第88話 三尊石組で作りたい
「ところで翠園寺さんっ」
レギュレーションについての情報を全員が共有したところで、由那が話題を変える一言を発した。
「レイアウト思いついたんだよね? どんなの作るの?」
莉緒がアイデアを閃いたことを真っ先に知った由那だが、その中身までは訊いていなかったらしい。声がそわそわと上擦っていて、目は期待に輝いている。
待てをくらった小犬みたいだな――かすかに口角を上げる琴音だが、やはりわくわくしているのは同様で、逸る気持ちは由那とたいして違わない。
三者の視線を一身に集めた莉緒は、自信たっぷりといったふうに口を開いた。
「亜久亜市内の水域をモデルに、清流をイメージしたレイアウトを組もうかと」
「――なーるほど!」
千尋がぱちんと指を鳴らす、
「考えたねぇ翠園寺さん。市が主催のコンクールなら市に絡めたテーマのほうがポイント高そうだ」
「ですよね。……まあ正直なところ、狙って考えたわけでもないのですが」
「ありゃ、そうなの?」
「ディープジャングルで売られていたストラクチャーを見たとき、
ふと見れば、莉緒が座っている椅子の隣には厚手の紙袋が置かれている。ダークブルーの外袋には白インクの印刷で「ディープジャングル」の店名。すでに部で使うぶんのストラクチャーを確保していたらしい。
――さすがだな、ネイチャーの人は。
琴音は大いなる納得とともに感心する。
袋の中身は流木かもしれないし岩石かもしれない。どちらにも共通するのは、完全に同じ形状をしているものは一つとして存在しないということだ。
だからこそ、心に刺さる逸品を見つけたときは即座に確保するのが鉄則。他人の手に渡ったが最後、同じものを自分が手にする機会は二度と訪れない――そのことを莉緒はよくわかっているのだ。
「芽山の沢っていうと、ガサガサ行ったところだね」
「はい」
由那が問うと、莉緒は照れくさそうに頬を染めて肯定した。自分自身でもおかしいといった様子でくすりと微笑み、
「その……皆さんと行ったガサガサが楽しかったので、印象に残っていたのでしょうね」
「「「――っ!」」」
第二理科室に電流が走る。
千尋がぐりんと琴音に向き直った。その目は「川底レイアウトなら一家言あるだろ全力でサポートしろ」と力強く語っていて、琴音も黙したままで「やらいでか」と返す。由那は純粋に共感したのだろう、莉緒の手をとって「わかるよ、生物部の初めての思い出だもんね!」と華やいだ声をあげていた。
――勝ちにいきたい。
学校のためというのは正直いまひとつピンとこない、というのが琴音の偽らざる本音だ。せっかく出るからにはベストを尽くしたい、というのともまた違う。
だとしても。
――私たち四人で、コンテストを獲りたい。
心に熱が灯ったことだけは確かだ。いみじくも由那が示唆したとおり、今度作ることになるのは生物部を――自分たち四人を象徴する水槽なのだから。
由那も千尋も莉緒も、思いは一緒のはずだった。
琴音が想像したとおり、莉緒の持ち込んだ紙袋に入っていたのはストラクチャーであった。
しかし、実のところ琴音は流木の可能性のほうが高いだろうと踏んでいて、それは見事に外れた。中身は複数の石だったのだ。サイズは直径三十センチに迫ろうという大きなものから十センチにも満たないものまで様々だが、丸みを帯びた形状であることは全体的に共通している。
「これ重かったでしょ。よく持って来れたな……翠園寺さんって意外と力持ち?」
「いえいえ、家からここまで持ってくるのは流石に一人では……今日は
「え。
湊真凜――アルバイト先の社員の美貌が脳裏によぎって、琴音は思わず目を瞬かせた。
夏休みが明けてからというもの、当然ながら琴音のシフトは激減している。もともとそういう条件で始めたバイトとはいえ、彼女に迷惑をかけていないかは少し気にかかるところだ。
「もう帰られましたけどね。今日はうち以外にも依頼が入っているとのことでしたから」
「やっぱ忙しいか……私のこと何か言ってなかった?」
「巳堂さんがいたら助かるけど生物部の邪魔はできない……なんてこぼしていましたよ。――ふふっ、引っ張りだこですね?」
「勘弁してくれ……」
琴音は唇をへの字に曲げる。千尋だけでも手を焼いているのに、このうえ莉緒まで自分をからかってくるようになってはたまらない。
幸い、お嬢様は意地悪ではなかった。
こちらの意図を読み取ったかのようにもう一度だけくすりと笑って、それでは、と話題を切り替える。
「――肝心のレイアウトについてですが……基本的には三尊石組で作りたいと考えています」
「三尊?」
クエスチョンを発したのは由那である。
莉緒は「はい」と鷹揚に頷いて、
「メインとなる親石を中心に据えて、その脇に副石と添石を配置する方法ですわ。主役の親石を脇役が引き立てる構図でして、石組レイアウトにおける基礎の一つとされているんです」
「三つの山が並んでて、真ん中が一番高くなってるところをイメージするといーよ。たしか仏像が由来じゃなかったかな」
千尋からの補足が入った。プロのイラストレーターを父に持っているからなのか、こいつは主要教科の成績がよくないくせに美術関係の知識だけは妙にある。
「じゃあ、石は三つしか使えないの? こんなにたくさんあるのに……」
「いやいや、使えないってこたーないよ。あくまでも主役の山を引き立たせるのが両脇の山ってだけで。そりゃあんまりゴチャゴチャさせたら何が何だかわかんなくなるからバランス見ねーとえらいことになるけど、全体の構図に影響しすぎない程度に飾るのはアリ。――って説明で合ってるっしょ翠園寺さん?」
「え、ええ、素晴らしいです……あの、天河さん本当にネイチャーアクアリウムにご興味ないんですか?」
「んー……まぁキレイだなーとは思うけどねぇ。あたしは見てきた水槽のことを言ってるだけだし、生体と同じだけの手間暇を水草にかける気持ちになれるかっつったらたぶん無理だからさー」
怪魚好きのスタンスは崩さない。そこは知識とは関係のない、紛れもない千尋自身の内側からくる情熱なのだろう。
それでも千尋は天井を睨んで黙考し、数秒の間をおいた後に莉緒へと向き直ってこう言うのだ。
「水草はやっぱ見るのが好きだわ。翠園寺さんがカッコいい水槽作ってくれてさ、あたしはそれ見てスゲーって騒げたら満足だよ」
にわかに莉緒の頬が色づいたのは、きっと琴音の見間違いではない。
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