第139話 そんなに昔なんだ
金魚には大きく分けて五つの系統がある、と祖父は最初に説明していた。今の今まで観察していたピンポンパールを一つめと数えるならば、隣のトロ舟にまとめられているのは二つめのグループということになる。
大きく発達した尾びれを揺らめかせながら泳ぐ五匹を、祖父は次のように呼称した。
「
「琉金……ピンポンパールほどじゃないけど、金魚掬いとかにいるのと比べたら丸っこいかな?」
「おぅ。短めの胴体とでっかい尻尾が特徴の金魚さ」
琉金の歴史は古い、と祖父は告げる。
「さっきのピンポンパールが日本に入ってきたのは昭和の頃なんだが。それに対して、琉金が飼われ始めたのは江戸時代のことだそうだ」
「江戸時代! そんなに昔なんだ……!」
「中国で生まれた品種で、琉球経由で日本に来たんだと。――まあ琉金に限った話じゃなく、海の向こうから入ってくる品種ってのは、金魚の場合だとたいてい中国が原産なんよ。江戸時代どころかそれ以前から輸入されててもおかしくないと思えるだろう?」
なるほど道理だ――由那はうんうんと頷く。中国といえば、飛鳥時代からの長きにわたって日本へと文化をもたらしてきた国ではないか。
金魚はなんとなく熱帯魚よりも馴染み深いイメージがあるけれど、それはやはり長い歴史の中で文化的に定着してきたからなのかもしれない。
「この琉金系から枝分かれしたのがオランダ系だな。うちにはいないけども」
「オランダ系?」
ここまで納得することしきりだった由那の頭に困惑が浮かぶ。
つい今し方「金魚の世界で『海外産』と言った場合の『海外』とはたいてい中国のことである」と説明したのは誰あろう祖父だ。いきなりオランダに話が飛ぶのは、つまるところ何事にも例外は付き物ということなのだろうか。
由那の疑問を察してか、祖父は「あぁ」とひとつ唸って、
「いや、嘘は言っとらんのよ。オランダ系も中国原産だから」
「えええ?」
意味がわからない。
「オランダ系の大元になったのは琉金の突然変異種で、これもやっぱり中国から琉球を経由して長崎に持ち込まれたのが最初だ。江戸時代のことだってのも一緒だそうだから、日本に入ってきた時代も経路も琉金と同じってことさな」
「じゃあ、どこからオランダが出てきたの……?」
「そりゃあなんたって江戸時代だからよ」
ますますもって話が読めず、由那は眉間に寄せたシワをいっそう深める。
江戸時代とオランダ。二つの言葉を結びつけるものといえば鎖国くらいしか思い浮かばない。江戸幕府のもとで鎖国を敷いていた日本が、それでも交易を行っていた数少ない国が中国とオランダであったはずだが――問題の金魚の産地が中国だとハッキリしているなら、どうしてオランダと名のつく余地があるのだろう。
祖父の説明は、こう続いた。
「当時は貿易の相手国が限定されていたから、『珍しいものはオランダ物だろう』と考えられる風潮があったんだと」
「あ、そう繋がるんだね……」
拍子抜けしてしまうような理由だな、というのが由那の率直な感想だった。いつの世も物事の真相なんて案外こんなものと言われればそれまでかもしれないが。
「――おぉ、そうだ」
と、祖父が唐突にぽんと手を打って、
「琉金系とオランダ系といえば、ありゃ何と言うんだったか……
「年甲斐……」
瑤子とは母の名前である。
由那は曖昧な笑みを浮かべるに留めた。ゲームは大人になってからだって楽しめると思うけれど、世代的に隔たりがある祖父にそのあたりの感覚を把握してもらうのは難しそうだ。
「どんなゲームだったの?」
「テレビゲームっつってもテレビに映すんじゃなくて、小っこい本体にカセットを差して、手で持って遊ぶようなやつだった。おれは横目で眺めてただけだから合ってるかどうかわかんねぇけども……あれはたぶん、怪獣を捕まえて、集めたり戦わせたりしてたんじゃねぇかな」
「あ、合ってると思うよ。ポケットカイジューってやつ。続編たくさん出てて今でもすごく人気あるね」
祖父が俎上にのぼそうとしているのはおそらく、架空のモンスターを育てて互いに強さを競い合うという内容の有名タイトルだろう。国民的人気を超えて世界的にも膨大なファンを抱える長寿シリーズだから、もちろん由那もそれなりには知っている。
たしか第一作が出たのは四半世紀前だったはずだ。ちょうど母の大学生時代に重なる。若いときの母がハマっていたとしても不思議はあるまい。
「あのゲームがどうしたの?」
「いやな、金魚の怪獣が出てくるんだよ。その怪獣がどう見ても
「ああ……うん、たしかに出てるね金魚のカイジュー。一作めからいたんだ」
土佐錦とか東錦とかいうのは金魚の品種名なんだろうな、と理解する。
「土佐錦は琉金系、東錦はオランダ系なんだわ。厳密なことを言うなら東錦の作出に土佐錦は関わってねぇんだけども、まぁさっきも言ったとおりオランダ系ってのは琉金の変異種が大元なんでよ、わりとちゃんと調べてんだなぁって感心した覚えがあんな」
「へええ~……!」
アクアリウムとゲーム。意外な接点に由那はただただ唸るしかない。デザイナーを父にもつという千尋の口からならともかく、まさか自分の祖父からゲームモンスターにまつわる裏話を聞くことになろうとは思わなかった。
金魚と熱帯魚。
祖父と生物部の仲間たち。
語り合っている分野も違えば先生役の歳もまったく異なっているはずなのに、なんだかいつものアクアリウム談義とノリが変わらないように感じる由那だった。
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