第3章 始まりの大地
次に意識が戻った時、俺は路地裏らしき場所にいた。
立っていた場所は人が一人通れるか通れないかくらいの狭い道。決して、表通りではないと思いたい……。
「ここは……?」
周りには煉瓦の塀と煉瓦の建物。ちょうど、欧州の建物のような感じだと俺は思う。
確かに、俺の元居た世界とは全く違う。だが、もうちょっとまともな場所に飛ばしてくれよ……。
「ったく、ニーパの野郎。次あったら覚えておけよ……」
そんなことをぼやきながら、狭い通路を注意して歩いていた時だった。
「やめてなの!」
悲鳴にも似た叫びがどこからか聞こえる。
「なんだ今の声は!?」
声のした方へと俺は走る。
道の突き当り、ちょうど家と塀の角になった部分に趣味の悪い服の背中が見えた。
金の刺繍で龍の文字が彫られている。というかこの世界にも漢字はあるのか。
「いいじゃねぇか、ちょ~っと、お兄さんについてきてくれりゃぁいいからさぁ」
「嫌なの!」
カツアゲかなにかはわからないが、悲鳴の主がこいつに絡まれていることだけは確かだ。
「誰か! 助けてなの!」
悲鳴の主のその言葉に、趣味の悪い服の男は言葉の節々に出てくるイラつきを隠そうともせず、強く言い放つ。
「どうせ助けなんて来ねぇよ! 諦めろ!」
……その光景にイラつくと同時に、自分の無力さをかみしめる。
俺は元々喧嘩は弱く、武力で物事を解決したことなんてない。
――くそ……俺は目の前のイラつく野郎に何もできねぇのかよ。
奥歯をギリリとかみしめる。
――ニーパの野郎、何が副賞だ。こんなんじゃ、異世界で生きていけねぇ。
両手を、痛くなるほど握りしめた。
そして、知らず知らずのうちに口からこんな言葉を漏らしていた。
「……俺に、あいつをぶっ飛ばすものをくれ」
俺の言葉が奇跡を起こしたかはわからない。
しかし、確実に状況は変化した。
握りしめていた俺の右手。
そこに、『初めからつけていた』ように何かが生み出されていた。
……『メリケンサック』
「……」
これが副賞か、ニーパ。
持つと力が湧いてくる。勇気が出てくる。
……これしか手がないのなら。
「やるしかねぇなぁ」
「いいのかぁ? 痛い目みるぜぇ? 嬢ちゃん」
男が声の主をなめた口調で脅した時だった。
「おい」
精一杯のドスを利かせる。
男は一度動きを止めた。
「なんだぁ?」
そいつが機嫌悪そうにこちらを振り向いた瞬間。
俺はメリケンサックを付けた右腕を思い切り振りかぶり、相手のペチャ鼻にストレートを叩き込んだ。
「吹っ飛べ、地獄の果てまでな」
俺のその言葉とともにゴリっという鈍い音が聞こえ、相手の顔面に拳がめり込む。
そして、男は声も出せずにそのまま後ろへと倒れこんでしまった。
「……」
つけられているメリケンサックを見つめる俺。
確かに、思いっきり振りかぶったというのもあるし、これをつけていたというのもある。
だけど、ここまで簡単に相手が倒れるなんて……。
正直、声が出なかった。
「……あ、あの」
声の主の震え声でハッと我に返る。
男に脅された相手のことをすっかり忘れていた。
壁にもたれかかり、ぺたんと座っていた少女。
水色の瞳に、少し日焼けした肌。
金色のツインテールはいかにも外国の少女という感じがした。
服が丸襟の白いシャツと水色のスカートで、俺が見た感じ12歳くらいだと思う。
「……怖がらせたな、大丈夫か?」
冷静を装った俺は、逃げ出される覚悟を持って少女に手を差し伸べる。
すると、彼女は俺の顔を見るなり、目をキラキラと輝かせて
「すごいなの! 私を助けてくれてありがとうなの!」
と、小さな両手で俺の手をぎゅっと握りしめた。
その手は柔らかく、温かく、何かに目覚めてしまいそうだった。
「……無事だったならいい」
何かに目覚めてしまう前に、俺は平常心を取り戻し、くるりと彼女に背中を見せる。
「じゃあな、気を付けて帰れよ、お嬢ちゃん」
そう、かっこよく立ち去ろうとした時だった。
いきなり、ガシッと彼女に右腕をつかまれる。
「え?」
俺が間の抜けた声を上げると、彼女は、元気いっぱいに走り出した。
「助けてくれたお礼に私の家へ招待するなの!」
その言葉とともに。
「ちょ、ちょっと待て!」
俺の動揺交じりの言葉なんて彼女は聞く耳持たず。
どこに隠し持っていたんだというほどの力で引っ張られ、俺は彼女のあとを走る羽目になった。
というか、この速さとこの力なら、自力であのピンチを脱出できたんじゃ……。
煉瓦組みの家の間と石畳の地を駆け抜ける俺たち。
「こっちですなのー!」
「って、まだ走るのか!? 結構走った気がするけど!」
前の世界だと運動が苦手だった俺は、体力がまったくない。
しかし、彼女は暴走列車のように走り続ける。
道行く人をかき分けて、露店に体当たりして台無しにし、街を抜け出した。
というか、大丈夫なのか? 露店ぐちゃぐちゃだったぞ?
走り始めて30分後。
「ついたなの~!」
笑顔で指をさす少女。
余裕そうな彼女に比べ、俺は足は笑っていて息も絶え絶えだった。
「……やっとついたか」
ぜぇぜぇと息を切らせながら、俺は彼女が指さした方向を見る。
目の前には白い煉瓦のようなもので作られた、2階建ての四角い家が建っていた。
屋根が三角形で、青色に塗装されている。
「ここ、君の家?」
「そうなの! 早く入るなの!」
彼女は俺の問いに軽く返した後、手を引きながら茶色の大きい扉を元気よく開けた。
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