第2章 空白の時間

 俺は、あの時……。


*


 あの時、俺は下校の最中だった。


「ふわぁ……帰ろ」

 夕日を浴びながら帰宅する俺。

 俺の周りには誰もいない。無論、親友と呼ばれる奴も俺にはいない。


 男は孤高な存在。そうだろ?


 いつか俺の才能を認め、拾うやつが現れる。

 それまで俺は孤高の存在になる。


「それにしても、今日は特に疲れたな……早く帰って寝るか」

 俺がフラフラしながら横断歩道に差し掛かった時だった。


 悲鳴が聞こえ、クラクションが鳴り響く。

 意識をはっきりさせた瞬間、目の前に見えたのは赤信号。


 そして、何かが俺の横からぶつかった。

 

 鈍い痛みと鈍い音。それとともに俺の体が宙を舞う。


 何が起こったかその時の俺には全くわからなかった。

 かろうじで視界に入ったのは……。


「……トラック?」



*


 さっきの映像が俺の視界から消えると、目の前には、自称女神が相変わらずむかつくくらいの笑顔を浮かべている。


「は~い、思い出しました~?」

「……」


 服が汚れていたのはそういうことか。

 やっと、全部合点がいった。


「俺、死んだんだな……」

「そうですよ~。大型トラックにはねられて即死っ! いや~、残念ですねぇ~」

 腕を組みうんうんとうなづく彼女。


「……で、自称女神」

「もー! 私は『自称女神』って名前ではありません! ちゃんと、『二―パ』っていうれっきとした名前があります!」

「じゃあ、二―パ」

 

 この自称女神……いや、二―パに問いかける。


「俺は、現実に戻れるのか?」

「無理ですね」

 あっさりと返された。

 

「だってあなた、トラックにひかれた衝撃で全身複雑骨折ですよ? それに火葬もすんじゃってますし、復活する肉体がないので無理です~」

「……」

 理屈は通っているが、さっき会ったばかりの奴にそこまで言われるとなんか腹立つ。


「じゃあ、俺はどうすればいい、ニーパ。この、何もない空間にずっといろと?」

「まあまあ、あわてず騒がず落ち着いて」

 ニーパは俺をなだめると、指を1回ぱちんと鳴らした。

 すると、亜空間らしき隙間が開き、四角い箱が出てきた。


 ぽかんと口を開ける俺に、首をかしげるニーパ。

「……お前、本当に女神なんだな」

 俺の言葉に、無い胸を張って威張るニーパ。


「まあ、私の力がわかったところで、ちょっとゲームしませんか?」

「ゲーム?」

 こくりとうなづく彼女。


「貴方、ゲームしますよね?」

「まあ、人並みにはやってたな」

 そこまで得意じゃなかったがな。


 

「じゃあ話が早いです! くじ引きしましょう!」

 そう言ってニーパは箱の天辺を俺の方に向ける。

 そこには、腕が1本通るか通らないかの穴が開いていて、その先は真っ暗で何も見えなかった。


 なるほど、商店街などでよくあるボックスタイプのくじ引きか。

「つまり、ここから1枚引けと」

「お、理解早いですね~。そうです! これでうまいくじを引けばここから脱出できますよ~」

「……」


 言葉を失う俺。

 ぶっちゃけ、胡散臭いし、どんなくじがあるかもわからない。

 でも、ここにとどまるのも嫌だ。


 何もない空間にいるよりか、どこか別の場所に行った方がましだ。


 一世一代の大勝負だ! 今こそ男を見せる時だ!

「よっし、乗ってやろうじゃねぇか! その賭け!」

 

 ニーパは俺を見てにぱぁっと笑った。

「は~い、では、1枚だけ引いてくださいね~。 不正は駄目ですよ?」

「おう」

 ニーパに言われ、俺は穴に手を突っ込む。


 さっきまでは穴の中はまったく見えなかったが、今は手の感触で大体中身が伝わる。

 なるほど、中身もまんま商店街のくじと同じだ。三角形の紙がいくつも箱の中に入っているようだ。


 この中からいいくじを引ければ……。


「……見えた!」

 直感に身を任せ、1枚くじを取り出す。

 すると、それは俺の手から消えたかと思うと、ニーパの手元にあった。


「は~い、開封しますね~」

 おっとりした声でくじを開封するニーパ。

 やっぱりこいつは女神だったのか。


 彼女はふんふんと口から漏らした後、手元にある紙とくじを照らし合わせている。


「なあ、どうなんだ?」

「ちょ~っと待ってくださいね、今探してますから……」


 彼女がそう返した直後のことだった。


「えっ!?」

 いきなり大声を出すニーパ。


「ん? どうした?」

 俺がそう問いかけると、ニーパは驚きの表情を浮かべた後に、服の懐から小さなハンドベルを取り出して鳴らす。

 

「大当たり~! 特賞の『異世界行き』です~!」

 その言葉とともに。


 そんなこと言われてもいまいち状況が呑み込めない俺。

「……異世界?」

「そうですよ! いやー、まさか私も特賞引かれるとは思ってませんでした~」

 そういうと何度も何度も紙とくじを見ているニーパ。


 まあ、つまり、だ。


「俺、異世界とやらに生まれ変わるわけ?」

「はい! その通りです~」

「マジで!? でも……」

 ニーパの言葉に一片の疑問を持つ。


「俺、異世界に行ったとしても言葉がわからないぞ?」

「あー、それだったら私の魔力で通じるようにしておきますよ~」

 なんと都合がいい。

 だが、そっちの方が俺は楽だし助かった。


「どうします? 一応任意なので引き直しも可能ですよ~?」

「……しゃーねぇなぁ。転生できるんだしするかなぁ」

「は~い、かしこまりっ!」

 ニーパはわざとらしく敬礼した後、指を1回鳴らす。


 直後、彼女を中心として目が眩むほどの光が発せられた。

 その光はとても暖かく、すべてを包み込んでいく。


「純騎さ~ん! 副賞もつけておきましたよ~!」

 ニーパの声を最後に、俺の意識はかき消えた。

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