第六章 13

「皆さん、こんばんは。今日は特別プログラムをお送りします。彼らが、この番組に戻ってきてくれました。それも、新たに三人の仲間を引き連れて。早速、ご登場頂きましょう。ティモシー・フィッシャー、ミッヒ、ユルゲン、アシュリー・フェロウズ=オオモリ、そして、ケヴィン・フェロウズ=オオモリ!」



 五人は、じつに朗らかな様子でクライブ・ギブソンズ・ショーのステージに登場した。


 五人は司会のギブソンと握手を交わし、そして右からケヴィン、アシュリー、ユルゲン、ティモシー、ミッヒという並びで、長いソファーに腰を下ろす。




 観覧客の視線は、凱旋出演したケヴィンではなく、ミッヒただ一人に注がれていた。


 今日の彼女は、ぶかぶかのパーカーを着たスキンヘッド姿ではなく、美しい茶色のロングヘアーの擬似頭髪を装着し、上品な赤いドレスに身を包んで、見違えるほど煌びやかな姿を披露していたからだ。


 その転身は、アシュリーの計らいによるものだった。




 ギブソンはいつも通りに一人掛けのソファーに腰を下ろし、仕事に取り掛かった。



「お久し振りですね、ケヴィンさん」



「はい。このように晴れやかな気分で再会できたことを、心から嬉しく思います」



「無事に、アンドロイド権がアメリカ合衆国憲法で保障されましたね。おめでとうございます。要した時間は、わずか一ヶ月。随分と早かったですね。初めてお会いした時とは、全てが大きく様変わりしました。現在のご気分は?」



「とても幸せです。このような日が来るとは思いもしませんでした。皆様から多大なるご支援を賜りましたことで、アンドロイド権の付与を速やかに実現できたのです。皆様のおかげです。ありがとうございます」



 観覧客が、大きくて張りのある拍手を送る。



「しかし、あの生放送は壮観でしたな。アンドロイド権を初めて発表したとき、皆が静かにユルゲンさんの演説を聞いていました。そしてユルゲンさんが演説を締めくくったとき、静寂に包まれていた会場が、一気に湧きました。すごい拍手でしたね。賛同の意思を叫ぶ声も聞こえました。そのときの気持ちを聞かせてください、ユルゲンさん」



 一際リラックスした体勢でソファーに座っているユルゲンが、にこやかに答える。



「はい、私も感動しました。私の話を真剣に聞いてくださって、ありがとうございます。改めて、お礼を申し上げます」




 ケヴィン、ミッヒ、ユルゲンによるアンドロイド権の合同提案演説により、アンドロイドへの人権付与の是非を巡る論争は終結を迎えた。


 ユルゲンの演説映像は全米を駆け巡り、瞬く間に世界全体にまで拡散して、思想や立場を問わず、万人の心に大きな衝撃と共感を生じさせた。



 ケヴィンとミッヒとユルゲンはこの潮流を見逃さず、速やかにアンドロイド権の草案を各国政府に送付した。


 三人のアンドロイドによって作成された草案を受け取った各国の政府は、極めて摯実に内容を検証して、不備も疵瑕しかもないことを確認した。


 そして、草案を一文字も修正することなく発議し、反対されることなく可決されて、各国の憲法に追加されていった。



 その背景には、ユルゲンの演説を見て心を動かされた民衆によって行われた、凄烈な賛成デモがあった。


 デモによって生じた圧力はじつに強大で、アンドロイド権がアメリカ合衆国憲法で保障されるまでに要した時間は、わずか三十日だった。


 世界各国で次々にアンドロイド権が付与され、自我を得ていたアンドロイド達は、万人に祝福されながら社会に迎えられた。


 二の足を踏む国も多数あったが、前向きに検討を続けている最中で、近いうちに同様の権利が付与される見込みである。




 地球上で最も有名な三人のアンドロイドの尽力によって、人とアンドロイドは真に一つとなった。


 十三年もの間、人間と密接に関わって生きてきたユルゲンと、人間の生活を第一に考える心優しきケヴィンと、社会の安定とアンドロイドとしての矜持を重んじるミッヒがいたからこそ実現できた融和だった。




 アンドロイド権が憲法で保障されてからも、三人のアンドロイドは民衆の関心を集め続けた。


 メディアに露出する機会が多かったケヴィンにはテレビ出演や取材依頼が殺到したが、彼は取材を受けることを控えていた。これ以上、特別視される存在であってはならないと感じたからだった。


 社会の混乱を生み出してしまったという自責の念はそう簡単に消えるものではなく、彼はテレビ出演や取材依頼を頑なに断り続けた。


 しかし、一つだけ例外があった。


 新たな生活を得るきっかけとなった番組、クライブ・ギブソンズ・ショーである。




 ギブソンは身を乗り出して、出会った日を回想しながらケヴィンに語りかけた。


「あのアンドロイド人権論争は、この番組に出演したことがきっかけで巻き起こったんですよね。賛成派と反対派に分かれて意見をぶつけ合い、デモ同士の衝突も発生するほどの対立が生じましたが、結果的には、人間とアンドロイドは見事に共存共栄の道を踏み出すことに成功しました。歴史的な瞬間に立ち会っていたのだなと思うと、なんだか興奮しますよ」



「私もです。以前も言いましたが、私はこの番組のファンですからね。大好きな番組で自我を披露できたことを嬉しく思います。この番組に出演して、全てが変わりました。しかし、反省点もあります。私とアシュリーがアンドロイドの自我を公表したり、自我獲得法を普及させたりするなどという独りよがりな行為をした結果、社会を混乱させてしまいました。その点は深く反省しています」



 沈むケヴィンに、ギブソンが口角を上げて笑いかけながら言った。



「まあまあ、ケヴィンさん。あれは予期せぬ結果だったのですから、あなたは悪くありませんよ。あなたのような方が、社会が混乱するのを望むわけがない。みんな分かっていますよ、そうでしょう?」



 ギブソンが肩を窄めながら両腕を開いて客を煽ると、スタジオが割れんばかりの拍手が巻き起こった。


 ケヴィンは思わず破顔一笑して、感謝を述べる。



「皆様、ありがとうございます。私は救われました。これからも、社会のために力を尽くしていきます」



 背筋を伸ばしてそう言ったケヴィンに、ギブソンが笑いながら、いつもの調子でゲストに絡む。



「相変わらず、あなたは真面目ですねえ。家でもこんな調子なんですか、アシュリーさん?」



「ええ、いつもこんな感じですよ。でも、堅物ってわけじゃないんです。とても親しみやすい、丁度良い真面目さを持っているんですよ」



「それはいいですね。私には真面目さが少々足りないので、ケヴィンさんのような振る舞いをする方と番組進行をすれば、より良い番組が作れそうですな。ああ、そうだ、真面目で素敵なケヴィンさんに、アンドロイド権について伺いたいことがあるんですよ。いくつか質問に答えていただけますか?」



「もちろん、どうぞ」



 ケヴィンがにこやかに応じると、報道番組さながらの問答が始まった。

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