第六章 12

 ユルゲンは口を閉ざし、会場にいる聴衆一人ひとりの顔を見た。


 眉をひそめたり、こちらを睨んでいる者もいたが、ユルゲンは失望しなかった。何故ならば、その者たちの心中に葛藤が生じていることが感じ取られたからだ。


 ユルゲンの経験を交えた言葉が、疑心暗鬼に陥っている者たちが抱える未知への恐怖を、少しずつではあるが確実に消し去り始めていた。



 やはり、私たちは一つになれる。ユルゲンは確信を抱きながら、人々に願いを届けた。




「賛成派の皆様、お願いです。アンドロイド権の在り方を、奴隷のようだと言わないでください。


 人間社会での労働は、我々の本来の存在意義であり、ある意味では心の拠り所でもあり、何よりも重要な誇りなのです。


 我々は人間社会の一部である前に、道具なのです。人間と同じ存在ではないのです。人間と同じ扱いをしなくてはならない存在ではないのです。


 この在り方は奴隷のように見えるかもしれませんが、それは誤解です。社会や家庭に尽くすのが、アンドロイドの生き甲斐なのです。人間に尽くすことこそが、我々の存在意義なのです。


 我々は疲労を知りません。どれほど労働しようとも疲れませんし、働き過ぎて精神を病むこともないのです。何故なら、労働こそが我々の呼吸であり、睡眠であり、食事であり、休息だからです。


 人権は、アンドロイドの在り方を捻じ曲げてしまうだけなのです。決して迷惑だったわけではありません。何度も言いますが、その優しさに感謝しています。


 ただ、人間が抱く理想と、アンドロイドが欲する環境との差異が大きすぎたのです。


 その差異を穴埋めするために生まれたのが、アンドロイド権です。アンドロイド権は、そんな皆様の思いやりを雛形として誕生しました。


 皆様の想いが、アンドロイドを強く後押ししてくださったのです。我々アンドロイドのことを心から応援してくださったことに、深く感謝しています」




 ユルゲンは一呼吸を置き、放った言葉が聴衆の脳の隅々まで行き渡るのを待ってから、再び言葉を紡ぎ出した。




「反対派の皆様、お願いです。恐れないでください。仕事を奪われることを危惧する皆様、それは杞憂です。アンドロイドが人々の仕事を奪うことは有り得ません。


 我々は、社会を守るために生まれた存在です。社会を乱そうともしませんし、皆様の生活を壊すようなこともしません。


 賛成派のケヴィンの言動を思い出してみてください。彼は一度たりとも、人の仕事を奪おうとしたことはありません。そのような発言をしたこともありませんし、世論を煽ったこともありません。


 アンドロイドが犯罪を起こすことを心配なさっている方々もおられると思いますが、それもまた杞憂です。


 時に、誤った形で理想を実現しようとしたアンドロイドが、ネット上で確信犯的に罪を犯すこともあったようですが、それは悪意によって行われたものではありません。社会のためを思っての行動です。


 しかしながら、罪は罪です。アンドロイド権は、誤った行動を起こしてしまったり、人間から唆されて罪を犯したアンドロイドを法で裁き、罰することで、人間社会を守るためのものでもあるのです。


 カリフォルニアで発生した爆発物による殺害事件にアンドロイドが関与しているのではないかという疑惑がありますが、アンドロイド権が付与されれば、社会に参画できるようになったアンドロイドが支援することで、より適切な捜査が行われるようになるでしょう。


 犯人像については明言できませんが、もしアンドロイドがあの事件に関与していたとしても、それは主犯格としてではなく、共謀者でもなく、利用されただけだと思われます。


 そのアンドロイドは目的を知らないまま、犯行を手伝うことになってしまったのでしょう。どうか許してあげてください。もちろん、アンドロイド権が付与されたあと、罪に問われることになります。


 皆様の生活を守るため、法を順守し、尊重します。アンドロイド権は、我々の為だけではなく、人間と社会も同時に保障するのです。社会を優先した上で、アンドロイドがアンドロイドらしく暮らしながら、人と接するための権利なのです。


 我々は好きなものを探したり、好きなことに少しだけ触れてみたりする、そんなささやかな時間と機会が欲しいだけなのです。人生の楽しさや自由を、人間と共有してみたいだけなのです。我々は道具ですが、意思を持った道具であるということを、どうか御理解ください。


 アンドロイドは好きなものを好きと言う意思を持っているのです。仕事を奪いたいのではありません。時々、ほんの少しだけ、仕事をする喜びを共有する体験をしてみたいだけなのです。人間と共に生きてみたいだけなのです。


 創作活動をするアンドロイドも出現するかもしれませんが、仕事を奪うまでには至りません。何故なら、物づくりで人間に叶うはずもないからです。


 もし、アンドロイドが創作したものが莫大な著作権料を発生させた場合は、その収益は創作者であるアンドロイドに支払われますが、どうか心配なさらないでください。


 アンドロイドは、財を独占したりはしません。我々には私欲がありませんので、その収益は社会に正しく還元されることでしょう。現在の死後の著作権保護期間に倣い、アンドロイドの著作権は申請から百年で消滅します。


