第六章 7

 アンドロイド達と別れた場所に舞い戻ってから、さらに二時間が経った。


 アシュリーとティモシーの予想は大きく外れ、午後五時になっても、相棒たちが戻ってくることはなかった。彼らが森に入ってから八時間が過ぎ、とうとう日が落ち始めた。




 車の中で待機していたアシュリーとティモシーが、夕食もあの寂れたダイナーで摂ることになるのかと思い始めた時だった。


 何の前触れもなく、ユルゲンとケヴィンとミッヒが、森の中から姿を現した。


 視界の隅で三つの人影を捉えたアシュリーが、車のドアを勢いよく開けて駆け出して、ケヴィンを迎えた。



「長かったね。結果は?」



「じつに濃密な時間でした。言葉ではなく情報を送り合い、多くの意思を交わしました。人間のように音声で語り合っていたならば、二年以上の時間を要したでしょう」



「質問に答えて。その長い長い話し合いは、どう決着したの?」



「やはり兄弟だ。そう思いました。さあ、帰りましょう」



 アシュリーは眉間に深い皺を刻み、両手を広げて聞き返した。



「ちょっと待って。さっきから答えになってない。討論の結果は?」



「結果は明日、分かります。ミッヒはあらゆる手段を講じて、番組内容の変更を成功させるでしょう」



「意味がわかんない。説明してよ」



「そんなことより、早く充電がしたいのです。充電がなくなりかけているので」



「バッテリーの故障?」



 アシュリーは、彼が毎日適度な充電をしていることを知っている。バッテリーの電力がなくなるなど、故障以外に考えられなかった。


 しかし、ケヴィンは首を横に振る。



「いいえ、消費電力がかさんだのです」



 アンドロイドの大容量バッテリーが、八時間程度で枯渇するはずがない。アシュリーは食い下がった。



「そんなの有り得ない。こんなに早く充電がなくなるわけがないでしょ?」



「それ相応のことをしたのです。詳しくは訊かないでください」



「どうして秘密にするの?」



「大事なことなのです。ああ、秘密といえば、もう一つ言っておかなければならないことがあるのでした。メーカーサポートと政府による隠蔽工作の件は、くれぐれも内密にしておいてください。我々が解決します」



「その問題についても、話をしてきたの?」



「はい、話し合いました。とにかく他言無用でお願いします。さて、アシュリー。すっかり遅くなりました。夕食はどこで召し上がりましょう?」



 ケヴィンは疑問符まみれのあるじを置き去りにして、白いリメイク・クラシックカーに乗り込んだ。




 一方のティモシーは、ミッヒを詰問していた。



「どうして討論の結果を言わない?」



「つまり、私は情報分析を怠っていたということです」



「何を言ってる。答えろ。まさか負けたのか?」



「違います。全員が負け、全員が勝ちました。そういうことです」



 ミッヒはティモシーの横を通り過ぎ、黒い高級車に向かって歩を進めた。その横顔を見たティモシーは言いようのない違和感を覚え、その正体を探った。


 ミッヒの奴、随分と素直になったように感じる。どういうことだ。出会った時よりも、さらに物腰が柔らかくなっているように感じる。この感覚は気のせいだろうか。いや、違う。しかし、その理由が分からない。見当もつかない。




 ティモシーは問題を保留して、後部座席に座るミッヒの隣に腰を下ろした。



「なあ、ミッヒ。どうして適当なことばかり言うんだ?」



「今は話せません。それには深い理由があるのです。我々はあらゆる問題について話し合いました。怒りが爆発しそうになるような話も聞きました。しかし、今は明かせません。明日、全てを打ち明けます。どうか追及しないでください」



「まあ、お前がそこまで言うなら仕方ないか……。お前の頑固さには慣れてるしな」



「ありがとうございます。今日はこんなに待たせてしまい、申し訳なく思っています。今日の夕食は、多少簡素になってしまうかもしれません。充電をしなくてはいけませんし、明日の生放送の準備もしなくてはならないのです」



 ミッヒの頑なな態度に呆れ果て、それに加え、長い待ち時間のせいで疲れ果ててもいたティモシーは、討論による決闘の結果を聞きだすのを放棄した。



「そうか……。分かった。これ以上追及しないよ。ゆっくり休め」



「感謝します」



 ミッヒが口元に微笑を浮かべながら、そう言った瞬間。ティモシーは、討論から帰還した彼女に生じた変化の正体を掴んだ。



 彼女が常に纏っていた鋭い殺気が、跡形もなく消えている。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る