第4章 小さい姉と大きい妹
「ただいまなの―!」
少女が元気よく中に入る。
すると、家の中からやさしそうな女性が聞こえた。
「あら、おかえりなさい」
家の奥にいるであろうその声の主に、少女は「今日はお客さんを連れてきたなの―!」と俺の手をつかみ、
「ほら、あなたも入るなの!」
とグイっと家に引き込んだ。
白い壁の、清潔感があふれている家の右奥からは、トントンとリズミカルな音とともに何かを煮込んでいるいい匂いが漂ってきた。
「クエスター、帰ってきたなのー!」
俺の手を引き、匂いの場所まで歩いていく少女。
すると、長身の女性がひとり、エプロン姿で振り向いた。
「あら? そちらの男性は……」
「あ……あはは……」
いきなり問われ、苦笑いを返す俺。
当たり前だ。俺は女づきあいの経験はろくにないんだ。
いきなり美少女にたずねられたらテンパるに決まっている。
すると、少女はクエスタと呼ばれた女性に笑顔でこう言った。
「この人は、私を暴漢から守ってくれた、正義のヒーローですなのー!」
……正義のヒーローか。悪くないな。
っていやいやいや。普通、子供のいたずらと思って警察呼ばれるはずだろ? この国に警察があるかは知らないけど。
……これ、俺、ピンチじゃないか?
しかし、俺の予想は大きく外れた。
彼女は目を丸くすると、手をパンと叩くと、こういった。
「まあ、ありがとうございます! 私の姉を助けていただいて!」
「いえいえ、当然のことをしたまでですよ」
おだてられていい気になっていたが、俺は聞き逃さなかった。
――ん……?
――……姉?
「えーと、自己紹介させていただきますね」
あの後、俺はクエスタの家でご飯を食べることになった。
正直、身寄りもなかったし、ありがたい話ではあったのでご相伴にあずからせていただくことにした。
「私が、妹のクエスタです。15歳です。で、こちらが」
「姉のヒュノなのー! ピッチピチの20歳なのよさー!」
クエスタの横に座っている少女……『ヒュノ』が元気よく右手を上げる。
「……」
俺は、混乱していた。
いや、クエスタはまだ、発育がいい女性としてわかる。
でも、ヒュノの方は……、若作りしすぎって次元じゃないぞ?
新たな世界に目覚めようとしていた俺がバカみたいだ。
そんなことを思いながら、進まないスプーンでシチューを食べていると、クエスタが心配そうにこう問いかける。
「そういえば、貴方はどこからいらしたのですか? ここら辺ではみたことないので……」
「あー……」
そこは盲点だった。
痛い部分をつかれ、匙が止まる。
ここまで来たんだ。もう日本に戻ることは不可能だろう。
しかし、わけのわからない異世界で野宿はきつい。
だが、正直に答えたとしても……。
うんうんと頭を悩ませていると、口の周りにシチューをベッタベタにつけたヒュノが、椅子の上に立ち上がってこういった。
「そうなの! この、正義のヒーローさんを私のうちに住まわせるなのー!」
「えっ!?」
突然の発言に俺は変な声を上げる。
「私、また、いつ襲われるかわからないなの! だったら、このヒーローさんに守ってもらった方が安心なの!」
胸を張りそういうヒュノ。
しかし、おろおろとしながらクエスタがこうなだめる。
「で、でも、彼も家があるでしょうし……。無理矢理引き留めるのはなんか悪いような気が……」
「嫌なの! ヒーローさんは私と一緒に過ごすなのー!」
「姉さん! わがまま言わないでください!」
姉妹げんかを始めるヒュノとクエスタ。
こう見ると、本当に姉妹っぽいな。姉と妹が逆な気がしてならないが。
そんなことを考えていると、ヒュノが急にこちらの方を振り向きこういう。
「ねえ、ヒーローさん! あなたは過ごすのは賛成なの!? 反対なの!?」
「お……俺は……」
ついつい口ごもる俺。
いきなり見ず知らずの家で過ごすってのはさすがに少し抵抗がある。
でも、居場所がないのも事実だ……。
じゃあ、玉砕覚悟で聞いてみるか。
「そちらがいいなら……俺はかまいませんが」
そう言ってクエスタの方を見る。
クエスタは目をぱちくりさせると、少し考えこんだ後にこう言った。
「……貴方さえよければ、私はいいですよ? 見たところ、ここの町の人ではありませんしね」
まじか。
それを皮切りにトントン拍子でヒュノとクエスタが話を進めていく。
……俺は置いてけぼりだ。
「よし、決まったなの! ヒーローさん、今から私の家に居候するなの!」
「そういえば、まだ名前をうかがってませんでしたね。名前は何というのですか?」
クエスタがそうたずねる。
そういえば、まだ名前を話してなかった。
「俺の名は
「純騎さんですね。よろしくお願いします」
「よろしくなのー!」
……常時ふたりのペースだったが、どうにか寝床は決まった。
「……異世界生活、悪くねぇかもな」
「何か言いました? 純騎さん」
「い、いや、なにも」
何はともあれ、俺の異世界生活はここから幕が開いた。
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