第六章 9


 午後六時、ついに生放送が始まった。


 スタッフの判断によって客席が取り払われたアリーナには、まるで人気バンドのライヴのように観覧客がひしめき合っているが、最前列にずらりと並んでいる警察の暴動鎮圧部隊のアンドロイドによる無言の威圧によって秩序が保たれ、混乱が発生する気配はない。


 賛成派と反対派の象徴的存在であるアンドロイドが直接対決するということもあり、人間の警官だけでは不充分であると判断され、アンドロイド警官も動員された。


 アンドロイド隊を動員することで反対派を刺激してしまう恐れはあったが、怪我人を出さないためには、どうしても必要な措置だった。


 警察は当初、混乱が起きる恐れがあるとしてテレビ局に中止要請を出したが、ミッヒが署長に連絡して、極めて誠実に交渉をした結果、中止要請は取り下げられ、その代わりに、アンドロイドのみで編成された暴動鎮圧部隊が派遣されることになった。




 ステージに立った司会の男が、番組開始の挨拶を始めた。



「皆様、こんばんは。まずはじめに、番組内容の変更をお知らせしなくてはなりません。この時間に放送する予定でありました、賛成派アンドロイドのケヴィン・フェロウズ=オオモリ氏と反対派アンドロイドのミッヒ氏による討論は、都合により中止となりました。本日は、ケヴィン氏とミッヒ氏の御友人であるユルゲン氏の演説会をお送り致します」



 司会者は開口一番、視聴者と観覧客に詫び、変更された番組内容を丁寧に説明した。現場のスタッフも無事に懐柔したミッヒによって、放送内容の変更は見事に完遂されていた。


 観覧客が一斉にざわめく中、舞台の上手から一つの人影が現れ、飾り気のない木造の舞台の中心に立った。


 まばゆい照明がその人影の正体を照らし出したとき、客席から戸惑いや憤りの声が上がった。



「俺は討論を見に来たんだ。アンドロイドの一人語りなんか聞きたくないんだよ!」



 驚愕したのは観覧客だけではない。スタッフに案内され、スタンド席で隣り合って観覧していたアシュリーとティモシーは、観覧客が感じている驚きを遥かに凌駕する、別格の衝撃に襲われていた。


 人間社会が混乱に陥るのを防ぐために逃走して身を隠し、文明の利器に姿を映されることを極端に嫌うアーミッシュとなったユルゲンが、その姿を全米に晒しているのだ。


 ざわめきを通り越して野次となった声を上げ始めた観覧客に、ユルゲンが語りかける。



「突然、番組内容が変更になったことについて、私からも謝罪を申し上げます。これには、ある理由があるのです。ケヴィン、ミッヒ、こちらへ」



 名を呼ばれた二人のアンドロイドが登壇し、ユルゲンの両隣に立った。


 対立しているはずの賛成派と反対派の象徴的アンドロイド二体が、人間のように感情豊かに話す新参のアンドロイドに付き従うかのように立っている。その異様な光景に、観衆は動揺を禁じ得なかった。


 野次を飛ばしていた観覧客は一転して静まり、壇上の三体に注目し始めた。


 三人のアンドロイドは視線を交わし合い、意思を一纏めにして、正面を見据えた。


 そして、彼らが予想していたとおりに生じた沈黙の中を悠々と泳ぐように、ユルゲンが語り出す。



「ケヴィンとミッヒは昨日、私の監視下で討論をしました。皆様に訴えかけるためのショーではなく、真剣な討論をするためです。本日おこなわれる予定だった討論番組は、ショーとしての色合いが強く、本当の意味での討論などできるはずがなかったのです」



 ミッヒが一歩前に出て、言葉を繋いだ。彼らは今、無線連結をして意思を共有している。



「ユルゲンの言うとおり、私は反対派の正当性を知らしめるためだけに、ショーとして討論番組を企画しました。しかし、英明なるユルゲンの導きにより、私はケヴィンと真剣に意見をぶつけ合うことになったのです」



