第3話

【勇者でも魔王に恋がしたい!】


三話


いかにも名言らしいことを言ったくせに深海を歩いて数十分。全くそれらしいものはなく、ただひたすらにダンジョンの入口的なものを探しさまよう。わかんねえじゃねえか。

何この無理ゲー。やめたい。


「ねえ。諦めて魔王倒さない?」


「断る!」


「なんでよ?面倒臭いじゃんかー」


飽きたのかダルそうにそう言ってバニラが珊瑚に腰をかけると、ガチャっと変な音して、横にあった何の変哲もない珊瑚礁が動き始めた。


「お、おぉ?」


「……ここか?」


「……多分……そう、じゃない?」


「行こうか……」


生唾を飲み、恐る恐るその鯨の口並にでかいその門のようなものをくぐって入っていく。

入ると静かに扉がしまった。

どうやらもう引き返すことは出来ないみたいだ。

まあ、こんなのは想定内だ。だが、ひとつ問題があった。


「なぁ、みんななにか見えるか?」


「いや、ここ暗すぎてなんも見えねえわ」


「バニラ暗視呪文は?」


「任せて!ミエール!」


なんて安易な呪文なのだろうか。これで見えるようになるのだから楽なものよな。

でも、これで三十分で呼吸が出来なくなって死ぬなんてことは無くなった。ここは海底にあるのだが洞窟のようになっているので酸素はある。この扉が開いた時にもこの中に水が入り込むなんてことは無かった。


「とりあえず、行こうか」


暗視呪文を使っても、まだ薄暗い中を手探りで歩いていく。


「ひゃ!!ちょっとお尻触んないでよ!」


そんな中、急にバニラのうるさい声が響く。


「俺じゃねえぞ?先頭だし」


「ん?バニラが一番後ろなんじゃないか?」


「……そのはず、よね?」


「そ、そういえばそうだよね……ってことは誰なの……?」


「さ、さぁ?」


薄暗さと謎が恐怖を漂わせる。


「ねえ、ど、どどどどうしよう!!」


「し、知らねえよそんなもん!自分でなんとかしろよ!」


「ゴミクズ白状勇者!!私の代わりに振り向きなさいよ!」


「嫌だしーライドンさんとミカエルさんに頼めばいいだろ!俺はもう振り向かねえ!」


「あー!もう!どうにかなれ!!」


それからバニラの声が聞こえなくなった。


「……バニラ?」


反応がない。


「おい。今ここでおふざけはなしだろ?」


やっぱり、反応がない。


「ライドンさん?ミカエルさん?」


呼んでも呼んでも返事がない。


「どうなってんだよ……」


振り向くしかないか。仕方ない。恐る恐るゆっくりと後ろを振り向くと、そこにはなにもなく、誰もいなく、ただ暗闇が広がっていた。


「ライドンさん!ミカエルさん!バニラ!!」


やはり応答がない。どうやら一人になってしまったようだ。


「んな馬鹿な……」


どうしろってんだよ。

旅を始めて本当に初期の初期は一人だったが、それ以来ない一人ぼっちだ。

心細さが尋常ではない。だが、引くことはできない。


「やるしか……ねえか」


それから暫く暗闇を歩いていくと、だいぶ開けた場所に出た。そして、奥には大きな石みたいのが一つ。

ゴゴゴゴゴ!!!と、地面が削れるような音がその石からなり始めた。


「動いてる……のか?」


すると、その大きな石が、ギランと真っ赤に燃えるような紅が二つ光り、こちらを睨むように動いた。

その刹那、音もなく丸太のようなものが俺に向かって飛んできた。


「くっ!」


剣を出すのが間に合い、なんとか直撃は間逃れたが、吹っ飛ばされる。


「あ、あぶねえ……もろに食らったら死ぬぞ。これ……」


さっきのはなんだ?……尻尾か?

