第28話 プレコやるならエアレもやったほうがいい
とにかく小清水ちゃんのは60cmレギュラーなわけだから――己に言い聞かせるように呟いた千尋が、ムック本のページを捲っていわゆる「中型」のプレコを探す。
スネークヘッドのときもそうだったが、実際、60cmで単独飼育となると候補がかなり絞られてくるのが実情だ。小さすぎては物足りないし、大きすぎては水槽に収まりきらない。
「とりあえずサイズ的な下限はこのへんかねー」
最終的に千尋が示したページには、三種類のプレコが掲載されていた。
ダルマ・プレコ――ずんぐりと重量感ある体型をして、波打つような模様を備えたグレーの個体。
ブルーフィン・プレコ――白いスポット入りの青みがかった体から、透き通った美しい背ビレを直立させる個体。
レモンフィン・プレコ――ブルーフィンと酷似したフォルムをもつ、体全体を黄色っぽく彩った個体。
この三匹はオレンジフィン・カイザープレコと近い間柄だったはずだ。しかし、写真の下に書かれている注釈によれば、いずれも丈夫で飼いやすい種類らしい。
「こいつらは最大でも二〇センチくらいだから、水槽じゃ……まぁ十五センチってとこだろね。ただ、一匹でも絵になる魚とそうでない魚っているからさ。60cmに対して十五センチでも、プレコならじゅうぶん満足できるんじゃねーかな」
千尋の言わんとすることは琴音にもわかる。
丸々としていたり扁平だったりと、シルエットがひとかたまりになった魚であれば、自分だって混泳を勧める。体長に合わせた水槽なら話は別だが、サイズのある水槽で彼ら単独だとどうしても淋しさが出てきてしまうからだ。現に、パロットファイヤーやエンゼルフィッシュはそれを理由に見送っている。
その点、プレコは違う。
盛り上がった鏃のような魚体、航空機の主翼のように水平に広がる胸ビレと、水面を向いてピンと逆立つ背ビレを携えるプレコは、視覚的に大きく見えるのだ。それこそ、実際の体長以上に。
「もうちょっとでかいのだと、コイツとか」
ページが捲られる。千尋が指さしたページには、二匹のプレコが上下に分かれて載っている。
「どっち?」
小清水が尋ねて、
「下のほうだね」
打てば響くような千尋の答え。
「えっと……グリーン・ロイヤルプレコ?」
ちなみに、すぐ「上」で紹介されているのはグリーンのつかない普通のロイヤルプレコである。
琴音は小清水の横からムック本を覗き込んだ。反対では莉緒が、やはり千尋のそばから誌面に視線を注いでいる。
「似てるな」
「色が違うだけ……でしょうか?」
二つの魚を見比べてみると、体型も同じなら黒い縦縞模様も一緒である。グリーンと名のついているほうが、名前のとおりに緑っぽい色合いをしている――違いといえばその程度のように見える。
ところが、千尋は首を振りながら小刻みに舌を打った。
「チッチッチッ、甘いなお二人さん」
「と、仰いますと?」
「一番の違いは、サイズなんだな」
聞けば、ロイヤルプレコが最大四〇センチにまで育つのに対して、グリーン・ロイヤルプレコは三〇センチ前後で止まるのだという。
たしかに、三〇センチなら飼えないこともあるまい。
「プレコの入門魚といえばコイツ、って言われることもあるね」
「飼いやすいんだ?」
「水流作ってエアレーションきっちりやって、流木入れてやれば失敗はしないんじゃねーかなあ」
「エアレーションって、ぶくぶくのこと?」
「まぁ、うん、間違いじゃーないね。ぶくぶくって言ったら投げ込みフィルターのことのほうが多いと思うけど……あれだって要はエアポンプで動くんだし」
二人の会話を聞いているうち、琴音はある事実に気づいた。
そういえば、小清水はエアポンプを持っていない。
水槽内に空気を送り込む装置がエアポンプである。エアポンプにチューブとエアストーンを繋ぎ、水槽に沈めるというのが一般的なエアレーションのやり方だ。
割り込んだほうがいいな、と思った。
「――小清水さん、エアレーションやるかどうかは飼う魚決めてから判断しても遅くないよ」
「えっ?」
「フィルター、上部式でしょ。あれの小さい版」
琴音は千尋のメインタンクを指さす。正確にはその真上――上部フィルターの本体を。
厳密にはポンプのモーター位置が違うから、小清水のダブルクリアー600SPとの差異はサイズだけではないとも言える。しかし、排水の方式が共通していることに比べたら、そんなことは些事だった。
「エアレーションの仕組みって、空気に触れる水の表面積を大きくして、溶け込む酸素の量を増やすってことなんだ」
「泡が上がってくるから水面が揺れて、面積が大きくなる? ――あ、あと泡自体も空気だから、泡からもちょっとは取り込まれるのかな?」
「そ。……だけど上部フィルターの構造を思い出して」
小清水が不思議そうに眉根を寄せる、
「えっと……まずポンプで水を吸い上げて、本体に流して、濾材を通して、排水口からまた水槽に……」
そこで小清水の言葉がふっと途切れた。
わずかな間があって、
「――あ!」
「気づいた?」
「うん! フィルターの本体を流れるときに水が空気に触れるし、排水のときに水面が揺れて表面積が大きくなるから、上部フィルターならエアレーションやってるのと同じことになるんだよね?」
「正解」
百点満点の解答にこちらも嬉しくなった。
実を言えばエアレーションにはもう一つ、水底から空気を送ることによって「水をかき混ぜる」効果もあるのだが――まあ、それは出題範囲外というやつだ。
「こういう理屈っぽい話はさすがだよな、コト」
千尋があとを引き取る。
「あたしが上部とエアレを両方やってんのは、溶存酸素多いほうがプレコの調子がいいからなんだ。プレコやるならエアレもやったほうがいいってのは断言できる」
「他の魚なら必ずしもいらない、ってことだね?」
「上部使ってて酸欠なんて話は聞かないからねー。コトの言うとおり、魚が決まってからエアポンプ買うかどうか決めたら――」
そのとき、千尋の腹の虫が鳴き声をたてた。
時刻は正午を回っていた。
千尋がおもむろにムック本を閉じる。よし、とひとつ頷いて、
「プレコはこんなとこかな。――さ、飯食いに行こうぜ!」
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