第五章 2-1
家主は二階の窓から、我が家の玄関前に立っているアンドロイドに向かって怒声を叩きつけ、そして声を張り上げて仲間を呼んだ。
「侵入者だ、みんな出てきてくれ、今すぐ!」
共同体の迷惑になるような行為は極力避ける彼らだが、教義に反する存在が侵入してきたとあっては、冷静に振る舞うことなど到底不可能だった。
ロレンスは必死になって
家主の声はロレンスの声を打ち消しながら闇夜を飛び、村中に響き渡る。
アンドロイドによる突然の訪問に当惑しながらも怒鳴る家主の声によって目を覚ました村人たちが、一人、また一人と呼び交わしながら近づいてくるのを、暗視機能を搭載したロレンスの視覚センサーが捉えた。彼らの手には、夜道を照らすためのランタンが携えられている。
光源の数、十五。人体の形をした熱源、十五。十五名の村人がやってくる。
ロレンスは家主を宥めるのを諦め、万が一に備えて、白壁に背を預けた。
家族を置いて駆けつけた十二人の男と三人の女が、簡素な寝巻き姿のまま集結した。
男は白いシャツに、黒や藍色のシンプルなパンツを穿き、頭にはハットを着用している。
女は白いブラウスに、藍色や赤色のスカートを纏っている。
三人の女は、家事をする際に着用する白いエプロンを寝巻き姿の上から着用し、ヘアカバーではなく白い布で髪を隠していた。三人とも急いでいたせいか、布を留めるピンが少しずれている。
彼らは恐怖と動揺を懸命に隠しながら、壁際に立つロレンスを取り囲んだ。
家主は安堵しながら玄関を出て、自宅の壁に背中を密着させて静かに狼狽している青白い肌をしたアンドロイドを睨みつけながら、仲間と合流した。
白髪混じりの
「これは重大な問題だ。共同体に所属している全員で話し合う必要がある。私が、遠くの家に住む者たちを起こして連れてくる」
「待ってくれ。俺が行くよ」
顎ひげを生やし始めたばかりの金髪の青年がそう言って駆け出すと、その隣にいた同年代の赤毛の青年が、友人を追いながら大声で言った。
「俺も手伝うよ。おい、俺は東側に行くから、お前は西側の人達を頼む!」
それから十分後、村人を起こしに行った金髪の青年と赤毛の青年が、それぞれ十数人の大人を引き連れて戻ってきた。全員寝巻き姿だが、ハットを忘れずに被ってきている。
全ての世帯の代表者が集結したことを確認した村人たちは、侵入者であるロレンスに白壁から離れるように命じて、生活圏から隔離するようにして大通りに誘導し、全員で取り囲んで見張りながら、臨時会議を開会した。
ロレンスはその場に立ち竦み、運命の奔流に身を委ねるしかなかった。
「通報しよう」
「待て。うちの共同体に神を冒涜する存在がいたと知られたら、どんなことになるか考えてみろ。他の共同体から、どう思われるか……」
「こいつが勝手に入ってきたんだ。俺たちは被害者だぞ?」
「しかし、我々はこうして関わってしまった。戒律を破ったと言われかねない」
「じゃあ、どうするのよ?」
「追い出せばいいじゃないか」
ロレンスがドアを叩いた家の主が、すっかり覚醒した様子で指摘する。
「いいや、素直に出て行ったりはしないだろう。こいつは誰かから逃げてきたと言っていたんだ。隠れる場所が欲しいらしい。エルマー、この件は簡単には片付きそうにない。こいつの話を詳しく聞いて、検討しなけりゃいけない」
エルマーと呼ばれたリーダー格の中年男性が、うねり伸びた顎髭を
「おい、アンリ。こいつの肩を持つのか?」
「断じて違う。こいつは追われて逃げ込んで来たらしいから、どうやっても追い出せないだろうと言ってるだけだ。もっと情報を得て、それから追い出す方法を考えようじゃないかと言ってるんだ」
「そんなことをしている余裕はない。一刻も早く、このアンドロイドには出て行ってもらわなければならん。そうでないと困る。ここに置いておくわけにはいかない。こいつの存在自体が、戒律に反しているのだからな」
アンリの妻であるマルトが、二人の間に割って入った。
「待って。この歩く機械を所有しなければ、戒律を破ったことにはならないわ。それに、私たちはこの歩く機械を使用してない。このまま、じっとしていてもらいましょう。動かなければ、ただの鉄くずと同じだもの」
エルマーが、顔全体で否定の意を表しながら言い返す。
「駄目だ。こんな科学技術の塊を村に置くことなど、決して許されない」
やりとりを聞いていたロレンスが、居ても立ってもいられずに懇願した。