とりあえず、さっきの感じ俺の剣ではあんな岩みたいな分厚い鱗に斬りかかったところでただ弾かれるだけって感じだな。

呪文も……俺にはうまく扱えない。でも、ライトブレードならどうにかなるか?

背中から大剣を引っ張り出すと、この辺り一帯が光に包まれた。

そして、さっきまで暗がりのせいで見なかった大きな怪物が姿を現す。

紅蓮に染まった大きな体。鱗一枚一枚が光に反射し真っ赤に光る。手には大木、というかハンマー。そして、太く長い尻尾…………一人では手に余る敵だ。


「マルク!居るのか!?」


聞き慣れた声が聞こえてきた。


「ら、ライドンさん!?居るんですか!?」


「あぁ。ミカエルとも一緒だ」


「そうだったか!よかった!」


よかった……本当に良かった。二人の無事を………って、ん?俺の仲間にはもう一人いるのだ。


「……ん?バニラとも一緒か?」


「いや、そっちにいるんじゃないのか?」


「……嘘だろ?」


「マルク!バニラはどうしたんだよ!」


絶叫にも近いライドンさんの声が聞こえたが、俺にもわからないので、仕方がない。でも、あいつなら無事だ。確証も何も無いのにも関わらず、俺はそう確信していた。

なら、俺もこんなところじゃ死ねねえな。あいつには負けられねえ。この大剣に切れぬものは無い!!


「うぉぉぉ!!!」


勝負は大体一瞬でつく。雄叫びをあげながら、魔物の腹を真っ二つに切り落とし、やつは気味の悪い雄叫びをあげた。


「ライドンさん!ミカエルさん!バニラ!怪物は殺ったぜ!!」


手応えがしっかりとあった。

振り返って二人がいるであろう方へ手を振っていると、後から鋭い殺気を感じた。瞬時に振り向くと、さっき一刀両断した魔物が俺めがけてハンマーを振り下ろしていた。


「やべ。終わったなこれ……」


爆煙の中、早く教会でリセットされないかな……なんて思っていると、俺の目と鼻の先でハンマーが止まっていた。


「だ、大丈夫か!?」


「ら、ライドンさんなんですか?」


「あ、あぁ。ボケっとするんじゃない。あいつ地上の敵とはわけが違う」


確かに一筋縄では行かない相手だ。さっき斬った腹がみるみると治っていく。だが、俺らに負けはない。仲間が近くにいるのにみっともねえ姿は見せられねえからな。


「お前ら……何故ここに来た?」


知らない野太い声が俺らに問いかける。


「何故?魔王を助けるためにだ!」


「なら、お前らにあれは渡さん!」


「やっぱりここにあるのか……なら力ずくで取るまでだ!」


威勢を張ってそんなことを言って、暫くやつと戦ってわかったこと。とりあえず硬いし、こっちの攻撃が当たったとしても再生する。

こっちは情報収集していただけなのにボロボロだ。そろそろ蹴りをつけねえとまずい。

どうする。どうすればいい?攻撃が効かないんじゃどうしようもねえじゃねえかよ。


「……待たせたわね!」


そんな時、上の方から声が聞こえてきた。見ると上の高台の方に奴はいた。


「…………全くだぜ。バニラ!」


「大盗賊バニラ様に盗めないお宝はないわっ!」


防具って言っても軽いのかあいつの筋力がすごいのかは分からないが、その装備一式の入っているであろう箱を、ひょいと持ち上げて高台からこっちに飛んでくる。


「逃げるぞバニラ!用事は済んだからな!」


「うんっ!」


そして、俺らはそのでっかい怪物から来た道を逃げる。

スレスレでなんとかあのデカブツの猛攻を避けながらも扉までついた。


「ちっ、開かない!!」


ガチャガチャガチャ!!と、力任せに扉を開けようとするが、開かない。鍵がかかっているようだ。

なんだよ。クソ。この部屋から出れないじゃねえか!


