第31話 おかしな話は疑ってみないと
ウーパールーパーは春から夏にかけてよく出回る。この時期店に並ぶのは幼生がほとんどで、透明なカップなどに一匹ずつ入って売られている場合が多い。
そういうわけで、食事と会計を済ませてファミレスを後にして、せっかく外にいるのだからとアクアショップを覗くことにした。
辰守駅を最寄りとするショップといえば、もちろん「AQUA RHYTHM」である。
「皆さんが普段利用されるのはこのお店なんですか?」
「あ、そっか。翠園寺さんは来たことなかったよね」
莉緒の質問に小清水が反応した。
前を歩く琴音は、二人の会話を聞きながら、莉緒と初めて言葉を交わしたときのことを思い出す。
ホームセンター「かねまる」本店から、莉緒は歩いて帰っていった。ということは彼女の最寄りは岩見谷駅なのだろう。ここに来ようとしたら電車を乗り継がねばならない。まわりに目立った施設があるわけでもなし、たしかにわざわざ来ることはないだろうなと思う。
「巳堂さんと天河さんは家が近いし、わたしも電車で一本だから……って言っても、わたしはまだ『いつも』なんて言えるほど来てないけどね」
「これから何度も来るようになりますよ」
「うん。そうだといいなぁ」
陳列されたフィルターの部品や替えのマットを尻目にフロアを縦断する。目当てはあくまでも店の奥、生体コーナーだ。
だいたいどこの店でもそうなのだが、普通に電気の明かりに照らされた器具コーナーに比べて、生体コーナーはまるでそういう取り決めでもあるかのごとく薄暗い。理由を尋ねたことは琴音にもないが、きっとライトアップされた水槽を目立たせるためなんだろうな、とは考えている。
そんな薄暗い一角の片隅に、四人並んで立ち止まる。
琴音と千尋が予想したとおり、そこにウーパールーパーの売り場が特設されていたのだ。
「わああ、ちっちゃいなあ。かわいいなあ」
小清水が感極まったような声をあげた。
売られているウーパールーパーは体長五センチを少し超えたくらいだろうか。カップの底に短い手足をぴたりとつけて、つぶらな瞳を外の世界へと向けている。
小清水の気持ちは、とてもよくわかる。
「表情が何とも言えないよな。ぼーっとしてるっていうか、間抜けっぽいっていうか。ブサカワってこういう感じのことを言うのかな」
「人間の赤ちゃんにも似てるよね」
前言撤回。その感覚はちょっとよくわからない。
「まあ……人間はともかく、赤ちゃんではあるかな……」
「天河さんちのはもっと大きかったもんね」
「だな。あれは十センチくらいか?」
千尋へと話を振る。千尋は「んー」と唸って、
「だいたいそんなもんかねー、今んとこ」
「じゃあ、まだ育つの?」
「もち。ウパは三〇センチくらいまでデカくなるよ」
小清水が目を瞬かせる。
「い、意外と大きくなるんだね」
「だから60cm水槽で飼ってるわけだからねー」
へええ、と感心したような息をついて、小清水はその場に屈み込んだ。カップの中の白いウーパールーパーと目を合わせている。
「――そういえば」
莉緒が人差し指を唇の脇に当てて、
「天河さんの弟さんの水槽、底材が敷いてありましたけど……」
「大磯敷いてるね。それがどうかした?」
「いえ、あまりハッキリとは覚えていないのですが……ウーパールーパーってベアタンクでの飼育が推奨されていたような気がしたもので」
そうなの? と小清水が千尋のほうへ目を戻す。
千尋は「あ~~~~」と曖昧に笑って、
「あったなーそんな話……」
「え、事実なんですか? わたくしは正直半信半疑だったのですが」
「うん、いやいや、あんなんデマだよデマ。少なくともあたしはちゃんと砂入れたほうがいいと思ってる」
ウーパールーパーは砂利を誤飲して排泄障害を起こす場合があるので、水槽に砂を入れてはいけない――そういう説には琴音も触れた覚えがある。たしか、どこかの動物病院がホームページで症例として掲載していた、みたいな話ではなかったか。
琴音はそのホームページを直接見たことはない。たぶん莉緒もないだろう。今ではその情報は削除されているという噂だったし、そもそもどこの動物病院かわからない以上、ホームページ自体が現存しているかすら確かめようがない。
「ウーパールーパーってたしかに砂を飲むんだけどさー……あたしは誤飲じゃなくて常食だと思うんだよなぁ。ほら、鳥とかもやるっていうじゃん。――なあコト、焼き鳥のアレなんて言ったっけ?」
「砂肝」
そうそうそれそれ、と千尋は指を鳴らす。
「鳥って砂とか小石とか飲み込んで消化を助けてるらしいじゃん。それと同じことだと思うんだよねー。まあ単純に砂からミネラル補給してるだけかもしんないけど……どっちにしても、いくらウパの視力がよくないったって、あんだけバクバクいってて誤飲は絶対ねーわ」
「動物病院と言っても、両生類を診られるところは多くないだろうしな」
琴音も千尋に同感だった。
「慣れてない獣医が死んだウーパールーパーの腹を開いたら小石が出てきて、それが原因だと誤解したのかもしれない」
そもそも、ウーパールーパーとて原種はメキシコの湖に棲む野生の生き物なのだ。自然環境にベアタンクはない。小石を飲み込んだら死ぬような生き物が現代まで生き残っているわけないだろというのが率直な意見だ。
「――ですよね。わたくしもインターネットで知った話だったんですが、どうも信じきれなくて。やっぱりおかしな話は疑ってみないとだめですね」
「ま、そりゃ飲み込んだまま腹の中で詰まっちゃうような粒の大きい石はマズイだろうけどねー。結局大事なのは底材を敷くか敷かないかじゃなくて、敷いてからどうすっかだよ」
敷けば水質を維持しやすくなるし、ウーパールーパーが歩きやすくなる。その一方で、残餌やフンの清掃はやりづらくなる。
敷かなければ水槽のメンテナンスがやりやすくなるが、底材がある場合のメリットは当然ながら受け取れない。
万能の飼い方なんてそうそうあるもんじゃないんだから、自分にとって一番やりやすい方法を選ぶしかねーのさ――千尋はそんなふうにまとめた。
琴音は不覚にも脱帽する。千尋にしてはめちゃくちゃまともなことを言っている。
そのとき、小清水があっと声をあげた。
「他のお客さんが来たみたい。移動しよ?」
そそくさと通路の奥へ進んでゆく。
生体コーナーの入口へと視線を投げてみれば、なるほど小清水の言うとおり、親子連れがこちらに向かってきていた。
アクアショップの通路は狭く、障害物も多いから一箇所に留まりっぱなしはよくない。それは最初に出会ったとき、琴音が小清水に教えたことだ。
――わかるようになったじゃん。
琴音は静かに笑みを浮かべ、小清水の後を追って歩を進めた。
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