第30話 白のイメージしかなかったよ
テーブルに置かれた千尋のスマホの画面に映る、よく言えば愛嬌のある、悪く言えば間の抜けた顔立ちをもつ珍妙な生き物。
身体はつるりと滑らかで、耳からは毛のような鰓がもさもさと飛び出している。ハイギョの仲間に見えなくもないそいつは、しかし水底をしっかりと掴んで歩くための手足を備えている。
流通名、ウーパールーパー。
英名をメキシコサラマンダーという。すなわちサンショウウオの一種であって、要するに両生類なのだとわかる。
「まあ、そうは言っても陸地を用意する必要はねーんだけどね。こいつら幼形成熟でさ、基本的には水から上がらないで一生を過ごすんだ」
千尋の説明に首を傾げたのは莉緒だ。
「基本的に、とは?」
「条件整えてやれば陸化して成体になることもあるらしいよ。まぁ弟は成体の見た目キモがってるし、ウーパールーパー自体の寿命も縮むって噂だからウチではやんねーだろうけど」
会話に耳を傾けながら、琴音はひそかに記憶を引っ張り出そうと試みている。ウーパールーパーの成体といえば、たしかどこぞのキュレーションサイトの記事で、ものすごく写りの悪い写真とともに「衝撃! ウーパールーパーが気持ち悪い姿に!?」とか何とか紹介されていたような覚えがある。
あの記事を読んだなら
とはいえ――あれはあくまでも写りの悪い写真である。
このまま話が進むのはウーパールーパーに気の毒な気がして、琴音は口を挟むことに決めた。
「……実際には、そこまで気持ち悪くもないみたいだけどね。ブラックの成体の画像見たことあるけど、普通のイモリとたいして違わない感じだった」
「それはあたしも見たな。でもやっぱりウチじゃやんねーと思うわ、
「まあ、わかるけど」
そのとき、小清水の眉根がきゅっと寄った。
「巳堂さん、その『ブラック』っていうのは、品種っていうか……体の色のことで合ってるよね?」
画面に見入っていたのかと思いきや、しっかり話を聞いていたらしい。
「わたし、ウーパールーパーって白のイメージしかなかったよ。黒い子もいるんだね」
小清水は口を動かしながらも、視線をスマホに注いだまま引き剥がそうとしない。そこに映っている天河家の個体は、なるほど、ちょうど黒一色の体をしている。
「小清水ちゃん、ウーパールーパーって大きく分けて五つ種類があるんだわ」
琴音が頷くより先に千尋が答えた。
ぱーの形を作った左手、その親指を折りたたんで、
「まず、あたしんちにいる黒いやつだね。これがいわゆる『ブラック』」
人差し指を曲げる、
「次に、まだら模様の『マーブル』。色は茶色だったり緑だったり個体によってばらつきがあるかな。野生に一番近い種類だね」
中指を曲げる、
「んで、さっき小清水ちゃんが言った白っぽいやつ。たぶん小清水ちゃんが知ってるのは『リューシスティック』だね。いわゆる白変種で、ウーパールーパーの中で一番知名度あるのがこの種類だと思うわ」
「あ、やっぱりそうなんだ。……あれ、なんか微妙な言い方だったけど、わたしが知らない白い子もいるってこと?」
「白いのには二種類いるからねー」
薬指、
「もう片方が『アルビノ』。リューシスティックとの見分け方だけど、リューシは目が黒くてアルビノは目が赤い」
最後に小指が畳まれて、千尋の左手は完全にぐーの形になった。
「アルビノの中でも体が黄色っぽいやつがいて、これは『ゴールデン』って呼ばれてる。小さいうちはラメみたいな模様も入っててキレイ」
「へぇ……」
小清水はいつの間にか自分のスマホを取り出していた。指の動きからフリック入力で文章を打ち込んでいるとわかる。千尋の説明をメモしているのだろう。
ひととおり記述を終えたのか、小清水の目線が上から下へと移動した。情報を吟味するかのように口元がもにゅもにゅと動き、
「――どうして目が黒いのと赤いのがいるんだろ?」
純粋な疑問を湛えた瞳が千尋を捉える。
千尋は、顔をぴったり九〇度横に向けた。
「よろしくコト」
「おまえという奴は……」
唐突な振りに琴音は溜め息をつく。
もっとも、こうなるんじゃないかと予想していたのも確かだ。頭の中を漁ると、知識はあっさり転がり出てきた。
「アルビノっていうのは、遺伝的に色素が少ない個体のこと。黒い色素を体の中で作れないから、目も黒くならないんだ。赤いのは血の色がそのまま出てるからだね」
ああ、と莉緒が両手を合わせて応じる。
「ウーパールーパーに限った話ではありませんわね。わたくしシロヘビなら見たことがあります」
「うん、人にだっているしね。会ったことはないけど」
喋りながら琴音は、言い知れぬ安心感を覚えていた。
――そうそう。こういう話でいいんだよな。
天河家の姉弟とは何かにつけて顔を合わせる仲だから、そのペットであるウーパールーパーについても話題にしたことは当然あった。
あのとき、ウーパールーパーという名前を出してからわずか二秒で「唐揚げ」の話に移行したことは忘れられない思い出だ。
現地では食用として扱われている、みたいなことはアクアリウムの世界では珍しくないので、琴音は聞いたところでどうとも思わない。しかし冷静に考えると、いくら実弟だからとはいっても、飼い主の前で飼っている生き物を揚げる話を始めた千尋の無神経ぶりはなかなか凄い。
――念のため、釘を刺しておいたほうがいいか。
琴音はじろりと横目で千尋を睨んだ。
「……言うなよ、今日は」
「……失敬な。あたしだってTPOは弁えてるぜ」
小声で囁きあったとき、テーブルのそばに影が落ちた。
先程のバイトと思しきウェイトレスだった。押してきたワゴンの上に四人ぶんの料理が載っている。
千尋がテーブルの中央からスマホを回収して告げた。
「まぁ、食べながら話そか。飼い方とかも気になるっしょ?」
小清水と莉緒が揃って首肯する。
――TPO、ね。
琴音は心底ほっとする。弁えているという千尋の言葉に嘘はないのだろう。時間においても場所においても、もちろん相手がいたいけな女子二人であるという場合においても、ゲテモノ料理の話など持ち出すべきではないのだった。
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