第48話 あたしら四人だけってことにしといてほしいな
「――というわけで、先生から協力してほしいと頼まれてしまいまして」
「うーん、瑞穂センセーがそんな面白いことになってたとはねぇ」
一年B組の教室は、生徒の大半が帰るか部活に行くかしてすっかり静かになっている。窓の外から聞こえてくる運動部連中のかけ声をBGMにしながら、ひととおりの顛末を把握した
「普通に部員を集めようとしてもダメだと思うのです。募集をかけて人が集まるならそもそも休部になっていないでしょうし……協力していただけませんか?」
目の前には困ったふうに眉尻を下げた莉緒。
まあ困るわな、と千尋は思う。
休部状態だった生物部を一から復活させてコンテストを獲ってこい――莉緒が任されようとしているのは要するにそういう話だ。無茶ぶりにも程がある。
「やー、正直気乗りしねーなあ。翠園寺さんだってあたしの水槽見たじゃん? だったらもうわかってるっしょ、レイアウト水槽に関しちゃ戦力外だぜあたし」
「いえ、レイアウト水槽だからこそ天河さんのお力が必要なのです。コケ処理用の生体を的確に管理できるアクアリストがいないと、計画が立ちゆきません」
「ってことは、もうやる気ではいるわけだ?」
「話が回ってきたということは、信頼されているということ――わたくしはそのように受け取りました。でしたら応えたいじゃないですか」
――なるほど、人から頼られるのが嬉しいタイプね。
自分だったら照れくさくて到底口にできないような台詞だが、莉緒の表情に気取った様子はない。こう言っておけばこっちも断りにくくなるだろう、などといった計算は働いてもいまい。
やっぱり育ちがいいんだな、と感心させられる。
「そりゃつまり、あたしに話を持ってきた翠園寺さんは、あたしを信頼してくれたってことでいいのかな」
「あっ」
初めて気づいたというように莉緒が瞠目した。
ちょっと意地悪な質問だったか、と千尋は笑って、
「いいよ。やったろうじゃん」
「よろしいんですか? もしご迷惑なら……」
「大丈夫だって。どーせ暇だしさ」
千尋はひらひらと手を振ってみせる。
実際、最近こそ琴音と共に小清水へのアクアリウム講釈を施していることが多くなったとはいえ、基本的には家にいたところで特別何をしているわけでもないのだ。不都合なことはあるまい。
「コトと小清水ちゃんも巻き込んじゃえば、やること一緒だからねー」
「よかった。巳堂さんと小清水さんもお誘いしようと思っていたんですよ、三人以上でないと部活動とは認められないので」
「そのへんは融通利かせてもらえそうな気もすっけどね、今回のケースだと」
「いえ、そういう横紙破りは立場上ちょっと……」
違いない、と二人で笑いあう。
莉緒はしばらく口元に手を当てて声をたてていたが、ふと何かを思い出したかのように表情を引っ込めた。
「そういえば――」
「うん?」
「巳堂さんを誘う……ということは、わたくしは合格と考えていいんですよね?」
その一言は、千尋を真顔にさせるに充分な力を宿していた。
「あー……そこは察してたのね」
図星である。
琴音に苦言を呈された先日のダブルブッキングであったが、あれは千尋としてはそれなりに意図があってのことだった。
琴音と莉緒がうまくやっていけそうかどうか、どうしても確かめておきたかったのだ。たびたび自分一人でB組の教室を訪れたのも、LANEのグループチャットに加える前に自分と莉緒だけのチャットを作ったのも、それが理由だった。
「コトのやつがけっこう人見知りするからさー、相性悪そうならグループで付き合うのはやめといて、あたしが個人的に翠園寺さんとツルむ感じでいこうかなって思ってたんだ。試すような真似しちゃってごめんね」
「いえ、皆のためを思ってのことですし、気にしないでください。わたくしは間を取り持ってくださって感謝しているくらいなんですから」
「そう言ってくれると助かるね。――まぁそんなわけだからさ、部員は当面あたしら四人だけってことにしといてほしいな」
「わかりました」
莉緒がしっかりと頷く。
「巳堂さんのこと、よく理解してらっしゃるんですね。素敵な関係だと思いますよ」
「付き合い長いからねー。あいつは今んとこ、小清水ちゃんで手一杯さ」
アクアリウムで繋がった友達が、いよいよ魚を迎えようとしている。そんな大事な局面で他の心配事を吹っかけるほど、千尋は鬼ではないつもりだ。
生物部に関しては、小清水のお迎えが終わってから切り出したほうがいい。
千尋と莉緒はそのように取り決めると、佐瀬先生に報告すべく職員室へ向かった。
小清水がテトラオドン・ミウルスを水槽に迎え入れるにあたっては、もう一波乱が待ち受けていたのであるが――それはまた、別の話だ。
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