第6章 ブラッド・ブラック団
「くぁ……」
窓から差し込む太陽の光で目が覚めた。
新しい朝だ、希望の朝だ。
喜びに胸を開け、大空を仰げ。
一晩経ってみたが、俺の体に変化はない。
……本当に能力は身についたのか?
手始めに、思い浮かんだものを作ってみようとした。
「確か、ニーパは『作りたいものを作れる』って言ってたよな……?」
とりあえず、思い浮かんだもの……。
「……刀?」
それしか思い浮かばなかった。
日本にいたころに刀が好きだったかと言われればそうでもない。
しかし、なぜか思い浮かんだのは刀。
黒と鈍い銀の刃に柄と鍔が付いているシンプルな奴だ。
「……よし」
作るものを刀に決定した俺は、目を閉じ、意識を集中させる。
――……いでよ、刀!
……目を閉じたままだが、何も起きない。
手元に重みもないし、何かが光ったり、魔法陣が展開したような音も聞こえない。
「……なんだよ、失敗かよ」
やれやれと思いながら目を開けると、目の前に先ほどまでなかった1本の日本刀があった。
「どわぁっ!?」
思わず大声を上げる俺。
目をこすったり立ち上がって顔を叩いたり、逆立ちしたりしても日本刀は消えない。
これ、本物だよな? ぺらっぺらの紙だったりしないよな?
恐る恐る日本刀を手に取ってみる。
「……重っ!?」
第一声はそれだった。
俺の筋肉がないのもあったのか、両手で持ち上げるのがやっとで、振り回すなんて考えたくもない。
……侍は、相当訓練を積んでたんだな と実感した。
刃も本物なのか確かめるために指でなぞってみようとしたが、なにもついてない刃を触れる気は起きない。下手すればこっちが怪我をする。
――とりあえず、鞘も作っておくか。
とにかく軽くて、丈夫な鞘を作ろうとまた目を閉じようとした時、一階から声が聞こえてきた。
「純騎さーん、ご飯ですよー」
クエスタの声だ。
「は、はーい!」
とりあえず鞘を作るのを後回しにして、俺は一階に降りることにした。
~~~
「ふぅ、ごちそうさまでした」
「ごちそうさまなのよさー!」
朝食を無事に食べ終えた俺。
今日の朝食はハムエッグとトーストらしい。
……なんで、日本で食べれるものがここでも食べれるのだろうか。
あとでニーパの野郎に聞いてみるか。
「お口に合いましたか? 純騎さん」
「はい、おいしかったです」
「それはよかったです。姉さん、ちゃんとトマトも食べないとだめですよ?」
「えー!? 私はもうニ十歳なんだからトマトくらい食べなくてもいいのよさー!」
「もう、そんなんじゃいつまでたっても成長しませんよ?」
「むぅ……」
クエスタに丸め込まれてしまったヒュノ。
ヒュノは頬をぷくーとふくらまし、ふてくされてしまった。
「ふーん、もういいのよさ! クエスタなんて嫌いなのよさ!」
そんな彼女を受け流して、クエスタは俺に顔を向ける。
「純騎さん、このあたりってもう探索しましたか?」
「あ」
皿を運ぼうとしていた俺の足が止まる。
そういえば、ヒュノから引っ張ってこられたから、このあたりに何があるかは全くわからない。
たった一度の移動ですべての地理を把握できてるわけじゃないし、これじゃあ買い物をどこですればいいかもわからない。
いや、無限錬成があるから買い物もいらないかもしれないけど。
「いや、大丈夫ですよ、地図を作って……」
「よろしければ、私が案内しましょうか?」
突然のクエスタからの申し出に一瞬反応が遅れる。
ビクッと止まった後に、油をさしていないロボットのようにふりかえる俺。
クエスタの顔を見ると、天使のような笑みを浮かべていた。
「え、いいんですか?」
「はい、姉さんのヒーローですから」
そういうとクエスタはそそくさと立ち上がり、小さなショルダーバッグを肩にかけると、
「では、行きますよ? 純騎さん」
と俺の手を握った。
「!!」
初めてやさしく握った女性の手は、とても柔らかく、もろく、すぐに崩れてしまいそうだった。
頬が熱くなるのを実感しながら、かろうじで平常心を保ち、彼女の顔を見る。
彼女はふてくされていたヒュノに「姉さん、行きますよ、純騎さんを案内しますよ」と声をかける。
