第120話 お邪魔虫になりたくはない

 ――ははあ、なるほど。


 目の前に現れた千尋と莉緒の様子、そして佐瀬先生から聞いた話。真凜はそれらを総合して、どうやら自分が根本的に勘違いをしていたらしいと悟る。


 以前、琴音との仲についてカマかけがてらに莉緒をからかったことがあった。あのときの莉緒の焦りようからして図星だと踏んでいたのだが、何のことはない、「琴音は友人」という莉緒の言葉がそのまま正しかったわけだ。


 ――この部長さんも「友人」には違いないのでしょうけど……。


 ――しかし、ここまで共にやって来たということは、やはり莉緒ちゃんの一番は部長さんのほうだったわけですか。


「これは不覚。私の目が曇っていましたね」


 真凜は、莉緒へと視線をやって唇の端を持ち上げてみせる。


 莉緒は、頼むから余計なことはするなとばかりに目力の圧を強めてくる。


「――えーっと……」


 膠着を破ったのは千尋であった。


「湊真凜さん、でしたよね?」


「おや。初対面のはずですが、私のことをご存じで?」


「莉緒ちーやコトから話は聞いてましたんで。文化祭も来てましたよね? あんときコトと話し込んでたのチラッと見て『あーこの人が湊さんか』って」


 内容に矛盾はない。のだが、いやに流暢な千尋の喋りの陰には何かが隠されていそうな印象も受ける。


 ――まあ、詮索はしないでおきましょうか。


 語り口からして千尋は琴音と親しそうだ。もしかするとその関係でこちらの――なんなら琴音さえ――知らないところで探りを入れられたのかもしれないが、だとしたら尚のこと千尋は尻尾を出すまい、という霊感が真凜の脳裏には去来している。


 なにしろ霊感だから、どうしてそんなふうに思うのかまでは明確に言語化できないのだけれど。


「莉緒ちーとコトの友達やってます、天河千尋っす。ぜひぜひお見知りおきをー」


「こちらこそよろしくお願い致します。――ときに天河さん、今日はあなたと莉緒ちゃんのどちらから誘ったので?」


「あたしっす。個人的にこういうイベントのときは一人で行くより仲間連れのほうが楽しめるタチだってのと、莉緒ちーが参加したことないって言うからそりゃ勿体ないと思ったんで」


 ほう、と真凜は瞠目する。


 この千尋という少女、部長を務めるだけはあってか実に答え方がうまい。もしもデリカシーのない奴だったら、ここで「一人よりも仲間連れのほうが絶対楽しいじゃないですか」などと放言してこちらと佐瀬先生を抉ってきてもおかしくなかっただろうに。


「湊さんは海水専門って聞きましたけど、なんか今日いいのいました?」


「魚はクマノミくらいしか出品されていませんでしたが、サンゴはなかなか見所がありましたよ。他は……そうですね、ハンドメイドなどのグッズは毎度ながら眺めていて心が満たされますね」


「あー、アクセとか雑貨とか毎年出てますもんね。魚モチーフの食器とかあたしも買ったことありますよ、持ち手んとこがサメの形してるやつ」


 その商品はちょっと気になる。今年も出ていないかどうか探してみようか。


 と、ここまで成り行きを見守っていた佐瀬先生が、


「――っていうかあんたたち、なんで二人で来たの?」


 いかにも解せないといったふうに片眉を曲げて割り込んできた。


「え。二人じゃまずかったっすか?」


「いやべつにまずくはないけど。なんで生物部みんなで来なかったのかとは普通に思うでしょ顧問としては」


 もっともな指摘だ。端で聞きながら真凜は内心ぽんと手を打った。


 友人と二人で参加するのだ、と莉緒からは聞いていた。


 だが考えてもみれば、琴音ともう一人――芽山のキャンプ場で真凜自身も見かけている、ぽわぽわと柔らかい雰囲気の少女だ――を加えた四人で行動しているほうが本来自然なはずではないか。


 果たして千尋は、なんだそんなことか、といった顔をした。


「今日はコトの誕生日なんで。あいつはどーせ小清水ちゃん誘うだろうし、だったら邪魔者になりたくはないっしょ?」


「へえ、誕生日なのあの子。じゃあ会ったらおめでとうって言ってあげないとね……ああいや、会わないほうがいいのかそういう話なら」


「さっすが先生。理解があって助かる」


 そうして千尋は、改めて真凜のほうへと向き直ってくる。


「――ってなわけなんで湊さんも、もし偶然コト見かけても今日は放っといてやってくれるとありがたいっす」


「ふうむ……承知しました。たしかに、仲の良いお二人のお邪魔虫になりたくはないものですからね」


 ――ははあ、なるほどなるほど……。


 数分ぶり二度目の納得が真凜の脳裏を満たした。


 邪魔者になりたくない。それはまさしく、真凜自身がこのイベントを単身で訪れた理由ではないか。


 莉緒のたおやかな美貌を見やる。


 自分がいま彼女に向けているのと同じ視線を、たぶん千尋は琴音に向けてきたのだ。


 先刻の霊感。今日初めてまともに会話したにもかかわらず千尋の人となりが何となく察せられたのは、つまるところ、自分と千尋が似た者同士だからなのだろう。


「――天河さん」


「なんすか?」


「私からお願いするようなことでもないかもしれませんが……これからも莉緒ちゃんと仲良くしてあげてくださいね」


 通じ合ったかのごとく千尋が意味ありげに笑い、莉緒がさっと頬を朱に染めてぐいぐいと真凜を押しやり、佐瀬先生がやれやれと肩を竦める。


 気分がいいと真凜は思う。


 千尋と佐瀬先生、そして琴音。この人たちが莉緒の周りにいてくれるとわかっただけでも、アクアマーケットに来た意義は充分にあった。


 ――こうなると、小清水さんという子とも一度話してみたいものですね。


 琴音といっしょに行動しているなら今日すぐに接触するのはまずかろう。それでも、いつか得られるはずのチャンスが今から楽しみになってきた。




 それから五分と経たないうちに真凜は、所在なさげに彷徨っていた小清水を拾うことになった。

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