「大盗賊これ、開けられるか?」


「ダメ……この鍵三重ロックだし、魔力でも封印されてるみたい!」


鉄金庫のような頑丈な扉なので武器使って力ずくでも無理だな……鍵も解くことは出来ない。

怪物の姿はないのが不幸中の幸いってところか……多分、ライドンさんとミカエルさんが引き付けてくれているんだろう。でも、それももうそろそろダメだ。二人もやばいはずだ。ここを抜けれねえとかなりまずい。

あいつが次は対策を練ってくるかもしれない。

そうなると、いくらバニラでも盗み出すのが困難になるだろう。


「うぉぉぉ!!!」


轟音と共に後から俺に向かって棍棒を振り下ろす強烈な一撃が飛んできた。

ギリギリ交わすことには成功したが、爆煙の中からのテールスイングに見事に当たってしまい、後ろへと吹っ飛ばされる。


「ゲホ………」


壁にぶつか、吐血する。肋、折れてるな………これ。


「大丈夫!?マルク!!」


「ま、まあ、大丈夫だ」


「どうしよう!マルク!ライドンさんとミカエルちゃんも居ないし!」


「お、落ち着け……」


考えろ。あのボスみたいなのは多分レベルマックスになっても倒せないような強敵だ。なら、逃げるしかねえ。だが、鍵だ。鍵がねえと脱出は難しい。それも三個も………

もう、これ完璧に詰んでるじゃねえか……


「いや、まだ脱出方法はある」


「み、ミカエルさん……良かった。生きてて……」


「泣いている場合ではないわよ。バニラ。あれを見て」


と、上を指さすミカエルさん。見上げるとそこには真っ黒の天井があった。よくみるとうっすら傷がついている。


「あれをあの怪物の力で開けるのよ!深海に出れば………頼りたくはなかったけど、魔王が地上まで引っ張ってくれるでしょ」


そう言われて、初めて容姿、武力、知力において完璧な勇者の俺は気づいた。


「……あ、帰りの算段付けてなかったや……」


「は、はぁ!?嘘でしょ?」


「いやーなんといいましょうか………てへぺろ?」


「うわぁ……ウザ。でも、助かるにはそれしかないんでしょ?なら、魔王を信じるしかないじゃない!」


胸を張ってバニラはそういって、壁を走って上り始めた。


「そ、そうだよな……ゲホゲホ……」


「一応、肋の骨だけは応急処置したから」


「ありがとう。ミカエルさん」


礼を言うとミカエルさんは目を背ける。


「ランドン!タゲ変えするわよ!!あの天井に行けるのはバニラだけなの!だからバニラが行くまでバニラに攻撃が行かないようにターゲットをバラさせるわよ!」


ミカエルさん流石だ。こんな時でも頭がフル回転してらっしゃる。


「ミカエルさん頼りになっちゃうなー!大好き!」


「……ふぇ!?」


「……え?」


突然のことすぎて俺の脳がフリーズした。


「……え?どさくさに紛れて告白すんなし!!しねくそ勇者!!」


バニラの声は右から入って左に抜けていった。聞き間違いか?いますっげえ可愛い声がミカエルさんから聞こえた気がするんだけど……


「バ、バカ勇者!戦闘に集中しなさい!!」


そうだった。今はそれどころじゃない。出た後にでもミカエルさんに直接聞けばわかるしな!

…………が、しかし、相変わらずにやつの攻撃が止む気配はない。正直結構きついのだが、ライドンさんはどうしたんだろうか?ミカエルさんの姿は見えるようになったが、ライドンさんの姿は未だ見えない。無事なのだろうか。