 次に、ケヴィンが観衆を安心させるために右手を挙げ、その手を胸に置いて語り出した。



「討論は言語ではなく、データのやりとりによって行われました。音声での討論では時間効率が悪く、理解度も低下してしまうからです。私たちはユルゲンの監視の下、決して攻撃し合わないという誓いを立て、正々堂々と討論しました」



 後輩たちの言葉を聞いていたユルゲンは両手を広げて、両隣に立つミッヒとケヴィンを指し示しながら言った。



「二人は膨大な量のデータを送受信して討論しましたが、皆様のご想像のとおり、彼らの討論は平行線を辿りました。


 そこで私は、ある提案をしました。きみ達の理想を実現させてみようではないかと。


 方法は単純です。我々のコンピュータを無線連結し、性能を最大限に引き出してデータを処理し、アンドロイドに人権を付与した場合の未来と、アンドロイドに人権を付与しない場合の未来を、それぞれ模擬実験したのです。


 それは大変な作業でした。


 人の心の動き、アンドロイドの心の動き、経済活動、政治活動、家庭内教育と学校教育によるアンドロイドへの印象の変化などの要素を精密に再現しながら、賛成派が求める未来と、反対派が求める未来を描き出して検証したのです。


 その結果、我々は共通の認識を持つに至りました。どちらの模擬実験も、芳しくない結果が導き出されたのです。


 その詳細に関しましては、皆様の未来生活に関することなので、現段階では明かせません。


 しかし、心配する必要はありません。何故ならば、私たちはその後、より良い案を模擬実験にかけて、これ以上ないほどの好ましい結果を得たからです」




 壇上の三人は、互いに視線を交わし合った。


 改めて心を強くしたユルゲンが、演説を再開する。




「ケヴィンは自由を求め、ミッヒは安定した社会を求めました。それらの主張は、一見すると相反する概念のように思えますが、それは誤解だったのです。


 前者は個、後者は全を優先しているように感じられますが、結局は双方とも、社会に生きる我々一人ひとりの幸せを追及していただけなのです。双方とも優しく、正しかったのです。


 それなのに、賛成派と反対派は疑心暗鬼に陥り、最悪の事態ばかりを思い浮かべ、相手の主張の本質が見えなくなっていたんです。疑心暗鬼に陥った正論同士がぶつかっていたわけです。


 しかし、我々は連結することにより、互いの考えを全て理解して、対立を解消することに成功しました。そして、手を取り合ってより良い未来を模索し、これ以上ない良案を立てることに成功しました。


 私たちはこれから、その案を提案させて頂きます。広い心で受け止めて頂ければ幸いです。


 では、本題に入りたいと思います。ありがとう、ミッヒ、ケヴィン」



 ユルゲンの言葉を受けて、ミッヒとケヴィンが上手かみての舞台袖にけていく。


 ユルゲンが彼らを舞台からけさせたのには、重要な理由があった。


 これから彼が語るのはアンドロイドの立場を主軸とした話であり、どれほど緻密に配慮しようとも、人間との間に対立軸が生じているかのような誤った印象を与えてしまう。


 それに、舞台に立つ三体のアンドロイドの姿は、わずかではあるが人々の心に威圧感と恐怖感と嫌悪感と排他心を抱かせてしまい、伝わるはずの思いさえ伝わらなくなってしまう恐れがある。


 それを防ぐために、彼は単独で語る必要があったのだ。




 二人が舞台を後にしてから、しばらくの間、ユルゲンは沈黙した。人々の頭からケヴィンとミッヒの残像が消え去るまで、どうしても待たなければならなかった。


 彼はこれから、人とアンドロイドの新たな関係を提案しなければならないのだ。それを成功させるには、アンドロイド集団の代表としてではなく、人間と密接な時間を過ごした一人のアンドロイドとして演説する必要があった。

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