すると、ヒュノは目をキラキラさせながら立ち上がり、ルンルンとスキップしながら荷物を持った。
「クエスター、純騎ー、早くいくなの―!」
その言葉とともに玄関に向かう彼女。
その様子を苦笑いしながら見ていたクエスタは、俺の方を向いてやさしくこう言った。
「さ、私たちも行きましょうか」
俺は、こくんとうなづくことしかできなかった。
~~~
「で、あちらが青空市場で、こちらが図書館で……」
煉瓦組みの家と石畳の町を案内される俺。
クエスタは先ほどから、熱心に位置を教えてくれているが、正直俺の頭には入っていない。
当たり前だ、なぜなら……。
――ずっと、手をつながれていると、緊張する……。
そう、クエスタが手を離さないのだ。
これ、状況が状況なら軽いデートだ。
ヒュノは俺の後ろから口をとがらせてついてくる。
「クエスター、喉乾いたなの―!」
「姉さん、もう少し待ってくださいね。今、フルーツジュースの店を通りがかりますから」
そう言って指さした先にあるのは、なにやら丸いのぼりが掲げられた店だ。
なるほど、こっちでもフルーツというものはあるのか。
……なんか、日本にいるときと大差ないような気がするが。
「わーい、フルーツジュースなのー! クエスタ、太っ腹なのー!」
大声ではしゃぐヒュノに、控えめな笑みを浮かべるクエスタ。
そんなほほえましい光景は長くは続かなかった。
『おい! この辺でやられたんだよな!?』
『ヘイ! 知らねぇ男からいきなり殴られたでやんす!』
ガラの悪そうな集団数人が道の先に現れた。
数は……十人くらいいるんじゃないだろうか?
「げっ! あいつは……」
ヒュノが顔をしかめた。
そして、俺も顔をしかめることになった。
そう、その集団の真ん中には、俺がぶん殴った男がいたんだ。
「……あいつら、何者なんですか? クエスタ」
俺が聞くと、クエスタは少しひきつった笑みを浮かべた後に、こうつぶやいた。
「……あれは、この街のごろつきの集まり、『ブラッド・ブラック団』人呼んで『BB団』よ」
「BB団……」
彼らは全員、お揃いのガラの悪い服を着ている。
何? 不良ファッションが異世界のトレンドなの?
『お前を殴った奴はどっちに逃げた!?』
『知らねぇでやんすが……。まだこの町にいるはずでやんす!』
そんなことを言いながらこちらへ向かってくるBB団。
「純騎さん……、一旦端に避けましょう。あの人たち、絡んでくるとろくな事無いですから」
クエスタの耳打ちには俺も賛成だ。
おそらく、あいつらが狙ってるのは俺。
だったら、ここは一度身を隠した方が良い。
……無限錬成の力も、まだ使いこなせてないだろうし。
そう判断した俺は、ヒュノの方に顔を向ける。
すると、彼女は冷や汗をだらだらとたらしながら下をうつむいていた。
そういえば、ヒュノと初めて出会ったとき、あいつらのひとりがいたよな……?
そして、彼女のこの反応、もしかして、何か隠してる?
「なぁ、ヒュノ……」
俺が彼女に問いかけようとした時だった。
「見つけたぞ! 昨日の詐欺幼女め!」
男の叫び声が聞こえる。
BB団の方からだ。
振り返ると、BB団の真ん中、俺が昨日ぶん殴った奴が激高した表情でこっちに駆け寄る。
その際、こんなセリフを叫んでいた。
「てめぇ! よくも俺におごらせて所持金をすっからかんにしやがったな! しかもお前、二十歳じゃねぇか! 十二歳って嘘かよ!」
「……」
「……」
冷や汗を噴きだしながら黙り込むヒュノ。
殺意に満ちた笑みで彼女を見つめるクエスタ。
……つまり、は。
「ヒュノ、お前、詐欺やったのか?」
「詐欺じゃないのよさ! 騙される方が悪いのよさ!」
「開き直りかよ!」
俺の問いに開き直る彼女。
彼女はまるで、自分は悪くないといわんばかりに地団駄を踏む。
「大体、合法的に十二歳と付き合えると思っているロリコンなあいつが悪いのよさ! 私さんは何も悪くないのよさー!」
高らかに最低な事を言いきったヒュノ。
そんな彼女に、クエスタはこう言い放った。
「じゃあ、明日から姉さんのご飯はパセリのみですね」
「すみませんでしたのよさ!」
言葉を聞くや否や土下座するヒュノ。
って、早すぎだろ!
