 その国の上空はいつも分厚い雲で覆われている。

 それもそのはずだ。城壁から見える無数の煙突が昼夜問わず黒煙を出し続けているのだ。


 この街の名前はエジ帝国。

 機械と、武力の町だ。


 黒煤で汚れたビルの隙間。

 そこに彼女はいた。

 

 口元をマフラーで覆い隠し、黒い忍装束を身にまとった女性。

 腰にはクナイが1本とポーチ。

 そして、黒いショートヘアーと、獲物を狙う肉食獣のごとく鋭き目は、闇夜に隠れるならうってつけであった。


 彼女は腕を組み無言のままたたずんでいる。

 すると、そこにひとりの女性がやってきた。


 金のストレートヘアーでコバルトブルーの瞳の、背が高い女性。

 そう、先ほど純騎たちを救った彼女だ。

 

 彼女は銀色の軽鎧に身を包み、辺りをきょろきょろ見回すと、サッと女性に近づいた。


「約束の時間よ、サラ」

 忍の女性……『サラ』と呼ばれた彼女は深くうなづき、マフラーを下げる。


「えぇ、帝王直々の命令ですもの。直属隊の貴方が遅れるわけないと思って待ってたわ。ツェペ」

 もうひとりの女性……『ツェペ』はまるで分っていたかのようにクスリと笑う。


「で、どうだった? 潜入捜査は」

「あぁ、楽だったわ。途中、ごろつき共が追いはぎにやってきたけど、格闘術だけで倒せたわ」

「へぇ、よかったじゃない」

 サラはそういうと懐からたばこの箱を取り出して一本加え、火をつける。

 その様子を眉をひそめてツェペは見ていた。


 彼女の様子に気付いたサラは、いたずらな笑みを浮かべてツェペの方に箱を向ける。

「あなたも一本どう? 新味よ?」

「いらないわ。貴方と違って愛煙家じゃないもの」

 頼みを断られて「あらざんねん」と、まったく残念そうに聞こえないような声で箱をしまうサラ。


 その直後、サラの目つきが鋭くなる。

「……で、あいつは見つかった?」

 ツェペは首を横に振り、こう答えた。

「いや、見つけきれてないわ。ウィザにいることはわかってるんだけど……」

「そう」

 サラはそう答えると、いまだに煙が立ち上る空を見上げて、たばこの煙を吐きながらこうつぶやいた。


「あいつが持ち逃げした『あれ』。ウィザにわたると厄介よ。それまでに確保しないと……」

「わかっているわ」

 いらだちを見せながらツェペが言葉を吐くと、「じゃあ、また一週間後に」と右手を上げて去っていった。


 小さくなっていく彼女の背中を見ながら、半分ほど短くなったたばこを捨て、足で踏みつぶしながらサラはこういった。


「……どこにいるのよ、『竜神族の生き残り』は」

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