第138話 尻尾の形が違うだろう?

「――金魚の品種は……まあ細かく挙げていくとキリがねぇんだけども、主要どころに限れば大きく分けて五つの系統があってよ」


「そのうちの一つが、このピンポンパールなんだね?」


「おぅ」


 何はともあれ水換えである。みるみるうちに水嵩を減らしていくトロ舟を眺めながら、由那は気を取り直す意味も込めて、ここにいる金魚を紹介してほしいと祖父に頼んだ。


 七匹いるピンポンパールはどれも一緒というわけではないようで、色や模様はもちろんのこと、よく見ると体型まで微妙に違っている。


「こいつらピンポンパールたちの見分け方は……そうだな、まずはこの白いやつ」


 祖父は皺の刻まれた指をトロ舟に向けて、気ままに泳ぐ七匹のうちの一匹、ミルクのような色合いをした個体を指し示した。


「こいつは『ちょうちんパール』って名前の種類でな」


「ちょうちん?」


「ほれ、他のと尻尾の形が違うだろう?」


 目を凝らして観察してみると、たしかに祖父の言うとおりだ。


 他のピンポンパールはどれも尾びれが三叉、または四叉に開いている。それに対して祖父の指差すミルク色の個体は分岐のない尾びれを持っていて、そのせいかまわりのピンポンパールたちよりもシンプルな形状に見えるのだ。


「こういう尾びれのことを金魚業界では『フナ尾』って呼ぶ。……まあハッキリ言ってあんまし喜ばれる特徴じゃねんだけども」


「どうして?」


「見栄えがいまひとつだってんでな」


「え~、そうかな……だいたいの魚ってこうじゃない?」


 投げ込みフィルターが勢いよく吐き出す気泡にも負けず、むしろ仲間たちよりもすいすいと泳ぎ回っているようにさえ見えるちょうちんパール。こんなに元気いっぱいで可愛いのに、と由那は不憫に感じる気持ちを抑えられない。


 うめぼしやギンガの姿を脳裏に思い浮かべてみる。やはり尾びれは一つに繋がっていたはずだが、そのことが魚の魅力を損なわせているかといえば断じて否だと由那は思う。


「――まあ、そのへんが熱帯魚と観賞魚の違いなんかね」


 祖父の答えはあっさりとしたものだった。


「熱帯魚っていうのは、そりゃ例外も多いんだろうけれども、基本的には暑い国にいる自然の魚だろう?」


「うん……」


「自然の環境で生き抜いてる魚と、見目のよさを追求して人工的に作出された魚とじゃあ評価軸だって違ってくる。金魚はもともとがふなの改良品種だからなあ、どうしたって点数つける基準は後者寄りになる」


「ん……鮒? もしかしてフナ尾って……」


「鮒の尻尾の形って意味だわな。自然に生きてる魚と同じ特徴っつうことだから機能的で、だからちょうちんパールは他のピンポンパールよりも泳ぎが上手い。由那はひょっとしたらこっちのほうが好みに合ってるかもしらんな」


 すると、周囲よりも速く泳いでいる気がしたのは見間違いではなかったわけだ。


 見栄えがよくない、などというのは人間から見ての印象に過ぎない。当のちょうちんパールは劣等感を抱くどころか案外のびのび暮らしているのかもしれず、よかったあ、と由那はホッとして目を細める。


「――ところで由那。尾びれといえばもう一匹、他と違うやつがいるのに気づいてるんじゃないか?」


「あ、うん」


 祖父が話を進めにかかった。由那は我に返り、ちょうちんパールから視線を外して別の一匹を見やる。


「あの子。他の子よりも尻尾がひらひらしてる」


「ロングテールってやつだ。流行りなのかね、最近はピンポンパールにもああいうタイプが増えてきてる」


 なるほど、名前のとおり尾びれが長い。長いから水をかき分けるたびにひらひらと大きくはためいて、見ている自分たちに優雅な印象を与えてくるのだ。


 そういえば、熱帯魚を中心に扱っているショップでも「ロングテール」という記載をしばしば目にする機会がある。観賞用に作出する特徴としてはわりとメジャーなのかもしれない。


「あとの五匹は普通のピンポンパールよ。色とか模様が違ってはいるけども」


「へぇ~……ピンポンパールの種類はそれで全部なの?」


「いや、おれは飼ってねぇってだけで、出目のピンポンパールってのもいるにはいるな。出目金ってのは由那も聞いたことがあるだろう? 要はあれのピンポンパール版だと考えればいい」


「飼う予定はないの?」


 すると、祖父は表情を渋くした。


「出目を飼うなら、水槽なりトロ舟なりをまたひとつ増やす必要があるもんでなぁ……よっぽどいい個体がいたらやっちまうかもしれんけど、とりあえず今のところ予定はねぇな。手間が増える」


「新しく立ち上げなきゃいけないの? どうして?」


 由那は素直に首をかしげる。


 現状でも七匹のピンポンパールが混泳しているのだ。異なる特徴があるとはいえど同じピンポンパールなのだし、このトロ舟で泳がせておけばいいのではないだろうか。


 だが、直後に祖父がこぼした答えを聞いて、由那は顔色を青ざめさせるはめになった。


「目が取れるかもわからん」


「え」


「物のたとえじゃなく文字どおりの意味だ。金魚……特に出目金の怪我としちゃわりとある話なんよ、他の魚につつかれたりして目がポロっと……」


 たくさんの金魚が泳ぐトロ舟で、底にぽつんと目玉だけが落ちている――そんな恐ろしい光景が脳裏に浮かんだ。


「遊泳力あるのといっしょにしといたら危ない。ピンポンパールどうしならそこまで心配しなくていいかもわからんが、なんせここにはフナ尾のやつもいるからなあ。事故の可能性はできるだけ減らしたほうが――って、どした由那」


「いや……な、なんでもないよ。だいじょうぶ」


 そういえば祖父のトロ舟の中には水と金魚とフィルター以外何もない。金魚を飼うなら水槽用のアクセサリなどを入れていてもよさそうなものなのに、それすらしないというのはまさに今しがた口にしたとおり、泳ぎのうまくないピンポンパールたちが事故で傷つくリスクを減らしたいからなのかもしれない。


 愛情を持って管理している、という言葉に偽りはなかったわけだ。


 由那の心にほんのりと温かいものが差す。とはいえさっきの想像を完全に振り払うこともまた難しくて、由那は平静を装いつつ、


「ね、おじいちゃん。隣のトロ舟にいるのはどういう子たちなの?」


 話題を切り替えにかかるのだった。

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