殺意に満ちた波動を浮かべながら微笑むクエスタ。
……これ、放っておいたらヒュノが殺されるぞ。
「まあまあ、クエスタ、説教は家に帰ってから……」
俺がフォロー代わりに言葉を入れた時だった。
息を切らせながらあいつが止まり、俺の顔を見るなり驚いた表情でこう叫んだ。
「って、てめぇは昨日俺をぶん殴った奴! その幼女の仲間だったのか!」
「……」
俺の存在がばれたか。
額に手を突き、あきれる俺。
「ぼさぼさ頭の男! てめぇは生かしちゃおけねぇ! ついでに詐欺幼女もな!」
「私さんはついでなのよさ!?」
鉄パイプを持ちながら怒りをあらわにするBB団と、怒りをあらわにするヒュノ。
……今回ばかりはヒュノと俺が悪いと思うが、今は命の危機だ。
正直、俺は耐久力は上がる気がしないから、鉄パイプで殴られただけで死ぬ。
って、彼女たち姉妹は大丈夫なのか!?
いきなりごろつき集団に絡まれて……。逃げた方が良いんじゃないか?
そう思って彼女たちの方を見た。
「姉さん、説教は後です。まずは、降りかかる火の粉を払いましょう」
「りょーかいなのよさー!」
なんということだ。俺の心配なんてなかったかのように戦闘準備をするふたり。
クエスタは何処からか杖を取り出し、ヒュノに至っては……何もないところから短弓を作り出したぞ!?
「純騎さん! あなたは下がっていてください!」
いつもの何倍もしっかりしたように見えるクエスタ。
俺に戦闘をさせたくないのだろう。
彼女たちふたりは俺の前に躍り出た。
「てめぇら、何のつもりだぁ!?」
「BB団! 年貢の納め時なのよさー!」
「私たちや純騎さんに害をなすのであれば、全力でたたきつぶします!」
BB団のメンチ攻撃にも動じないふたり。
すると、一瞬ひるんだ彼は、ぎろりとした笑みを浮かべると、後ろの方を振り向いてこういった。
「おぉい! モーサン! カッチン! 出番だぞ!」
直後、集団の中からふたりの男が走ってきた。
体系は違えど、持っている武器は鉄パイプ。服装も一緒という、統一感だけは一丁前な集団だ。
「俺達はなぁ、女子供にナメられたら終わりなんだよ!」
右側のやせ形の男性……モーサンと呼ばれた奴がドスをたっぷり聞かせた声でそういう。
そして、左側の太っちょの男性……カッチンと呼ばれた奴も、それに便乗してこう言い放つ。
「おとなしくしていればよかったものを……後悔するなよ!」
そして、最後の中心部にいたあいつが、鉄パイプを上にかかげ、こういった。
「お前ら! 血肉祭りの始まりだ!」
BB団員たちが思い思いに騒ぐ。
ヒュノとクエスタは一歩も引かず、ただ、己の獲物を握りしめていた。
「その首、狩らせてもらうぜぇ!」
モーサンがクエスタに向かって突進していく。
俺の何倍もの速度で彼女に向かっていくモーサン。
しかし、クエスタは動じることなく、杖を構えていた。
そして、杖を前に差し出すと、決意のこもった声でこう言った。
「防壁展開!『
刹那、彼と彼女のあいだに、半円型で半透明のシールドが展開される。
一瞬ひるんだ彼だったが、鉄パイプで殴りかかる。
しかし、無残にも全て弾かれてしまっている。
それにしてもすげぇな。ここ、本当に異世界なんだ。
ドッキリでテレビ局が用意した世界じゃないんだな。
魔法の詠唱とか初めて見た。
そんなことを俺が思っていると、クエスタが横にいたヒュノにこう指示する。
「姉さん! お願いします!」
「はいはいなのよさー!」
彼女は弓を引き絞ると、モーサンめがけて黄金色の矢を放った。
