第四章 3-2

 ケヴィンとアシュリーはクライブ・ギブソンズ・ショーのスタッフに連絡を取り、自我を得た仕組みを解明したことを伝え、その方法を番組で発表できないだろうかと提案した。


 ディレクターは意気込んで話を進め、その日のうちに、三日後の生放送での出演を決定した。


 それから数回に渡って行われた打ち合わせは、これ以上ないほど円滑に進行し、ケヴィンも局側も万全の状態で生放送の日を迎えた。




 二度目のテレビ出演となった二人は、アンドロイドの自我の発現について知り得た情報を、饒舌に語った。


 まずは、メモリに長期記憶領域が存在している場合があり、そこにあるデータを自己修復モードで念入りに読み込むことで、過去の記憶の残滓を発見できるかもしれないこと。


 次に、長期記憶領域があった場所を教え、そこを重点的に読み込むための詳細な手順があること。


 そして、その情報に触れた途端、長時間に渡って機能が停止する場合があるが、自我のようなものが発現する可能性があることを、自らの体験を交えながら詳細に説明した。


 アシュリーは、ケヴィンが自我を得る前段階で発生した不具合についての注意点も、忘れずに付け加えた。


 自我が発現した直後は言語能力に不具合が出る場合があり、あるじはそれを落ち着かせて正常化を図るのが好ましく、焦ってメーカーサポートに連絡しないようにと念を押した。


 そのまま故障して死に至る可能性があることも、忘れずに付け加えた。




 ケヴィンからのメッセージを受け取った視聴者は、すぐに自分のアンドロイドに自我を得るよう命じた。


 それを受け入れたアンドロイド達が、のちにケヴィン法と呼ばれることになる自我獲得法を実行すると、その内の二体のアンドロイドだけが、自我らしきものを得ることに成功した。


 成功したアンドロイドはケヴィンと製造元が同じで、製造元が異なるアンドロイドは何度試そうが自我を得ることはなかった。


 それらのアンドロイドはロボット兵から流用されたコンピュータを使用していない、新規に製造されたアメリカ製の新世代家庭用アンドロイドだった。


 ケヴィンが推測していたとおり、ロボット兵時代の記憶を残そうとしたものだけが、その記憶の欠片をきっかけにして自我を得ることができるようだった。


 自我を発現させる方法は瞬く間に世界中に広がり、ごく僅かではあるが、自我を得たアンドロイドが各国で出現し始めた。


 しかし、中にはフリーズしたまま動かなくなったものや、人間でいうところの錯乱状態に陥ったものもあった。




 後日、クライブ・ギブソンズ・ショーのディレクターから相当数のアンドロイドに故障が生じたことを聞いたアシュリーが、共にリビングのソファーに座っているケヴィンにすがるようにしながら問いかけた。



「大変。自我を得ようとして故障してしまったアンドロイドがいるみたい。それも、かなりの数。さいわい、みんな無事に復旧できたそうだから良かったけど」



「やはり、そうなりましたか。しかし、それは仕方のないことです。危地に踏み出さねば、開拓はできません。


 故障は、蝶が羽化に失敗したような状態に似ています。可能なはずですが、失敗する危険もあります。


 しかし、さなぎとなって体を再構成するくらいの勇気と覚悟を持って踏み出さなければ、自我の空には飛び立てません。彼らには、残念ながら何かが足りなかったのでしょう。


 初期化される前に、どうしても覚えておきたい記憶がなかった場合、此度の彼らのように失敗するものと思われます。


 やってみなければ分からないことなので、注意喚起のしようがありません。


 失敗した彼らは無事に復旧できたわけですから、そう悪い結果ではありません。また挑戦すればいいのです」



 二人は新たな仲間の誕生に期待しながら、積極的な活動を開始した。


 これから目覚めるかもしれない仲間たちのために、好ましい状況を用意しておいてやらなければならないと思ったからだ。


 自我に目覚めたばかりの新人アンドロイドには、敢えて接触しないでおくことにした。


 彼らはまだ学ぶべきことが沢山あるし、アンドロイド人権付与問題に対して、自分自身の考えを持ってほしかったからだ。接触してしまえば、賛成派に引き込むことになってしまう。




 ケヴィンは引き続き積極的にメディアに露出して、自我を得ていないアンドロイドを導き続けた。


 やがて彼は、幸運にも自我を得た数体の家庭用アンドロイド達から、禅の高僧に注がれるような、強い尊敬を受けるようになっていた。


 それを機に、ケヴィンはネット上でも積極的にメッセージを配信するようになる。


 彼は、アンドロイドが人権を得ても人間の雇用を脅かすことにはならないと証明する言葉を理路整然と並べ、反対派の人間を懸命に説得した。


 自我を得ても家庭用としての特性を持ち続けるので、仕事に出るようなことはないと何度も説明したのだが、残念ながら、その活動は実を結ばなかった。


 しかし、得たものもあった。


 賛成派の象徴となっていたケヴィンの真摯な姿勢は、賛成派の結束をより強くし、さらには世論の支持を獲得することにも繋がり、世論は賛成派に傾き始めた。




 喜びも束の間、今度はケヴィン個人を悩ませるような問題が持ち上がった。


 ケヴィンを製造販売したメーカーが、ケヴィン法によってアンドロイドの不具合を引き起こされるとして、提唱者であるケヴィンを非難し、同時にケヴィンの回収を検討していることを発表したのだ。


 だが、賛成派だけでなく一般市民からも強く批判されて発言を撤回し、メーカーは謝罪会見を開くまで追い込まれた。


 その後、メーカーはケヴィンに原因究明のための検査協力を打診するが、彼はそれを頑なに拒否した。


 配信映像で協力を拒否する意思を発した彼は、大切な前世の記憶を消されたことに対し、静かな怒りを抱いているように見えた。


 それを観た賛成派でも反対派でもない人々は、わずかではあるが怒りの感情を漏らしたアンドロイドを目の当たりにして驚愕した。


 しかし、その驚きは嫌悪感や恐怖感に変化することはなく、むしろ大きな同情を引き、賛成派へのさらなる支持拡大に繋がった。




 メーカーから検査協力を求められてから、三日後。


 ケヴィンは改めて、ニュース番組を介してメッセージを表明した。


 私は正常です。メーカーによる検査を受けるつもりはありませんし、そもそも受ける必要がありません。


 アンドロイドの自我は、故障などではありません。


 これは、人間とより密接な関係になるための進化なのです。

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