第6話 : 三日月の下 闇夜

 笑みを崩さない和也さん。それもすごいけれど、危ないことに変わりはない。“モノ”は殺気立たせて和也さんを睨めつけているように感じる。どうしてただの人間にあそこまで殺気立たせるんだろう。和也さんは無防備なのだから、いくらでも襲えるはずなのに。そう思っていた。

 でもそんな考えはすぐどこかに行ってしまった。

 ふと和也さんの笑みが崩れた。目は“モノ”を見据えているはずなのに、どうしてか“モノ”を見ているようには見えない。“モノ”の外部を見ているんじゃなくて・・・内面を見ているよう。

 そんな時、和也さんが一瞬私に目を向けた。

 怖い。そんな気持ちが身体中を支配して呼吸を忘れてしまう。

 一方でこの感覚を知っているような気がする。

「紀文さん、和也さん、ですか。私たちがいないことを分かっておいでになってんですよね?いえ、そうでないとまず店には入れませんもね」

 さっき店に来たのはあの男性だけだけど・・・もしかしてあの人がこの“モノ”だったってことっ?!

「目的は、そうですね・・・さしずめ私達が使う道具でしょうか。でも倉橋さんがいたため、中に入ることはできなかった。驚いたでしょう?まさか自分の姿が見える女性がいただなんて」

 和也さん、何を言っているんですか?

「さて、あなたをどうしましょうか。この前のお仲間のように、滅してもいいのですが・・・帰ってお仲間に伝えてもらいましょうか」

 和也さんは崩した笑みを再び浮かべて、口を開いた。

「群馬に手を出すんなら、上毛野国、陰陽頭おんみょうがしら蘆屋家次期当主、この蘆屋和也が容赦なく滅するべ」

 周りを圧倒するその気配に、私の足も無意識に一歩後ろに下がる。

「おんみょう・・・がしら・・・?」

 陰陽・・・陰陽・・・。え、も、も、も、もしかして。

 陰陽師の・・・陰陽?

 いやいや、そんな、まさかね。

 "モノ"はジリジリと後ずさりし、最後には闇夜に紛れてその姿を消した。姿が消えると、その場の雰囲気も幾分か和らぎ、私の意と反して足は力なく崩れ落ちていった。

 緊張してたんだ・・・私。

「倉橋さんっ、大丈夫ですかっ?」

 そんな私の姿に駆け寄ってきてくれた和也さんは、私と同じ目線までしゃがんでくれた。さっきまでの凛とした気配は消えて、私が知っている和也さんが目の前にいた。

「・・・とんだところをお見せしました」

「い、いえ・・・」

 聞いていいのかな?いいのかな?

 でも、人には触れてほしくないこともあるし・・・。

「さっきのことが気になって仕方ないって、顔に書いてありますよ、倉橋さん」

「っ!あ、あのっ、そのっ」

 バレバレだったっ。

「ここまで巻き込んでしまいましたし、きちんとお話しさせていただきますね。今日は遅いですし、また明日に」

「は、はい・・・」

 なんか、すごいことになってしまったかも。


 三日月が浮かぶ空の下、私は和也さんが差し伸べてくれた手を握り返した。

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