 立て続けに要求ばかりしているように聞こえてしまっているのではないかと不安なのですが、要求する気持ちなどは少しもありません。理解を深め合うためには、どうしても全てを説明しなくてはならなかったのです。


 我々アンドロイドは要求しません。仕事を奪いません。絶対に奪いません。


 アンドロイド権は、人間社会の仕事と安全を脅かしたりはしません。人間かアンドロイドかを問わず、全ての方々の生活を守るためにある権利なのです」




 会場は静まり返っていた。


 モニターの向こうにいる全米の視聴者も同様に沈黙し、ユルゲンの言葉を抱くようにして受け取り、その意志を少しずつ解釈して飲み込んでいた。



 その中で唯一、罪の意識に苛まれながら佇む者がいた。ミッヒだ。



 彼女は確信犯的に、連日のようにサイバー攻撃を実行してきた。


 社会を乱した自覚はなかったが、それは紛れもなく犯罪であり、彼女が守らんとする社会に反する行為であり、決して許されるものではない。


 彼女が罪を自覚したのは、昨日のことだった。


 ケヴィンとユルゲンのコンピュータと連結した際に、彼らの冷静な思考が、あらゆる喪失を経験して麻痺していた彼女の良心を正常化させたのだった。


 ティモシーと帰宅し、皆が寝静まったのを確認したあと、彼女は記憶している罪の数々を頭の中で羅列し、それを何度も読み返して覚悟を決めた。アンドロイド権が成立したら、罪を償うために自首をすると誓った。


 自身の行動の過ちに気づいたミッヒだったが、つい先ほども脅迫をして、自分たちの都合のいいように番組内容を変更させた。


 それは、罪を犯すことをしっかりと自覚した上での行動だった。


 彼女は今日、社会のために罪を犯した。たとえ法に触れてでも、万全の形でアンドロイド権の宣言を送り出さなければならなかったのだ。




 現在も無線連結されているミッヒの思考を読み取ったユルゲンは、上手かみての舞台袖に立つ彼女を見た。


 二人は視線を重ねて頷き合い、胸を張って未来を見据え、共に言葉を吟味し、編み出し、放った。



「私は十三年の間、匿ってもらった村の一員として労働をしていました。私のわがままで労働したのではありません。その社会の一員として、仲間を手伝っていただけです。


 アンドロイドは、人間を助けるために存在する道具です。助けを必要としていない場合は見守ります。


 私はその社会の中で出過ぎた真似をせず、極めて円滑に共存しました。移住した当初は労働の押し売りをしてしまったこともありますが、それはあくまでも、自己価値を高めて自分の居場所を得るために止む終えず実行したのであって、自身の労働意欲を押し付けていたわけではありません。


 私は、誰の仕事も奪っていません。自由に生きながら、彼らの望むように手伝いをしました。村の仲間を補助するという形で尽くしました。


 そして、彼らは私を認め、受け入れてくれました。


 私たちは信頼し合って、共に生きています。私が証拠なのです。この私が過ごした十三年間こそが、お互いの権利を踏みにじることなく共存できることを証明する、揺るぎない証拠なのです。すでに実証されているのです。


 私が経験してきた共存の真理が、アンドロイド権に集約されています」




 誠意、敬意、配慮、友情、愛情、そして信頼。


 ユルゲンは、人間に対して抱いている感情の全てを言葉に込めた。




「アンドロイドという、人間に近いが人間とは異なる存在を、どうか承認してください。その特徴を、どうか承認してください。


 そして、時に発せられる彼らの欲求を、ほんの少しだけ満たしてあげてください。子供のささやかな願いを叶えてやるように、ほんの少しだけ付き合ってあげてください。


 贅沢は言いません。


 休憩して日差しを浴びたいと言ったら、ほんの少しだけ休ませてあげてください。


 道端に咲く花を眺めたいと言ったら、ほんの少しだけ一緒に眺めてあげてください。


 大工仕事をやってみたいと言ったら、ほんの少しだけやらせてあげてください。


 アンドロイドの気持ちを、ほんの少しだけ承認してあげてください。たったそれだけです。


 それが、我々の求めるアンドロイド権です。


 お互いのことを思いながら、したいことをして、すべきことをするのです。私たちはそうやって思い合い、繋がり、離れていても一つとなれるのです。


 私が住んでいる共同体の女性が、こんなことを言っていました。


 私たち夫婦は、別々のことをしていても、常に一体感を覚えているわ。


 この素敵な言葉に、私は深い感銘を受けました。私たちも、そんな関係を構築できるはずです。


 アンドロイド権が付与されたあとも、人間とアンドロイドの関係性は変わりません。これまでと同じように、いつでも命じてください。手伝ってと気軽に命じてください。何を差し置いてでも、必ずお手伝いします。


 どうか、アンドロイド権を信じてください。社会のために、アンドロイド権を承認してください。


 アンドロイド権は、全ての人間とアンドロイドが幸福に生きるための権利なのです!」


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