それは、まるで彗星のように一直線に向かっていき、そして彼の手元にヒットした。
ガキン という衝撃音の後、鉄パイプが宙を舞い、はるか後方に落下する。
ガランガランと鉄パイプが落ちる音がした後、モーサンは歯をぎりりと噛みしめ、握り拳を固める。
「貧弱なのよさ! そんなんじゃ虫も殺せないのよさ!」
ヒュノの計算され尽くした挑発が癪に障ったのか、彼は固めた拳で彼女の元まで一直線。
「ヒュノ!」
俺が叫ぶ間に彼女とモーサンのあいだにクエスタが割って入る。
もちろん、愚者の盾を展開済みだ。
そして、クエスタはモーサンを睨みつけると、いつになく低いトーンでこう叫んだ。
「あなたには、この舞台から消えて頂きます!」
直後にモーサンは宙を舞った。
クエスタが盾で思いっきり殴り飛ばしたのだ。
エビぞりになって宙を舞うモーサン。
彼を無視して、ヒュノはBB団の男に体を向け、杖を構えて詠唱する。
「『汝、生ける罪人。我、今こそ裁かん』」
詠唱が進むごとに彼女の杖の先に浮かぶ、火の球体がどんどん大きくなっていく。
そして、杖を振り上げこう叫んだ。
「全てを燃やし尽くせ!『
放たれるバスケットボールくらいの大きさの火の玉。
それは一直線に男に向かっていった……はずだった。
「『鋼鉄の肉体』!」
ぐいっと謎の力によって進路を変えた火の玉は、そのままカッチンの方に向かっていく。
そして、彼はその身で火の玉を受け止めた。
「うそぉっ!?」
変な声が上がる俺。
「驚いたかぁ! カッチンはな、魔法誘導ができるんだよぉ!」
高笑いをするBB団の男。
しかし、クエスタはそんな言葉には耳を貸さず、ヒュノに向かって親指を上げた。
「わかったなの!」
ヒュノはそううなづくと、弓を引き絞って詠唱。
「『集いし星が、新たな道を作るなの!』」
矢の先端に溜まっていく光。
そして、矢を放つと同時にこう言い放った。
「『
放たれた矢は天高く舞い上がったかと思うと、そのまま無数の光の矢となり急降下。
BB団の男たちに振りそそいだ。
叫び声をあげながら倒れるBB団たち。
なるほど、誘導できるのならば、それより多い力で殴ればいい。
そういう理論か。
「やったなの! クエスタ!」
「やりましたね、姉さん!」
先ほどまでの喧嘩はどこへやら。
二人ともガッツポーズを決めている。
倒れこんでいたカッチン。
そしてふらふらと立ち上がるBB団の男。
「てめぇ、まだ俺は倒れちゃいねぇぞ!」
ギロリとこちらを睨みつける彼。
思わず腰が引けてしまうほど恐ろしかった。
「……
ヒュノがさらに矢を構え、執念のみで立ち上がっている男に狙いを定めた時だった。
『お前たち! 下がっていな!』
突如聞こえる威勢のいい女の声。
BB団の後ろから聞こえてきた。
「なんでしょう……」
クエスタが杖を下ろしてそうつぶやくと、BB団の壁を割って誰かが歩いてきた。
黒いマントを身に纏った、ワインレッドのロングヘアー。
スタイルが良く、それでいて胸も大きい。
両手には2丁のライフル。それになにより……。
顔の傷。
鋭き眼光と頬の切り込み傷。
一度見たら忘れられなさそうだ。
そんな、異色ともいえる女が俺らの方まで歩いてきた。
そして、じろじろと俺達三人を見ると、にやりと笑ってこういった。
「あたいはこのBB団のボス。どうだい? あたいと勝負しないか?」
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