第121話 ライバルって……何の?
そのとき、由那は未だ会場内を彷徨っている只中だった。
LANEに琴音からのメッセージが届いたことは把握している。近くに何があるか教えてくれたら迎えに行ける、と言ってくれていることも。
にもかかわらず合流できていない原因は、ひとえに――
「ふふふ、せっかくだし今のうちにプレゼント用意しちゃお~っと」
誕プレについて考えていたから、に尽きる。
もともとは二人で会場を巡って、琴音が興味を示す商品があればその場でそれを買ってあげようという腹づもりだった。けれど、こうなったからには転んでタダで起きるのも癪だ。別れてしまった状況を利用して、サプライズを提供して喜んでもらえるならそっちのほうがいいだろう。
「コトちゃん水槽増やす気はないはずだから生体は絶対ダメだよね。道具も……とくに困ってなさそうだなぁ」
居並ぶブースを見回しながら由那は唸る。
せっかく琴音に贈り物をするのだからアクアリウム関係のものを選びたい、という考えはそんなに的外れではないと思う。
なのに、自信を持って「これ」と断言できる商品が見つからない。
求めるべきは生体でも飼育用品でもない。とすればあと候補になりうるのは――
「――もし、そこの方」
「水草……は、今から植えようとしてもギンガちゃんが抜いちゃうだろうし」
「もし」
「いっそのこと虫さん? ……いやいやダメダメ、アクアリウムから離れちゃうよ」
「もし、小清水由那さん?」
「えっ?」
思考の沼から引き戻された。
こちらの名前を言い当てたからには会ったことのある相手なのだろう。事実、「どこかで聞いたことがあるような」くらいではあるにせよ、由那のほうでも「知らない声ではない」と感じた。
振り返る。
「あ! 湊さん!」
「どうも。ご無沙汰しておりました」
大人の女性であった。ぺこりと頭を下げてくるのと同時、ウェーブのかかったミディアムヘアがふわりと揺れてシャンプーの匂いを香らせる。
湊真凜。
彼女とは芽山のキャンプ場で直接顔を合わせている。料理酒を貸してもらったことも記憶にある。莉緒の友達づきあいを心配してこっそり様子を見に来たようだ、と推測したのは当の莉緒自身で、あのときは彼女が唯一の真凜の知り合いだった。
現在は違う。
夏休みの間、琴音が彼女のもとでアルバイトをしていたからだ。
琴音と真凜との関係が気になるあまり、千尋と二人で尾行してしまったこともあった――が、そのことはとりあえず伏せておいたほうがいいよねと由那が心の裡で苦笑いした次の瞬間、
「……あれっ?」
頭上にクエスチョンマークが出現した。
「そういえばわたし、湊さんに名乗ったことってなかったような……? コトちゃんや翠園寺さんから聞いてたんですか?」
「生物部の皆さんと先程ばったり会いまして、ちょうど今と似たようなやり取りもしてきたところですよ。――と申しますか、直接名乗っていないのはお互い様なのでは」
「あ、たしかに」
共通の知人がいると話が伝わるのも早い、ということか。すっかり納得した由那はお辞儀を返し、改めてよろしくです、と挨拶を告げる。
一方の真凜は「こちらこそ」と応じて、
「ところで小清水さん」
今度は彼女が小首を傾げる番だった。
「巳堂さんはいっしょではないのですか? 佐瀬先生や天河さんはそういう口ぶりだったのですが」
由那は硬直した。痛いところを突かれるとはまさしくこのことだった。
とはいえ見栄を張っても仕方がない。現にこの場に琴音がいない以上、事実と異なる説明をしたところで誤魔化すことはできないだろう。
「……そのう。実はかくかくしかじかで」
結局、由那は一部始終を打ち明けることにした。
琴音と二人でここ「ビッグシェル亜久亜」を訪れたこと。
会場入りして間もないうちに人波に攫われてはぐれてしまったこと。
そして、誕生日であることは一応伏せておいた――もっとも真凜は琴音の履歴書を見ているかもしれないから無用な気遣いだった可能性もある――けれど、琴音に渡すためのプレゼントを選ぼうとしていることも。
「――ははあ、そういうわけでしたか」
ひととおりの話を聞き終えた真凜は、何やら得心がいったというふうな反応を見せた。
「いえね、先程そちらの部長さんから『偶然コト見かけても今日は放っといてやってくれ』と釘を刺されてしまいまして」
「わ、湊さん声真似うまい。……ええっと、わたしたちの部長ってことは、天河さんから?」
「ええ。巳堂さんはあなたと来ているはずだから、というニュアンスでしたよ。それなのに『二人を見かけたら』ではなく巳堂さん限定だったのは、あなたたちがはぐれている真っ最中だと天河さんが知っていたからかな……なんて、はたと思い至ったわけでして」
「うう~ん……単に言葉の綾のような……」
仮に千尋の意図が真凜の想像どおりだったとして、どういう背景があって千尋に自分たちの状況が伝わったのだろう。不思議なこともあるものだ。
真凜はといえば、疑問が解決したことに満足したのか、それきり千尋からの頼みについて蒸し返すことはなかった。
「まあ巳堂さんのほうはともかく、あなたと会ってしまったわけですし。プレゼントについては私に案がありますので、よろしければお力添えさせてください」
「え……」
由那は迷った。
厚意を疑うわけではない。ないが、なにしろ真凜は琴音に大きな影響を与えた人物であり、そのことで由那も以前「すわライバルか」と気を揉むはめになったのだ。
自分が琴音に贈る誕生日プレゼントに、自分以外の意思を差し挟みたくはない。
断ろう。そう思った。
「すみません、やっぱりわたし、こういうのは自分で選ばなきゃ意味がないって思うんです」
しかし、真凜も引き下がらなかった。
「大丈夫ですよ。というのも、私はお店を紹介してあげられるだけでして。選ぶのはあくまでも小清水さんですから」
「……ほんとですか?」
「莉緒ちゃんや巳堂さんのお友達に嘘はつきませんよ。――ハンドメイドのアクセサリーを製作しているサークルでしてね、毎年いろんな魚を象ったブローチやキーホルダーを出品しているんです」
「ブローチやキーホルダー……」
興味を惹かれた。
つまり、複数のバリエーションのある商品の中から選べるわけだ。それならばたしかに真凜の言うとおり、プレゼントは由那のチョイスということになる。
――だったら、まあ……いいかな?
うん、と由那はひとつ頷き、
「わかりました。早速ですけど案内してくれますか?」
「もちろん。ここからならすぐそこですよ」
柔和な笑みを由那の視界に残して、真凜はひらりと身を翻す。
タイトな衣服に包まれた背中の後ろをついて歩きながら、由那はふと、さっき自分の脳ミソが紡いだ思考をなぞってみる。
琴音が家事代行のアルバイトをやっていた時期、必然的に自分はなかなか彼女と会えない日が続いた。そのあいだ琴音はずっと真凜とペアを組んでいたわけで、自分があの頃やきもきしていたことは否定できない。
そんな焦りを、先刻の自分はどう形容したのだったか。
「――ライバル?」
自然に頭に浮かんだ言葉だった。
だけど、改めて考えてみると、それが何を意味するのか掴めない。
「ライバルって……何の?」
小さくひとりごちた呟きに、先を行く真凜が気づくことはなかった。
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