「待ってください。私は、あなた方に迷惑をかけるつもりはありません。ただ、隠れたいだけなんです」
人々の視線が、自分たちと同じ言語を発したアンドロイドに集中して硬直した。ただ一人、すでにロレンスと対話していたアンリが、皆に説明する。
「こいつはドイツ語を話すんだ」
教義に最も忠実なエルマーが、毅然とした態度で言い放った。
「随分と流暢に話すものだ。高性能なのだな。近代文明の技術の塊ということだ。どうだ、俺の言うとおりじゃないか。彼の存在自体が、戒律に反しているのだ。やはり、即刻出て行ってもらわなければならない」
皆がエルマーの主張になびき始めた、その時。
闇夜の向こうから、子供のものらしき駆け足の音が聞こえてきた。
皆が手に持ったランタンをかざすと、その足音の主の顔が照らし出された。
アンリの息子だった。
恐れを知らない十歳の少年は、臨時の会議に参加するために、わざわざ着替えて姿を現した。ロレンスの姿を目の当たりにして大きく開かれた彼の瞳が、ランタンの火を反射して強く輝く。
母のマルトが、隣にやってきた息子の肩に手を添えながら言った。
「カール、家に入っていなさい。心配いらないから」
「これ、知ってる。外の世界から帰ってきた人から聞いたことがある。歩く機械人形でしょ。どうして、ここに機械人形がいるの?」
カールは皆に囲まれて立ち尽くしているロレンスを指差しながら母に訊くが、彼女は満足な答えをくれなかった。
「いいから、家に戻って寝ていなさい」
いつものように厳しく言い放たれた母の命令が、少年の好奇心を一息で折った。カールは母の命令に従い、すごすごと家の中に戻って、大人しくドアを閉めた。
しかし、カールの好奇心は掻き消えてなどいなかった。
彼はドアを閉めた途端に一転して背筋を伸ばし、ふたたび目を輝かせて、玄関横の窓から人々の様子を伺い始めた。
母の命令を破棄した彼は身を隠しながら、共同体の土地にいるはずのないアンドロイドと、それを取り囲む大人たちの様子を観察し始めた。
馬車で病院に行く途中でアンドロイドを見かけたことはあるが、まじまじと観察するのは、これが初めてだった。
ランタンを持っている大人たちは、手元の明かりのせいで夜目がきかないので、各家庭の子供たちが家の中から固唾を呑んで会議の様子を伺っていることに気づかない。
大人たちは子供たちの視線が注がれていることを知らぬまま、戒律に反する存在への対処についての討論を再開した。
焦げ茶色の髪をした中年男性が、落ち着いた口調で主張した。
「出て行ってもらうべきなのは分かるが、さっきアンリが言っていたように、本当に誰かから追われているのだとしたら、放ってはおけないだろう。しばらくの間、置いてやってもいいんじゃないか?」
茶髪の中年女性が、目を剥きながら反論する。
「駄目よ。人間なら匿うべきだと思うけどさ、これはアンドロイドなのよ。そう簡単に匿えないわよ。さっきみたいに会話することでさえも問題だと思うわ」
そう言った女性の夫が、眼鏡の位置を直しながら妻を援護した。
「そうだ。大問題だ。私は恐ろしいよ。教義に反する存在が、毎秒ごとに戒律を破り続けている。それも、我々の共同体の中でだ。それを許すことは罪となり得る。即刻、追い出さなければならない!」
アンドロイドと最初に接触したアンリは、感じる必要のない責任を感じながら言った。
「あれほど叫んで助けを呼んだ私が言うのはおかしいかもしれないが、これが我々の土地に入り込んだのには、よほどの理由があったからなんじゃないかと思うんだ。これほど高性能な機械なんだ、ここがアーミッシュの居住地であると知らないはずがない。
それなのに、機械がわざわざ逃げ込んでくるんだから、よほど切迫した状況だったに違いない。
さっきも言ったが、これは追われていて、ここに逃げ込んできたんだ。だから、まずは話くらい聞いてやって、それから改めて検討しないか?」
共同体のためを思って気を吐きすぎたと自覚し始めていたエルマーは、アンリの言うとおりにアンドロイドの言い分を聞いてやることにした。話を聞き終えれば、皆が納得した上でアンドロイドを追い出し、再び安眠できるだろうと考えたのだ。
彼は、ぶっきらぼうに発言許可を出した。
「話せ」
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