「いやいや、余計なことを考えるな!……ライドンさんならきっと無事だ!!」


俺はそう自分に言い聞かせ、目の前の敵に集中する。

奴の攻撃は非常に激しく、岩礁等に当たるたびに必ずと言っていいほど穴が開く。本当に速度も威力も異常だ。人間には勝てねえぞこれ。

それから俺とミカエルさん、そして見えないライドンさんもきっとこの猛攻を凌いでいるのだろう。

…………だが、もう、かなりやばい。歩けないほどにボロボロでギリギリに追い込まれていた。次の攻撃がこっちに来たら終わりだ。


「頼む……こっちに来るな」


そんな願いは届くわけもなく、奴は持っている棍棒を真上に振り上げた。


「おい!!化け物!!こっち!!………全く、遅いぜ!!」


それに反応し化け物はそっちの方を見上げる。


「どうやら、間に合ったみたいだな……」


なんて、少し気を抜いた時、その怪物は飛んだ。

そいつはとりあえずむっちゃ巨大な魔物なのだが、物理法則なんて無視してそいつはバニラのいる天井へと飛んだ。


「嘘だろおい!なぜあの巨体で飛べる?」


「ちょっと、飛んでくるのはせこいしキモいんだけど!!」


喚いているバニラには申し訳ないが、そのまま引き付けておけよ。

ガッサーン!!という轟音とともに化け物は天井に傷をつけ、そこの切り口から海水が流れ込んでくる。

そして更に、切り口は水の圧力に負けてか大きくなり瓦礫や水の塊が落ちてくる。

…………ここからは賭けだ。

あの水や瓦礫があの高さから落ちてくれば俺らは即死だろう。

だから魔王が本当に平和主義者で、誰として殺したくないって言うならば俺らをこのまま見殺しにはしないはずだ。


「どっかで見てるんだろ?なら、頼むぜ」


クジラが尾を打つような水飛沫の音が激しくした。

目を開けると、教会……ではなく、先程の怪物の死体が転がっていた。流石にあれはこの化け物でも耐えられなかったか。


「勇者?生きておるか?」


どこからともなく声が聞こえる。


「……こっちが知りたいくらいだ。アンナか?」


「無事だった。みたいだな」


「助かったよ。ありがとう」


「礼はいい。これからこっちにお前らを戻すが大丈夫か?海底と地上ではいろいろと違うので船酔いみたいになると思うが……」


「そのくらいはどうってことないさ。頼むよ」


そう言うと、直後にバチンと電撃でも放ったかのような音と共に頭を揺さぶられる。

気持ち悪い…………吐きそう……


「お、おい!どうした?」


「あ、あぁ……少し酔っただけだから大丈夫だ」


彼女はホッと息を漏らし、安堵したかのように見えた。それから、フラフラしつつも周りを見渡すと、さっきの化け物の死体などはなく、出発地点であった魔王城の大広間のようなところにいた。


「そういえばほかの三人は?」


「あっちで伸びてるよ。で、手に入れたのか?」


「あー。鎧か?あったし、手に入れた」


「そうか!では!」


興奮しているのか、高めのテンションでそういう魔王。


「待ってくれ。こいつらが目を覚ましてからでもいいだろう?こいつらが居なければ俺は地底深くで誰も知らずのうちに死んでた」


「……そうだな。すまなかった。皆の回復を待とう」


「ありがとう」


そう一言残して仲間の元に駆け寄ると、そこからは悪臭が立ち込めていた。皆重傷らしく、ライドンさんは鎧から血が滲むほどの出血。ミカエルさんは意識はあるが左脚の骨が折れてるらしく歩けない状態で、一番ひどいのがバニラだ。

あの化け物の最後の攻撃をもろに食らってる訳では無いだろうが、無残にも腹やら足やらに石の破片のようなものが刺さっている。


「応急班のものにやらせてるから多分大丈夫だろう」


背後から急に肩を叩かれビクッとするが、


「あ、あぁ。ありがとう」


と、彼女に礼を言う。


「俺から頼んでおいてこんなことを聞くのもなんだが、アンナもその、よかったのか?勇者なんかに手を貸して」


「…………そうだな。過激派と少しだけ問題はあったが、なぁにお前の気にすることは何も無い。殺し合いなんてない方がいいだろう?」


「そうだな。……俺もそう思うよ」


仲間が死ぬなんてもう、経験したくない。してはならないんだ。


続く。

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