Ⅱ.水槽管理の章
ⅴ.亜久亜高校生物部、始動!?
第47話 コンクールって言われてもなぁ
時間はしばらく巻き戻る。
生徒たちからはすっかり生真面目な堅物と認識されているらしい
そういうわけで、佐瀬個人としては、今賀教頭への苦手意識のようなものは特にない。教頭が自分を呼び出す用事に心当たりはなかったが、かつては彼も理科系の教諭であったと聞いていたし、アドバイスでもくれるんだろうかくらいに思っていた。
違った。
「顧問、ですか?」
「そうだ。君が適任だと思ってね」
適任――その言葉の裏に「どうせ独身なんだから時間はあり余っているだろう」的な悪意を感じ取ってしまったのはおそらく自分の心が荒んでいるからで、教頭としては「生物部なのだから生物教師が顧問を担当するのが筋だろう」くらいの発言だったに違いない。
そんなことは重々わかっていたが、それでも佐瀬は困惑を拭い去ることができなかった。
「でも、うちの高校に生物部なんて……」
うむ、と教頭が頷く。
「なかった。……というか、あるにはあるが、長らく休部状態だったんだな。あるとき部員が集まらなくなって、それっきりだ」
「はあ……その生物部がどうして今更? もしかして、部員になりたいって子が出てきたんですか?」
「いや、部員は君が声をかけて集めてほしい」
「はい?」
ますます意味がわからない。少なくともこの学校では、部活動は生徒の自主性を重視する、という方針が打ち出されていたはずだ。
「校長の考えでな」
今賀教頭はぐっと声を潜めて、
「これを獲りにいきたいんだそうだ」
端的すぎる説明とともに手渡されたのは、A4サイズのポスターだった。
タイトルにはこうある。
第一回・亜久亜市アクアリウムコンクール。
「……教頭、こういうのって高校生で獲れるものなんですか? なんか技術あるプロがお金をかけて参加するものっていうイメージなんですけど」
「それは世界大会とかの話だろう。たかが市内のコンテスト、しかも今年が初開催のイベントでそんなとんでもないのは出てこないんじゃないか、と校長は踏んでいらっしゃる」
「……要するに、学校の宣伝ですか」
「市内で存在感を示せれば経営面でプラスになるんだそうだ」
「理屈はわかりますが……」
たしかに学校の存在をアピールする絶好の機会ではあるのだろう。高校といえば昨今の少子化の影響をダイレクトに受ける業態だ、このチャンスを利用して地域での知名度を上げたいという校長の思惑も理解はできる。
しかし、そううまく事が運ぶものだろうか。
そもそもアクアリウムの技術を持った生徒がいるかどうかもわからないのだ。学校の看板を背負うとなれば惨めな作品を送り込むわけにはいかないし、責任重大ではないか。
「ええっと……本当に私が適任なんでしょうか……?」
「
「消去法じゃないですか!?」
「いや実際向いているとは思うぞ。君は生徒に慕われているし。――万一のときの責任はおれに投げてくれていいから、頼まれてくれないか?」
そう言い置いて教頭は席を立ち、職員室を後にしていった。これからPTAとの会合があるのだという。
残された佐瀬は一人、手元のポスターに視線を落とす。
「コンクールって言われてもなぁ……」
水槽趣味に興味のある生徒が都合よく何人もいるとは思えなかった。しかも自分は生徒に慕われているというよりも、ナメられていると表現するほうが遥かに実態に近いのだ。
最悪の場合、佐瀬自身が水槽をセットすることも考えなければならないかもしれない。これでも生物教師だし、家で水棲の生き物を飼ってもいるから、心得がまったくないわけでもない。もっとも、美的センスに関する自信は別だが……。
――いや、待てよ?
ひとつ、思い当たることがあった。
自らが担任する一年B組の教室で、最近、委員長の
会話の内容は漏れ聞こえてきた程度だが、自分の耳がバカになっていたのでなければ、たしか「水草」とか「コケ取り」とかいった言葉が交わされていた……ような気がする。
「――よし」
明日、翠園寺に尋ねてみよう。
顧問の話を受けるかどうか決めるのは、あの頼れる委員長を引き入れられるか確かめてからでも遅くない。
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