第44話 アクアリウムの世界で一番メジャーな寄生虫
琴音の言う「寄生虫」。
千尋の言う「白点」。
莉緒の言う「病気」。
その後いくつかLANEのメッセージをやりとりする中で、小清水は三人の発言のトーンだけではなく、彼女たちが頭の中で描いているイメージまでもが一致しているのだと理解した。
白点病、という病気があるという。
〔ことね:白点病っていうのは、白点虫に寄生されることで発症する魚の病気 ――10分前〕
つまり「病気」というカテゴリの中に「白点病」という症状があって、その原因が「寄生虫」というわけだ。
〔ことね:痒がって砂とか石に体を擦りつけるの、寄生虫に引っ付かれた魚の初期症状なんだ。注意して見てやったほうがいいかもしれない ――7分前〕
〔チヒロ:アクアリウムの世界で一番メジャーな寄生虫が白点虫なんよ。ミウルスが本当に不調でその動き方してんなら、白点の可能性が高いと思う ――5分前〕
〔Rio Suionji:小清水さん、お魚の体に白い斑点ができていないか、確認してみていただけますか? ――3分前〕
そういうわけで小清水は今、水槽の前面ガラスに額をくっつけるようにして、泳ぎ回る淡水フグへと視線を注ぎ続けている。
「……うう~ん……?」
見たままを率直に言うと、そんな斑点はなかった。
テトラオドン・ミウルスの体は特にこれまでと変わったところのない赤褐色で、この様子では三人の疑うとおり白点病なのか、それとも魚がたまたま運動したい気分なのか判断がつかない。
そのことをLANEで相談してみると、莉緒から即座に返事が来た。
〔Rio Suionji:巳堂さんが仰るとおり、初期症状なのかもしれません。しばらく気をつけて見てあげてください ――現在〕
「まだ潜伏期間、みたいな話なのかなぁ」
だとすると、今すぐにどうこうという話ではない。たとえ薬を入れたとして――いや、実際にはそもそも薬なんて持ってないのだけど――、実は健康体でしたなんてことになったら、逆に魚にとって害ではないかという気がする。
とはいえ、備えはしておこうと思う。
明日の予定を頭に浮かべてみる。放課後これといった用事はないから、「AQUA RHYTHM」や「かねまる」へと足を伸ばすことはできるだろう。
千尋の言うように白点病が最もメジャーな病気であるなら、薬が売っていないということはあるまい。
「よし、決めた。明日は『AQUA RHYTHM』行ってみよう」
決心を固めたとき、スマートフォンから着信音が鳴った。
LANEアプリではない。電話だ。
直感的に琴音かと思って画面を見た小清水は、そこに意外な名前が表示されているのを目の当たりにする。
「え、天河さん?」
見間違いではなかった。
確かに「天河千尋」の四文字が映し出されている。
「もしもし、天河さん? LANEじゃなくて電話なんて、どうしたの?」
『あー、ちょっと責任を感じるというかねー……』
「責任?」
『いや、白点の話でさぁ……』
小清水は首を傾げる。テトラオドン・ミウルスが仮に本当に白点病に罹っていたとして、どうして千尋が責任を感じなければならないのかが分からない。
『LANEで言ったとおり白点虫って要するに寄生虫でさ、よく「常在菌」だなんて言われてるけどソレ真っ赤な嘘なんだよ。だからつまり、外から持ち込まないと絶対に感染しねーんだよね』
「うん、それはなんとなく想像できるけど……」
『小清水ちゃんにさ、あたしマツモあげたじゃんか』
「――あ」
水槽へと目を戻す。
水面近くに漂う、動物の尻尾のような形の爽やかな緑。あれはたしかに、もともと千尋の水槽に入っていたものだ。
「でも、天河さんのところから虫が来たって決まったわけじゃないんだよね?」
『まあね。白点虫がアフリカにいるのかどうか知らないけど、もしいるんだったら魚が泳いでた川に元々いたのかもしんない。ショップの水に潜んでたって可能性もあるし、どこが原因かは何とも言えないってのが正直なとこ。――ただ、小清水ちゃんの水合わせが失敗だったってわけじゃないから、そこだけは伝えとかないとモヤモヤしてさ』
小清水は、目を瞬かせた。
千尋の言葉に安堵を覚えている自分がいる。
「ありがと。……お昼も話したけど、水合わせを思い通りにできなかったから。あのときは皆がそれでいいって言ってくれたから安心したけど、いま病気かもしれないって聞いたら、わたしのせいかもって少し思っちゃった」
『それだけは絶対ないからホント安心しちゃっていいよ。――にしても、原因かもしれねー奴に礼を言うかね』
「だって、天河さんだって原因じゃないかもしれないんだよ?」
『そりゃそーだな。あたしの水槽が普段どおりなところを見るに、やっぱあたし無罪かもしんないわ』
二人で笑う。
AQUA RHYTHMは信頼できるショップだと、琴音も千尋も口を揃えて評価する。淡水フグが入るのは珍しいということだったから、原因があったのは入荷するより前の段階かもしれない。
『まあとにかくさ、必要なもんとか教えてほしいこととかあったら、あたしに言ってくれれば何とかすっから気軽に相談してよ。友達が白点で魚落として泣くの、二度と見たくねーからさ』
その言葉を最後に、千尋との電話は終わった。
電話アプリを閉じた小清水は、スマホの画面の一番上、通知が並んでいる欄にLANEのアイコンを見つける。
今度こそ琴音だった。
〔ことね:部屋に唐辛子はある? ――6分前〕
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