第41話 根に持ってる!?
コインランドリーに他の客はついぞ訪れず、小清水と琴音はふたり、乾燥を待つ間とりとめのない話に花を咲かせていた。
中でも盛り上がりを見せたのは莉緒と千尋にまつわる話だ。彼女たちが何をしているのかという疑問は、小清水の頭の中においても大きい。週末にテトラオドン・ミウルスを迎えるという一大イベントさえなければ、そちらが一番気になっていたであろうくらいには。
「たぶんだけど。翠園寺さんはプレコが欲しいんじゃないかな」
琴音はそのように推測を述べた。
「プレコを? そういえばたしかに、天河さんのお
「アクアリウムはコケとの戦いだからな。ネイチャーなら尚更だ」
莉緒が志向しているという「ネイチャーアクアリウム」は水草メインにレイアウトを組むスタイルだ。肥料を投入しているだろうし、ライトは光量が大きいものを使っているだろうし、CO2の添加だって当然やっているだろう。それは本来育つべき水草にとってのみならず、コケにとっても大変ありがたい環境なのだ――琴音はそう語ると、自販機で買った冷たいカフェオレに口をつける。
「じゃあ、天河さんが翠園寺さんに講義やってるのかな? わたしたちみたいな感じで」
「かもね」
千尋に講師が務まるのかわからんけど、と琴音は眉根を寄せる。
「人に物を教えるってガラじゃないからな、あいつ」
「そうなの? わたし、天河さんの話もけっこう分かりやすかったと思うんだけど……」
「一つ一つの内容はな。でも、ちょっと長く話すとあいつ、本物見に行こうって人を引っ張り回そうとするからさ。翠園寺さんが苦労してないといいんだけど」
なるほどね、と小清水は眉尻を下げて曖昧に笑う。
言われてみれば思い当たる節はある。千尋の説明が最も活き活きするのは、決まって実物が目の前にあるときだった。
そもそも莉緒がアクアリストであると判ったのだって、元を辿れば千尋がホームセンターに行こうと言い出したのがきっかけだったではないか。
「誰かが手綱握ってやらないとすぐ暴走するんだよ、あいつは」
「あはは。ふだんは巳堂さんがセーブしてるんだね」
「だから腐れ縁なんだ」
いい関係だと思うよ――とは、琴音が面白くない顔をするのが目に見えているから言わずにおく。
洗濯機から電子音が鳴る。
視線を向けると、乾燥中のランプが消えていた。
「終わったみたいだね。取り込もっか」
「ああ。……後悔しても遅いからな」
「?」
琴音が発した呟きの意味を、小清水は直後に思い知るはめになった。
別々の洗濯機を使おうという当初の琴音の提案は、あらゆる意味でこちらへの気遣いだったのだ。突っぱねてしまったのが今更ながらに悔やまれるが、まさに彼女の言うとおり、後悔したところで遅い。
「白」
「根に持ってる!? ううう、深く考えるのはやめるんじゃなかったのー!?」
これでおあいこだ、と琴音がしたり顔で肩をすくめる。
◇ ◇ ◇
かつてないほど退屈だった木曜と金曜の授業を乗り越えて、一週間ぶんの食材の買い出しを済ませた土曜が過ぎて、運命の日曜日はようやくやってきた。
アクアショップ「AQUA RHYTHM」の店員は、開店とほとんど同時に店に入った小清水のことを愛想良く迎えてくれた。テトラオドン・ミウルスの売約をした客であることも覚えていたらしい。それほど印象深かったということか。淡水フグがこの店に入荷するのは珍しい、と琴音がこぼしていたことを思い出す。
小清水は七〇〇〇円を支払って、水と酸素といっしょに袋詰めされたテトラオドン・ミウルスを引き取った。
まっすぐに辰守駅へと向かう。
琴音や千尋のところに顔を出してもよかったが、これからずっと一緒に暮らすことになる生き物が手元にいるというときに、あまり寄り道するのも
――移動は魚にとってストレスだって、巳堂さんも言ってたしね。
むしろ挨拶に行ったら逆に怒られてしまいかねない。琴音が魚を大切に思っていることくらい、付き合ってまだ半月の小清水にだってとっくに理解できている。
「早く水合わせしようっと」
――まず水温を合わせる。
――水温が合ったら、バケツの中に飼育水と魚を出す。
――そうしたらあとは、エキスパートホースを使ってちょっとずつ水槽の水を混ぜていけばいい。
「やるぞ~……!」
駅のホームでひとり電車を待ちながら、小清水はぐっと拳を握る。
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