第5話;紙人形、そして日本地図

 書店で働き始めて、1週間が経過した。授業が終わってから入るため、ほとんど夕方に入っているがこれがまた忙しい。

 夕方になると学校終わりや仕事終わりの人が立ち寄ることが多くて、何かと人の出入りが多かった。でも本が好きで来ている人がほとんどで、オススメの本だったり、本の感想などを求めらられることもあったけど、私にとって本のことを話せる時間は幸せで、とてもやりがいを感じていた。

「なでちゃん。お仕事楽しい?」

 この日も夕方から入っていて、同じく学校帰りのはや君が寄ってくれた。

「うん、とっても楽しいよ」

 そんなこの日もさっきまでは常連の方々で賑わっていたけど、今は私とはや君の2人だけ。

「そっか。そういえば、店長さんは?今日はいないの?」

「私が入る時に入れ違いで、用事があるからって少し空けてるの」

 1週間働いていて、ほとんど店長と2人で働くことが多く、和也さんと最後に会ったのは説明を受けたあの日だ。学校とか、諸々忙しいのかな?いや、そもそも学生なのかな?

 そういえば私、和也さんについてあまり知らないような。

 宿題を溜めているというはや君と別れ、店内で1人になった私は棚のほこりを綺麗にしようと雑巾を手に掃除を始めた。

 現在は18時。お店が閉まる19時ごろまでには帰って来るって言ってたし、あと少し1人で頑張ろう。掃除に夢中になって黙々と作業をしていると、ふとお店奥の物置から何かが落ちるような音が聴こえてきた。もしかして店長が帰って来たのかな?

 方角的に裏口方面だし、お出迎えしようかな。そう思ってお店奥にある物置に顔を覗かせたけど、そこに店長の姿はなかった。代わりに地面に落ちていたのは一冊の本だった。

「あれ、もっと重たいものが落ちたと思ったんだけどな・・・」

 落ちていた文庫本サイズの本を拾い上げて表紙を確認してみたけれど、その本の表紙は白紙で何も書かれていなかった。中を開いてみるけれど、中も何も書かれていない。けれどめくり始めて中盤くらいになって不思議な、文字のようなものが書かれたページが出てきた。筆で書かれたような文字は所々ひらがなのようなんだけど、全部は読めない。

 そうしてめくっていくと、最後のページには紙人形のような白い紙が挟まれていた。

「・・・」

 紙人形なんて、物語の中でしか使っているところは見たことないけども、なにかの付録のようなものなのかな?

 本棚に本を戻す・・・けど、その棚の一段上に目を向けてみるとそこにあったのは色あせた日本地図だった。日本地図といっても私たちが見かけるような日本地図ではなくて、群馬県のところには「上毛野国かみつけのくに」と書かれていた。

「かみつけの・・・くに?」

 ここは群馬県ではなくて?

 と疑問は残るけども、早くお店に戻らなくちゃ。

 お店に戻ってみると、店内には1人の男性の姿があった。本を見ている様子はなく、私の姿を見るなり近づいてきた。もしかして待たせちゃったのかもっ。

「すみませんでしたっ。何か御用でしょうかっ?」

「こんばんは、お嬢さん。お見かけしない顔だね」

 常連の人かな?

「1週間前からお世話になっている倉橋撫子と申します」

「新入りさんでしたか。弘文さんか、和也さんは居ますかな?」

「いえ、今はお2人とも出かけておりまして」

「流石、蘆屋家のお2人だ。忙しいとお見受けする。では依頼の件については、また後日伺うことにするよ」

 男性はそう言うと、静かに店を後にした。

「依頼・・・?」

 あ、そういえば言伝も何も聞かなかった。

 しかしそのすぐ後、店の外からなんとも言い難い気配を感じた。率直に言えば「怖い」。感覚としては入学式の時に感じたものに近いかもしれない。

 もしかして、またあんな“モノ”が出たんじゃっ。

 そっと店の扉を開いて外の様子を伺った。

 するとそこに広がっていたのは、夜の闇に溶けてしまいそうなほど黒い“モノ”と。それに対面して立つ男性の姿だった。

 いや待って。あの男性・・・もしかして。

「和也・・・さん?」

 私が無意識に口を開くと、男性は私に気がついたのか顔を向けてニコッと笑みを見せた。

「こんばんは、倉橋さん。お勤めご苦労様です」

「お、お疲れ様です・・・って、そんなところに居たら危ないですよ!」

 やっぱり和也さんだっ。あんなとことにいたら‘モノ’に襲われちゃう!


 でもそんな私の心配なんてよそに、和也さんは笑みを崩すことは無かった。

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